38.食うか食われるか
船が大きく揺れ、甲板が傾ぐ。ユウはとっさに手すりにしがみついた。冷たい水しぶきが顔にかかる。
レオンはまるで何も気にしていないかのように、軽く足を開き、バランスを取ったままユウに向かって叫ぶ。
「ユウ! 次に頭が見えた瞬間、斜め後ろに避けろ! ぼさっとしてたら食われるぞ!」
フェルは空へと飛び上がり、翼を広げ周囲を円上にまわっている。表情には余裕があり、わざとらしく口の端を吊り上げた。
「ま、慌てずにね。食われてもなんとかしてあげるからさ」
「食われるの!?」
ユウの叫びと同時に水面が不気味に泡立つ。
次の瞬間、鋭い水音とともに、巨大な頭が飛び出す。
「──ッ!」
ユウは息を呑み、反射的に斜め後ろへ飛び退いた。
直後、今まで自分が立っていた場所をビッグタートルの鼻先が貫く。
(うわ……)
冷や汗が背筋を伝う。もし避けていなかったら、今ごろ牙に噛み砕かれていたかもしれない。
「ユウ! 今だ、剣で思いっきりぶっ叩け!」
レオンの指示が飛ぶ。
「う、うん!」
ユウは慌てて剣を抜こうとした。だが、その一瞬のもたつきが見逃されるはずもない。ビッグタートルは再び水中へ潜り、姿を消した。
「要練習だな……。もう一回来るぞ。リリィ、大斧を準備しとけ」
レオンは周囲を警戒しながらも、軽快な口調で言う。
レオンの発言に応えるように、リリィがランタンを握る。そこから出現するのは、彼女の体と釣り合わないほどの大斧だ。
「準備完了」
淡々とした声に、緊張や焦りは一切感じられない。
ユウは息を整えながら、剣をしっかりと握り直す。
(次こそ……!)
水面が再び揺れる。
「来るぞ!」
レオンの声が響いた瞬間、ユウは言われるよりも早く斜め後ろへと下がる。
次の瞬間──
「なんでまた僕なんだよ!?」
目の前に、ビッグタートルの鼻先があった。
迷っている暇はない。
「──っ、ええいっ!」
ユウは持っていた剣、いや、金属の棒を全力で振り下ろした。
ガンッ!!
鈍い音とともに、金属の棒が鼻先にめり込む。
「ギャウゥゥゥン!!」
ビッグタートルが悲鳴を上げ、頭を激しく振るった。
「……効いた!?」
鼻先への衝撃で平衡感覚を失い、ビッグタートルはぐらりと大きく揺れる。
そして──その瞬間を、上空から見ていたフェルは逃さなかった。
「やるじゃん」
フェルはランタンから、自分の体ほどもある巨大な岩を取り出した。
ビッグタートルは目を回し、反応できない。
「プレゼントだよ、感謝してね」
フェルが落とした大岩が、ビッグタートルの甲羅に直撃した。
「グガァァァァ!!」
凄まじい衝撃音。
ビッグタートルはバランスを崩し、その巨大な頭部が甲板へと倒れ込む。
その瞬間、リリィの身体が宙を舞う──
「任務、開始」
大きく振りかぶり、重力と勢いを乗せた一撃は、ビッグタートルの首へと正確に落とされる。
ザシュッ!!!
鋭い音とともに、大量の血が飛び散った。
甲板と服を真っ赤に染めながら、リリィは小さく呟く。
「……任務完了」
しんと静まり返る船上。
ユウの荒い呼吸音だけが、響く。
そして。
──「やったぁ!ビックタートルを倒しちゃった!!」
バルビィのはしゃぐ声がする。
戦いが終わったのだ。
レオンは剣を納めると、倒れたビッグタートルの死体を見下ろし、ニヤリと笑う。
「こいつの肉、滋養にいいっていうんで人気あるんだよ。ランタンに収まるサイズにして持ち帰るか」
その言葉に、リリィとフェルはうなずき、手際よく解体作業を始める。
ユウは震える手で剣を鞘に戻しながら、ぽつりと呟いた。
「……避けられなかったら、どうなってたの?」
そして、もうひとつ。
「それに、なんで僕ばっかり狙われたんだ?」
レオンは肩をすくめ、あっさりと答えた。
「お前なら避けられると思ってたさ。……まぁ、食われても場所が悪くなきゃ死にはしなかったろ」
あとは、と悪びれもせずレオンは話す。
「あいつはビッグタートルの中じゃ小型だ。多分子どもだろうな。
食べるなら、小さめのお前だとは思ってた。」
「……最初から言えよ、そういうことはぁぁぁ!!」
ユウの叫び声が、静かな川に響いた。




