24.守りたいもの
レオンは手を止めたまま、しばらく考え込んでいた。
焚き火のパチパチと燃える音だけが、静かな夜の空気に響いている。
──今なら、自分が唾液を飲み込む音すら、響くかもしれない、とユウが錯覚するほどに。
その沈黙を作り出したのはレオンだが、それを破ったのもまた、レオンだった。
「……ユウ、本当に戦わなきゃダメか?」
レオンは低く問いかける。
ユウはその言葉に、思わず拳を握った。
「……僕だって、役に立ちたいんだ」
「いや、そういう話じゃない」
レオンは首を横に振り、薪を火にくべる。その横顔は真剣だった。
「ユウ、お前本当に戦えると思ってるのか? ……別に馬鹿にしてるわけじゃないぞ。
お前の体力じゃ今の旅だけでも大変だろ。戦うなんて、負担が増えるだけだ」
ユウは何か言い返そうとしたが、レオンの視線がそれを止めた。
「それにな。下手に戦えると勘違いする方が、ずっと危険だ」
レオンは言葉を切り、手にした包丁をひょいと持ち上げる。
「包丁と、武器は全然違う」
刃が、きらり、とレオンの顔を反射した。
「料理の延長みたいに思うかもしれねぇが、そりゃ違うぞ。戦場で武器を振るうってのは、そんな甘いもんじゃぁない。
自分より、相手が強いなんてザラだ。
例え相手の方が弱かったとしても、そんなもんは一発でひっくり返る。
どんな相手も死に物狂いで抵抗するからな。
そうだろ?誰だって……、いやどんな生き物であっても、死にたくねぇ」
レオンは焚き火を見つめ、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「俺はな……戦う時、どうやって自分と仲間を守るかを考える。
相手が強いかどうかなんて、その延長線でしかない。
勝つことなんざ二の次三の次だ。逃げたって構わない。」
「……」
「いつだって、大事なのは、致命的な被害を出さない事だ。命だけじゃない。どんなにすごいお宝も、腕や目に比べたら価値はなんざねぇよ」
ユウは息を呑んだ。
レオンの言葉は重く、確信に満ちている。彼が数多くの戦いを経験した事を、幾度もユウは感じていた。その彼が、何度も苦い体験をしたことで得た実感をユウに伝えている事が否応なしにわかる。彼の口調はそういうものだったからだ。
「そういう意味じゃ、傭兵や冒険者なんて生き方は、リスクに見合ってねぇ。
俺がお前らくらい頭がよければ、違う生活をしてたかもな」
焚き火の光が、レオンの横顔を照らしている。
「……憧れるようなもんじゃない。戦える、なんて。
そもそも街から出ない、出る時は傭兵を雇う。
そういう生き方は、決して臆病なんかじゃない。
賢い生き方だ。
お前はそういう人生を選べると俺は思う」
ユウは下唇を噛んだ。
それは、レオンの言い分が正しいからに他ならない。
レオンの言うことは、もっともなのだ。
守ってもらって、少し戦っただけの自分より、レオンの判断の方が正しいに決まっている。
ユウはそれがわかる程度の頭はある。
けれど、それでも──
「戦えなければ、何も守れない」
小さな声で、しかし、はっきりとユウは告げる。
「……」
「僕は、ただ守られているだけじゃ、嫌なんだ」
拳を握りしめ、ユウは腹から絞り出すように声を出した。
「リリィに守られて、ただ見ているだけなんて、嫌だ!」
レオンは目を見開き、ユウを見つめる。
呆気にとられたような、それでいてとても大切なものを見つけたような。
そして──
「……っはははっ!」
突然、レオンは豪快に笑い出した。




