29.初めての剣
レオンとユウは、街の奥にある鍛冶屋へと向かった。
煙がもうもう立ち上がる鍛冶屋の前に立ち、ユウは目を輝かせる。
入口の扉は厚い鉄板が打ち付けられ、奥からは金属を打つ甲高い音が響く。中へ入ると、薄暗い空間に鉄の匂いと炭の煙が混じった、独特の香りが鼻をくすぐった。
暗さに目が慣れたユウは、周りを見渡す。その壁には大小さまざまな剣が掛けられ、槍や斧、短剣まで、あらゆる武器が並んでいた。炉の赤い光に照らされた刃は鈍くも重厚な輝きを放ち、柄に刻まれた装飾が影を落とす。そのどれもが職人の手によって丹念に作られた逸品なのは見るだけで感じ取ることができた。
ユウは思わず歓声を上げる。
「うわぁ……! すごい、こんなにいっぱいあるんだ!」
一本一本、手に取って確かめたくなる衝動に駆られ、ユウは棚に駆け寄る。
並ぶ剣の中には、刃に青みがかった模様が走るものや、柄に細かい細工が施されたものもある。金の装飾が施された豪華なものもあれば、無骨な作りながらも力強さを感じさせるものもあった。どれもこれも魅力的で、ユウの胸が高鳴る。
レオンはそんなユウを横目に見ながら、店の奥へと進んでいった。
「こっちだ、ユウ」
ユウは後ろ髪を引かれながらも、慌ててレオンの後を追う。
店の奥に歩いていけば、そこは倉庫のようになっていた。無造作に並べられた剣や槍の棚を抜け、レオンは一際、埃を被った棚の前に立つ。一つ一つ持ち上げ吟味しながら、やがて一振りの短いブロードソードを手に取った。
「これがいいだろうな」
その言葉に、ユウが覗き込むと、それは剣というにはあまりにも古ぼけていて、刃こぼれも酷い。いっそ太く平たい金属の棒と言う方が実態に近い。
「えっ……これ?」
ユウは困惑してレオンを見る。
「命を預けるんだし、あっちの綺麗な……新品のほうがいいんじゃない?」
レオンは肩をすくめる。
「ダメだな。お前に、新品の剣はもったいねぇよ」
「もったいないって…」
ユウはショックを受けた顔をする。
「お前はまだまともな剣術も知らねぇし、どうせすぐ刃こぼれさせちまう。こいつは長さも重さもちょうどいい。なにより……安い」
最後の一言に、ユウは脱力する。
「そんな理由……」
落胆するユウを見て、レオンはニヤリと笑った。
「充分な理由だろうが。
それに、これは他の剣よりかなり厚みがあって丈夫だ。こういう金属の棒だからちょうどいいんだよ」
「……え? どういうこと?」
ユウが不思議そうに尋ねると、レオンは意味深に笑いながら剣──いや、金属の棒を軽く振った。
「そのうち、わかるさ」
◆◆
厚い皮のあちこちにタコができた手を振る亭主に見送られ、二人は鍛冶屋を後にした。
市場は相変わらず賑やかで、露店の間を行き交う人々の活気に満ちている。
「フェルとリリィは、どこにいるかな」
ユウはあたりを見回す。
川沿いに長く広がる市場は思っていた以上に長く、広い。
待ち合わせ場所を決めていなかった事に今更ながら不安になるユウに対し、レオンは楽観的だ。
「んな心配そうな顔すんな。大丈夫、フェルを探すのなんざ、子どもでもできる。」
笑いながら歩き出すレオン。
本当かなぁ、と嘆息したユウ。
しかし、その言葉通り、数分歩いた二人は、人だかりに囲まれた紫の翼をみつけた。
太陽の光を反射して艶めく翼は、遠くからでもとびきり美しい。光の角度によって青紫に見えたり、濃厚な赤紫の影を落としたりするそれは今日も人の目線を集めている。なるほど、これなら子どもはおろか、赤ん坊だって見つけられるだろう。
人だかりに近づく二人は、しかし異変に気づく。
「おまえらのせいで、商売あがったりなんだよ」
ネオサピエンスの商人が、フェルに向かって怒鳴っていたのだった。




