14.泥棒の事情
薄暗い路地の奥、雑然とした建物の前に四人は立った。タイルの隙間にはシダが根を張り、湿気が染み込んだ木製のドアは、長らく掃除されていないことを物語っている。
ユウがノックする。だが、応答はない。
試しにドアノブを回せば、それは抵抗なく開いた。
よくよく見れば蝶番がわずかに歪み、鍵がうまく噛み合わなくなっているらしい。
ユウが慎重に扉を押し開けると、古びた室内が視界に広がる。
質素なベッドに横たわる女性と、そのそばにうずくまる少年。か細い灯りが、薄いシーツの上に映る母親のやつれた横顔を浮かび上がらせた。
「ここには盗むものなんてない!」
突然の来客に少年が勢いよく立ち上がった。細身の肩を震わせ、怒りと恐怖が入り混じった目でユウたちをにらみつける。しかし、彼の瞳がユウを捉えた瞬間、その表情が凍りついた。
「……!」
見覚えのある顔に、少年の喉が詰まる。先ほど路上でぶつかり、財布を奪った相手だと気づいたのだ。
「私たちの──」
リリィが静かに口を開こうとする。
だが、その言葉を制したのはレオンだった。
「ちょっと待ってくれないか」
レオンはゆっくりと少年に視線を向け、柔らかく問いかける。
「……金がないのか?」
少年は唇を噛み、戸惑いながらも小さく頷く。その姿を見て、レオンの表情がふっと和らいだ。
「すごいじゃねぇか、お前」
「……え?」
「金がなくたって、こうして母親を守るために必死で動いてる。お前は大したもんだよ」
優しい声色に、少年の瞳が揺れた。小さな肩が震え、ぎゅっと握った拳がほどける。そして、ぽろりと涙がこぼれた。
嗚咽が漏れると、堰を切ったように泣き出す。
「おいおい……」
レオンが困ったように頭を掻く。その後ろで、戸惑う母親が不安げに顔を上げた。
「……一旦、外で話をさせてもらってもいいですかね?」
レオンは穏やかに言葉を重ねた。
「悪いことはしません。ただ、話を聞きたくて」
女性は強張った表情を崩さない。疑いの色を浮かべたまま、息子を抱き寄せる。その様子を見たフェルが、一歩前に出た。
「俺はここに残ります。その方が安心できると思うんで」
フェルは持っていた袋からいくつかの包みを取り出す。
「ワインとパン、それから栄養がありそうな食べ物をいくつか持ってきたんです。よかったら、ちょっとでも口にしてもらえたら嬉しいんだけど」
それでも警戒を解かない女性に、笑顔を崩さないまま、レオンは口を開いた。
「マーティン、ほら、いつも酒場で飲んだくれてるあいつからです。いや、マーティンだけじゃない。皆、マルコと貴方を心配していました」
その言葉に、女性の力がわずかに緩む。
彼女はそのまま、数回深く息を吸い、はいた。
その後、再度ユウ達の顔を捉えたその瞳には確かに安堵の色がにじんでいた。
彼女は小さく微笑み、息子を見つめる。そして、少年の背をそっと押した。
「行ってらっしゃい、マルコ」
フェルが穏やかに微笑みながら、母親と話し出すのを横目に、マルコを連れたレオンは壊れかけたドアを締める。
路地を冷たい風が吹き抜ける。
決して気温は低くない。けれど。
何故だか、とても寒い、ユウはそんな気がしたのだった。




