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10.泥棒発見

「なあ……これって、勝手にそこらのものをカードに変えたら、盗み放題じゃないか?」


ユウは小さな硬貨を指で弾きながら、リリィに問いかける。


弾かれた銀貨五枚がきらきらと輝く。


リリィがこれを受け取るまでに、色々な驚きがあった、とユウは先ほどの事を振り返る。


◆◆


あの後、リリィがランタン(人類の灯)をかざして、船とクラーケンの触腕をカードに変えた。


そして行った換金所でカードを渡す。


受付嬢は受け取った品を現物化して、眺めた後、それをまたカードにした。


ゲームによくあるアイテムボックスのようなものだと、ランタン(人類の灯)を理解していたユウは驚きながらその光景を眺めた。


ユウを横目でみていたリリィは、補足するように説明を行う。


曰わく、ランタン(人類の灯)は物質をカード化し、そしてカード化した物質を元に戻す事ができる道具である。


同じランタン(人類の灯)でカード化し続けられる枚数は上限十五枚。それ以上は古いものから元の姿に戻ってしまう。

ひとかたまり、と認識できる範囲なら、カード一枚で所有者の体積分収納可能、だと。


◆◆


閑話休題。

と、なればである。


ユウが思ったのは、そんなのがあれば盗難しまくりじゃん、という事だった。


 創作物でよく見られる、無限アイテムボックスがチートなのは、楽々荷物を運べるから…ではない。

〝人に気取られる事なく、あらゆる物質を盗み、際限なくを所有できる上、好きなタイミングで出力でき、それに伴うあらゆる証拠も見つからない〟

 盗難も殺人も詐欺も、あらゆる事をやりたい放題の道具だから、チートなのである。

 なんなら、これ一つで所謂魔王討伐だってできるかもしれない。

 空気を取り込み続けて極端に薄くするとか。大量の海水をある程度水が抜けにくい部屋に流し込むとか。圧死を狙うのも効果的だろう。

 いかな魔王とはいえ生命体である事に変わりはないのだから。


 そこまで気づいていたかはさておき、真っ先に悪用方法を思いつくあたり、悲しいかな、ユウはその辺りの資質に優れていた。


とはいえ、これに関してユウが悪い、という事はない。

誰しもが思いつく事であり、むしろ口にしてしまうくらいに正直で悪用を考えていないとも言える。


誰も気づいてなければ、完全犯罪が成立する可能性があるのだから。

教える理由はない。


そんなユウの言葉を聞いたリリィは、しかし、静かに首を横に振った。


「それは無理」


「なんで?」


「一度カード化されたものは、直前に使ったランタン(人類の灯)以外ではカード化できない。

家の素材一つまで、一度カード化しておくのは基本中の基本」


「……なるほど」


ユウはカードを見つめながら、旧人類の技術に感嘆した。


「じゃあ、誰かに物を渡したいときは、一度カードにしてから渡すってこと?」


「そう」


便利でありながら、盗難を防ぐための仕組みも備えている。

もちろん、そうでなければ困る、とユウは思う。


隣人が簡単に盗人になることがないから、安心して生活できるのだから。


とはいえ、とユウは嘯く。

他にも色々悪さはできそうだな、と。


「じゃあ、さっき硬貨を受け取って良かったの?カード化してないけど……」


その疑問にもリリィは首を振る。


「発行した機関によって、一度カード化されている。問題ない。不満があれば、硬貨を機関にもちこめば、金額相当量の貴金属に買えてくれる。」


ある程度不正はやりつくされて、対応もされているらしい、とユウは納得した。


「それにしても、旧人類はこんな道具まで作れたんだ……」


ユウは感心しつつ、さらに疑問を口にした。


「リリィは、このランタンがどうやって作られたか、知ってるの?制限とかって解除できる?」


リリィは短く息をつき、目を伏せた。


「知らない」


「……えぇ……。」


「旧人類の技術は、今の技術とはまったく違う。理解そのものができない」


リリィの声には、どこか歯がゆさが滲んでいた。


ランタンの仕組みを知ることは、彼女にとっても難題らしい。


理解できないシステムなら、確かにセキュリティーは万全かもしれない。


理解されるまでの間はね、という評価にはなってしまうが。

しかし、ユウはそれ以上追及せず、市場の方を向いた。


「とりあえず買い物しようよ!美味しそうなものとか、綺麗なものとかあったしさ!」


「……私は必要ない」


「ええ!?勿体ない、楽しんだりしないの?」


オムニスであるリリィには、生存のための金銭が必要ない。感情が薄い彼女には、買い物を楽しむ、という事を理解するのも難しい。


だからこそ、だろう。彼女はあっさりと路銀すべてのカードをユウに渡してきた。


「預ける」


「う、うん……」


ユウは突然の行動に驚きながらも、財布を受け取る。


「でもさ、そんな簡単に預けていいの? 僕が、逃げるかもしれないしさ?」


「逃げるなら、それでもいい」


まるで迷いがない。


その強さに苦笑しながら、ユウは財布をポケットにしまい、市場へと足を踏み入れたのだった。



◆◆


市場の中は、さっきの港以上に活気に満ちていた。


魚や香辛料の匂いが混ざり合い、人々の笑い声や呼び声が飛び交う。


ユウはすっかり気分を浮き立たせ、次々と並ぶ商品を見て回る。


「ねぇ、リリィ、あの果物美味そうじゃない?」


「資料によれば、さほど甘くはない」


「うわ、こっちの干し肉も……」


リリィの返答がそっけないことも気にせず、ユウは足を止め、品定めをしていた。


そのとき、不意に誰かとぶつかった。


「うわ!だ、大丈夫!?」


ユウが反射的に手を伸ばしたが、その少年はするりとすり抜け、すぐに立ち上がって駆けていく。


「急いでたのかな?」


ユウは首をかしげたが、特に気にせず目の前の商品に手を伸ばす。


そして、銀貨を取り出そうとした──。


「……あれ?」


ポケットを探る。


何もない。


「……は?」


慌ててもう一度探るが、どこにも硬貨がない。


「ちょっと待て、ウソだろ……?」


隣にいたリリィもポケットの中を確認し、そして。


「……盗られた?」


「そんな……」


思わず頭を抱えるユウ。その背後で、くつくつと小さな笑い声が響く。


「泥棒が財布盗まれるの、みーちゃった。」


二人が振り向けば、そこには見覚えのある男が立っていた。


紫の羽を持つ青年──フェル。


彼は、にやりと笑いながら、二人を見下ろしていた。



【フェル設定画】

挿絵(By みてみん)

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