17.知らない奴らとの同室
ユウ、フェル、レオンの三人は、ようやく宿の部屋に落ち着いた。
ここに至るまでが長かったのだ。
「後で払えよ」
レオンは、ユウとリリィを見て、渋々財布を取り出す。
それを見て、ユウは腕を組み、口元を持ち上げた。
「ちょっと待って。レオンに襲われたお詫びがまだなんだけど。」
レオンは呆れ顔でため息をつく。
「財布を探すのに協力しただろ」
「それはフェルからのお詫びでしょ」
ユウは肩をすくめ、ちらりとフェルを見やる。
フェルは苦笑しながら翼を揺らした。「まあ、そうだったね」
ユウは目を細め、不遜な笑みを浮かべる。
「一泊分くらい、罪滅ぼしに払ってくれてもいいんじゃない?」
レオンは短く唸ると、しばし考え込み──やれやれと両手を挙げた。
「負けたよ。払えばいいんだろ?」
そうして宿代問題は解決した……と思いきや、新たな問題が浮上する。
レオンが、最低限の硬貨しか持っていなかったのだ。
財布をひっくり返すと、赤銅色に輝く一枚がちんまりと転がる。
「……え?」
「お金は?」
リリィはまばたきを一つする。
レオンは苦笑し、後頭部を掻いた。
「まあ……ちょっと負けが込んじまってたみてぇだな」
自然と、全員の視線がフェルに集中する。
「てなわけで、お前のとこから、なんとか…」
瞬間、フェルの視線がレオンに突き刺さる。
「俺の金だよ。余分なんてない」
そう言いながら、フェルは財布をぎゅっと握りしめた。
沈黙が場を支配する。
その間、全員の視線がフェルの手元に集中し、それはフェルが根をあげるまで続いた。
「…わかったよ!みんなで同じ部屋に泊まろう」
「リリィは女性だぜ?」
レオンが即座に反発する。
それにたいしてリリィは静かに反論した。
「オムニスに性別はない」
「見た目の話だ」
「関係ない」
互いに譲らず、緊迫した空気が漂う。
決裂しかねない状況を止めるように、フェルは大きく手を動かし間に入った。
「ちゃんと二部屋取るよ」
リリィはまだ納得していない様子だったが、フェルが、元々二部屋取るつもりだったことを打ち明けると、不可解そうな表情をしながらも、了承したのだった。
◆◆
そして今、ユウ・レオン・フェルの三人と、リリィの二部屋に分かれることになったのだが。
実際に部屋に入ると、新たな問題が浮上した。
狭い。
フェルがとことんケチった結果、三人で泊まるには手狭な部屋になっていたのだ。
家具も最小限で、申し訳程度のベッドが一つ、布を引いた長椅子が一つ、そして床には粗末な敷布が一枚。
歩くの床がギシギシと音を立て、壁をみればどこから入り込んだのやら、小さな蟻──とはいえ、ユウからすれば、標準サイズの中でも大きい方ではある──が数匹我が物顔で行進している。
どこかに穴が開いているのは間違ってないだろう。
そんな確認をしている間に。ベッドにはすでにフェルが陣取っていた。
「待って。話し合おう。」
ユウが慌てて言うが、すでに遅い。
「だって、俺が一番疲れてるし?」
フェルは悪びれもせず、ふわりと翼を揺らして応じる。
「僕も疲れてるよ!?」
「飛ぶのって、すっごく体力使うんだよね」
適当なことを言いながら、フェルは毛布にくるまり、すっかりくつろいでいた。
譲る気は毛頭ないらしい。
今日ばかりは床は嫌だ、ユウが抗議の声をあげようとした、そのとき。
「お前は長椅子使え」
レオンがぽん、と長椅子を叩く。
「…え?いいの?」
「気にすんな。なれてる」
そう言いながら、レオンは持っていた外套を丸めてそこに座る。
「ほんとにいいの?」
ユウが改めて問うと、レオンは肩をすくめた。
「お前、俺の隣で寝るか?」
「……遠慮しとく」
ユウは小さくため息をつくと、長椅子に腰を下ろした。
固い。
なにより狭い。
足を屈めないと入らないくらいに。
寝心地が悪いのは間違いないが、とはいえ床よりはマシ。
そう考えながらユウは布を被る。
稼いだらベッドで寝ることを誓いながら。
「まあまあ、仲良くしようぜ?」
レオンは服を緩め、笑いながら荷物を漁る。
ゴトリ、と大きな音を立てて取り出したのは酒瓶だ。
まだ飲めるのか、とレオンを見たユウは、息を飲む。
その右肩に古い傷跡が刻まれていた。
胸元から肩にかけてまでつながる痕は、戦いに詳しくない素人がみても十分に痛々しい。
致命傷に、なりかねないものだったのではないだろうか。
ユウが直感的にそう思うくらいに、その傷には威圧感のようなものが存在していた。




