28.対立の街 モルセラ
モルセラの街に踏み出した瞬間、ユウは思わず深呼吸した。
湿った空気に混じって、スパイスの刺激的な香りと、穀物を発酵させたような甘やかな匂いが鼻をくすぐる。川沿いの市場では、威勢のいい掛け声が飛び交い、籠いっぱいの果物を抱えた商人が足早に駆け抜ける。
木箱を運ぶ少年が誰かにぶつかり、バラバラと野菜が転がると、周囲の大人たちが笑いながら手伝い始めた。
露店には、見たことのない形の果物や、色鮮やかな編み細工が並んでいる。
「ランタン作成の旅のお供にどうぞ!」
そんな看板を掲げた屋台の前で、少女が親に焼き菓子をねだっていた。ランタンの形を模したそれは焼きたてで、湯気を立てながら甘い香りを漂わせている。
濡れた石畳を踏みしめながら、ユウはキョロキョロと辺りを見回した。
「レオン! もしかしてランタンが作れる場所が近いのかな?」
ユウの問いに、レオンは歩きながら答える。
「お、よく気づいたな。この街から川を下った先に、旧人類の遺跡がある。そこにランタンを作る装置が残ってるんだ」
フェルが口笛を吹いた。
「とうとう、ユウもランタンデビューかぁ」
「お前のランタンは何色なんだろうな?」
「ランタンの形状が、気になる。移動に適した形状がいい」
「相変わらず効率重視だよね、リリィって……」
思い思いに話す仲間に、ユウは頷き、まだ見ぬランタンに思いを馳せる。なにせ、これまで他人のランタンに荷物を入れさせてもらっていたのだ。自分のランタンができれば、ずっと楽になるし、持てるものも増える。
と、その時。
市場の喧騒の向こう側から、怒鳴り声が響いてきた。
「なんだろう……?」
ユウたちは足を止め、声のする方を見る。
船乗り場の近くで、毛皮をまとったクロスヒューマンの男が腕を組み、面倒くさそうに溜息をついている。
その前で、ネオサピエンスの商人が眉を吊り上げた。
「お前らのせいで、真面目にやってる俺たちが損してるんだよ!」
「知らねえっていってんだろうがよ」
周囲には野次馬が集まり、ひそひそと噂が広がっていく。
「……あれじゃあ今日も、船は出ないんだろうなぁ。ったく。商品が腐っちまう。」
通りすがりの男が、呆れたように言う。
レオンは頭を掻きながら呟いた。
「船が出ないとなると……。
まいったな。とりあえず、出直すか」
「歩いてはいけないの?」
ユウがレオンに聞く。
レオンは首を横に振った。
「いけねぇって事はないが…」
フェルがくつくつ笑って続きをひきとる。
「二週間以上かかるし、危ないよ?
この辺りから大きい動物が増えてくるんだ。
家くらいの大きさのトカゲとかね。会いたい?」
瞬間、食い気味にユウは拒否した。
「絶対川を下ろう」
その勢いにレオンとフェルが笑う。
「笑わないでよ」
「ごめん、あんまりにも早かったから」
フェルはまだ笑い足りないのか、声が震えている。
フェルが落ち着くのをまって、レオンがユウを振り返った。
「時間があるなら、お前の剣を見に行かないか?」
「僕の?」
ユウの顔がぱっと明るくなる。
レオンはニッと笑って頷いた。
「お前に俺の剣を使わせるわけにもいかねえからな。お前の体と筋力に合ったものを選ばねえと」
「それなら、俺とリリィは換金所に行ってくるよ」
フェルが気楽な調子で肩をすくめる。
「道中で色々拾ったからさ。換金ついでに、手頃な依頼でも探しとく。金は有限、だからね」
「時間も有限。優先順位を決めるべき」
リリィは淡々と頷いたが、少し考えるように視線を上げる。
「食事の時間も確保する。市場で食料調達と並行して探すのが合理的」
「おっ、いいね。まずは肉、次も肉。で、果物も添えられてる店にしよ!」
フェルは食べたいものを指折り数えた。
「おいおい……せっかく街に来たんだ。柔らかいパンに、とびきりの酒も楽しもうぜ」
「賭博がセットじゃなきゃ、止めないんだけどね」
その言葉に、今度はユウが吹き出してしまう。
それぞれの目的を胸に、一行は活気あふれるモルセラの街へと溶け込んでいった。




