第六話『第1ステップと第2ステップ』
フィリップとの最初の面会、その初動は思わぬ事となった。
完璧に作戦を遂行する為にフィリップの情報を手に入れようとしたリディアだったが、フィリップの後ろにいる謎の黒い影のせいでリディアのスキルを持ってしても情報を覗く事は出来なかった。
フィリップは心配そうな顔でリディアの顔色を伺っていたが、リディアはスキルを使用した事がバレないように振舞って何とか誤魔化していた。
そしてリディアは、これから作戦の第1ステップ、それに続く第2ステップを始めようとしていた。
くそっ……!
コイツの情報が引き出せねェ。
………だが、ここで言い出しっぺの俺が作戦を乱す訳にはいかねェ……。
第1ステップはぼちぼちになっちまったが、こっから挽回してやらァ。
部屋の中で二人きりになったリディアとフィリップは椅子に座りながら会話をしていた。
「オホン、先程は失礼しました。」
「いえいえ、私も気が回らず申し訳ありません。」
初めての会話の場に何をすれば良いか分からず、盛り上がりに欠ける。
特に話題も上がらず、つまらない水掛け論が続く。
ここらで一発話題を振るとするか。
第2ステップ開始だ。
「フィリップ殿下、最近気になる事等はありますか?」
「気になることですか?」
「はい、例えばそちらの国内で流行っている事、民の間で話題になっているもの。よろしければこちらの国で話題のものをお話しますが。」
リディアは笑顔で語り掛ける。
ふふふ……この国で話題になっているものなら昨日徹夜で覚えた。
どんな質問が来ようが全部答えてやらァ。
お前から話題を振るならそれはそれで乗っかってやる。
さぁ、何でも来いやァ!!
フィリップは少し微笑みながら、リディアに問いかけた。
「そうですね……では、リディア姫。そちらの国では、最近何か特別な出来事や、話題になっているものはありますか?」
リディアはその問いを受けて、一瞬だけ考え込む。
よし、ここで昨晩徹夜で覚えた情報を披露する時だ。多少の脚色も加えて、彼をこちらに引き込んでみせる!
リディアは自然な笑みを浮かべながら答えた。
「最近、こちらの国では『風の都市フェルザン』が話題になっています。風力を使った新しい装置が開発されたとかで、周囲の国々でも注目されているようです。」
フィリップは興味を示し、さらに質問を重ねる。
「それは面白そうですね。その装置というのは、具体的にどのようなものなのですか?」
リディアは頷き、軽く身振りを交えながら説明を続けた。
「風の力を利用して、水をくみ上げる装置だと聞いています。元々この地域は乾燥地帯が多く、水不足に悩まされることが多かったんです。それを解決するために、技術者たちが知恵を絞ったそうで……今では小さな村にも普及が進んでいます。住民たちは、とても感謝しているようですよ。」
フィリップは目を輝かせながら、その話を聞いていた。
「素晴らしいですね。人々の生活が良くなる話題というのは、やはり心が温まります。それにしても、風力を利用した技術がそんなに進んでいるとは…。私たちの国も見習うべきかもしれません。」
リディアは彼の反応を見て、内心ほっとする。
ふう、なんとか第2ステップはうまくいったみたいだ。あとは、コイツがこちらにどれだけ興味を持ってくれるか……次の質問が勝負どころだな。
「殿下も機会があれば、ぜひ風の都市をご覧になってください。美しい風車と、活気ある市場が迎えてくれるはずです。」
リディアの言葉にフィリップは少し考え込む様子を見せた。
「そうですね、いつか訪れてみたいものです。では、その都市以外に、最近の貴国で注目されているものは何でしょう?」
再びリディアに話題を振られ、彼女は静かに笑いながら言葉を選んでいく。
よし来た!質問してくれりゃこちらとしても話しやすい。コイツがどこまでこの国のことに関心を持つのか……いい展開になってきたぞ。
リディアは、フィリップの熱心な様子を見て内心の緊張を解きながら、次の話題を用意した。
「ではもう一つ。最近、この国で話題になっているものと言えば……『光の果実』の話をご存知でしょうか?」
「光の果実?」フィリップは眉を少し上げた。
「はい。正式な名前は『イルミナの果実』と呼ばれるものですが、夜になると微かに光を放つ不思議な果実です。そのまま食べると甘酸っぱくて美味しいのですが、魔法薬の材料としても注目されています。特に傷を癒やす薬に効果的だと評判ですよ。」
フィリップは興味深げに頷いた。
「それは興味深いですね。光る果実とは……まるで物語の中のようです。それが普及すれば、民の健康に大いに役立つのではないでしょうか?」
リディアは心の中で微笑む。
よし、関心をさらに引けたな。このまま流れを掴んで、フィリップがこちらの国への理解を深めるよう誘導するんだ。
「ええ、そう思います。実はその果実の普及を後押ししているのが、こちらの国の若い研究者たちなんです。彼らは、より多くの人々が利用できるようにと、栽培方法を改良したり、加工品を作ったりしています。先日も市場で、光る果実を使ったお菓子が売り出されていました。」
フィリップは微笑みながらリディアを見つめた。
「お菓子、ですか?それはぜひ一度試してみたいですね。」
「殿下が興味をお持ちなら、ぜひお取り寄せを。私が手配させていただきますよ。」
「そうですね、いただけるなら光栄です。」
フィリップの柔らかな笑みを受けて、リディアは話の展開をさらに進めることを決めた。
