12.情報収集
フェルに半ば無理やり賭事のテーブルから引き葉がされたレオンは、ポリポリと首かきながら、大きな欠伸をした。
「そんで?わざわざ連れてきたんだから、なんかあるんだろ?」
その言葉を聞いたユウは躊躇いがちに、警戒心を滲ませながら聞く。
「財布が……すられちゃって。
盗んだひとを探してるんだ。
小さい男の子だよ、ちょっと癖のある黒髪の」
レオンはうーんと考え、そして周囲の男たちに声をかけた。
「なあ、最近この辺りで子どものスリについての話を聞いたことはないか?」
男たちは顔を見合わせ、次々に思い当たる話を交わす。賑やかだった酒場の喧騒が、少しだけ抑えられた。
やがて、一人がぽつりと口を開く。
「そういや……マルコが、最近妙なことをしてるって話を聞いたな」
「マルコ?」ユウが眉をひそめる。
「病気の母親がいるんだよ。薬代が高くて手が出せねぇってな。もしかすると、盗みに手を出し始めたのかもしれねぇ」
「特徴は?」
「小柄で、黒髪の癖っ毛。妙にすばしっこい。お前がぶつかった奴と特徴は似てる。
たぶんそいつだろうよ」
ユウとリリィは顔を見合わせ、静かに頷いた。
「……ありがとう」
リリィが礼を言うと、男たちは肩をすくめる。
「気にすんな。それより、お前ら、あの子をどうするつもりだ?」
「もちろん、財布を返してもらう」
ユウはきっぱりと言い、立ち上がる。
如何せん、昼食を食べ損ねている。なんとかして胃に物を入れたい、というユウの動機は人として当然の事だといえた。
ちょうどその時、姿を消していたフェルが、レオンの隣に戻ってくる。
「ここまで案内してくれてありがとう。
おかげで色々わかった」
ユウが礼を伝えると、フェルは首を横に振る。
「お詫びなんだから気にしなくていいよ。
……それよりさぁ、俺たちもついていっていい?」
「……え?」ぽかん、と口をあけたユウを見て、フェルは笑う。
「なんとなく、気になっちゃってさ。それにほら、レオンをここに置いといたら今度こそ借金し始めるんだよね」
「おいおい、それを言うなっての」
レオンは不服そうに唇を尖らせた。
「次は勝てるって、信じたものは救われるって言葉をしらねぇだろ」
そう言いつつも、彼の手は服を整え、いつの間にやら持ち物を背負っている。
未練がましくサイコロを見やるが、その目にはすでに吹っ切れた色が宿っていた。
「いつも信じて裏切られてるように見えるけど?」
フェルは鼻で笑う。
「わかってねぇなぁ、騙されてなお魅力的なのが賭博と女だろ」
レオンはやれやれ、と首をすくめたが、負けている姿をみた後だとあまり格好がいいとはいえないな、とユウは思った。
フェルも同じように思ったのだろう。白い目を向けている。
それら全てを意に関した様子のないレオンは改めてユウ達に向き直った。
「まあ、話を聞くくらい付き合わせてくれよ。
終わったらツケ分、フェルにこき使われる予定だしな。
現実逃避してぇ」
冗談めかした言葉とは裏腹に、レオンの口元には微かに苦笑が浮かぶ。その姿は、酒場で豪快に笑っていた男とは違った一面を覗かせた。
「な? いいだろ? 邪魔はしないって」
「私は構わない」
虹彩をまたたかせ、リリィが許可を出せば、フェルはあからさまに喜んだ。
「ありがとう。それじゃあ、短い時間だけど、よろしくね、二人とも」
そんな4人を見ながら、先ほどの男がおそるおそる、と言った様子で口を開く、
「なぁ、頼みがあるんだが……。
できれば、あまり大事にしてやらないでくれないか」
リリィは数度まばたきをし、そして、なぜ?と首を捻る。
男はそれに対して、僅かに首を横に振りながら答えた。
「マルコが、可哀想でなぁ。
ここに来たときにゃ、もうすでに親父さんはいなかった。どうやら死んじまったらしい。
母親が必死で働いてるが、生活に余裕なんかないのはみんなわかってた。
だから、それとなく、助けてたんだけどよぉ。
最近母親が流行病にかかっちまったみたいでな。
稼ぎがねぇから薬もかえねぇ。
かといって、俺たちも患者や流行病の家族がいる奴を雇うわけにもいかねぇだろ?
なによりマルコはまだガキだ。そもそも仕事がない。
かといって働いてない奴全員に金を渡してたら俺たちまで破産しちまう。
街のルールで決まってんだ。必要以上に庇うなってな。
そんでも、食べ物だけはたまにな、差し入れてたんだが……。」
男は目を伏せる。それは他の客も同様だった。
「なぁ、にいちゃん達。もし行くなら、この金で、買えるだけ食べ物や飲み物を買っていってやってくんねぇか。
なぁに、元はそこのあんちゃんの金だ。俺たちの懐はいたまねぇ、そうだろ、みんな」
男の声かけにみんなが頷く。
レオンはポリポリと頭を掻いた。
「じゃあまぁ、買っていきますかね。栄養がありそうなもんを、片っ端から」