「……殿下がこちらの国に興味をお持ちいただけるのは、私としても嬉しい限りです。このような交流を通じて、お互いの国がより理解し合えればと願っています。」
フィリップは少し真剣な表情を見せ、頷いた。
「ええ、その通りです。国同士が信頼関係を築くことは大切です。そしてリディアさん、あなたのような方がいれば、その道筋はきっと開けるでしょう。」
リディアは一瞬、彼の言葉に胸がざわついたが、すぐに微笑み返した。
「光栄です。ですが、私一人の力など微々たるもの。殿下のご協力があってこそです。」
二人の会話は穏やかに進みつつも、緊張感が漂う。リディアは情報を引き出しつつ、フィリップの警戒心を解くための糸口を探り続けていた。
さあ、このまま第3ステップに進むか……それとも一度引いて間合いを測るべきか。どちらにせよ、奴の本心を掴むにはまだ足りない。
そんなことを考えながら、リディアはもう一つの話題を口にする準備を始めていた。
リディアは慎重に呼吸を整え、次の一手を考える。
フィリップがこちらの国に興味を持っている今が好機だ。
彼をさらに引き込むためには、単に情報を伝えるだけでなく、フィリップ自身が主体的に関心を深めたくなる話題を提供する必要があった。
彼女は、まるで何気ない世間話の延長であるかのように、やや軽い口調で話を続けた。
「そういえば、殿下。こちらの国では、古い伝承に基づく『森の幻灯祭』というお祭りがもうすぐ開催されるんですよ。国中から人々が集まる一大イベントです。」
フィリップは、再び興味を示して身を乗り出した。
「幻灯祭?初めて聞きましたが、それはどのようなお祭りなのですか?」
リディアは微笑を浮かべつつ、話のテンポを少しだけ緩めて説明を始めた。
「この国には古くから、森を神聖なものとする信仰が根付いています。その象徴として、年に一度、森に感謝を捧げる祭りが行われるのです。特に夜になると、参加者全員が灯したランタンを持って森の中を練り歩き、幻想的な光景が広がります。その光がまるで精霊たちを呼び覚ますように見えることから、『幻灯祭』と呼ばれているんです。」
フィリップは瞳を輝かせ、まるでその場の光景を想像するように目を細めた。
「それは、なんとも美しい祭りですね。森の中に無数の光が揺れるさまは、きっと夢のような景色でしょう。」
リディアはその反応を見て、さらに話を広げる。
「ええ、とても美しいですよ。ただ、ただの観光行事ではありません。幻灯祭では、森の精霊たちへの祈りを込めた儀式も行われます。そして、儀式の最中に選ばれた者が、森から祝福を受けるといわれています。」
「祝福?」フィリップが首を傾げる。
「ええ。もちろん、それが本当かどうかは分かりません。ただ、一度その祝福を受けた者は、不思議な運命を辿ると言われています。例えば、かつてこの国で大きな戦乱を終結に導いた英雄も、その祝福を受けたと言われているのですよ。」
フィリップの表情に、さらに深い関心が宿る。
「それは興味深い話です。祝福を受けるとは、具体的にはどういうことなのでしょう?特別な力を得るのですか?」
リディアは少しだけ謎めいた笑みを浮かべた。
「それは、実際にその場に立った者にしか分かりません。祝福を受けた英雄たちは皆、その体験を詳しく語ることはなく、ただ『導きに従った』と言い残しているだけです。ですが、森の精霊が何らかの形で彼らを助けたのではないか、というのがこの国での一般的な解釈ですね。」
フィリップは腕を組み、しばらく考え込むように目を伏せた。
「なるほど…非常に神秘的だ。機会があれば、ぜひその祭りをこの目で見てみたいものです。リディア姫も参加なさるのですか?」
「もちろんです。」リディアは即答し、さらに付け加える。
「私にとっても、幻灯祭は幼い頃から大切な思い出です。ですが…もし殿下がご興味をお持ちなら、ぜひ共にご覧いただきたいと思います。」
本当はそんなの知らん。
だがこういう駆け引きの場ではハッタリも重要だ。
まぁ、これを駆け引きだと思っているのは俺と一部の従者達だけだが。
実際にリディアは参加してたのかもしれないし本当に美しいかも分からない。
実際にこの目で見るのが少し楽しみではある。
フィリップは少し驚いた表情を見せたが、やがて柔らかい笑みを浮かべた。
「それは…ぜひとも伺いたいですね。お誘いいただけるとは光栄です。」
リディアはその言葉に満足しつつも、心の奥で冷静に次の展開を見据えていた。
よし、これで彼をこの国の祭りに引き込む理由ができた。彼がこちらの国に対して関心を深めるだけでなく、その動きの中で彼自身の本心をより深く探れる機会も得られるだろう。
「それでは当日になりましたら使いの者を送ります。その時に是非ご覧になってください。私が案内致します。」
「おぉ、嬉しいお誘いです。ありがたくお受けします。」
上々過ぎるほどに第2ステップは上手くいった。
この国に興味を持たせるどころか、この国への訪問を取り付けてしまった。
早計かもしれねぇが、このままいけば想像より早くアダム連盟に近づけるかもしれねぇ……!
リディアとフィリップの会話は、互いの距離を少しずつ縮める形で続いていく。その裏側で、リディアの冷徹な思考と巧みな策略は、彼女自身が望む方向へと着実に物事を動かしていたのだった。
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