第三話『尋問の仕方』
「はっ……!!ここは!?」
暗い部屋の中で男は目覚めた。
男は立ち上がろうとしたが、椅子に縛りつけられていた為、立ち上がれずに身動きも取れなかった。
ここがどこなのか疑問に思いながら何も見えない暗い部屋を見回していると、真っ暗な空間に白い長方形の穴が空いた。
「おっ、起きたみたいだな。」
その暗い部屋に一番最初に入ったのは、前世で極道として名を馳せていたが、死んだことによって異世界のテレシア王国という国の姫に転生した永嶋柳兵衛こと、リディアだった。
「蝋燭を。」
「はい。」
リディアがそう言った後、兵士の一人がリディアに火のついた蝋燭を手渡す。
それを持ってリディアは暗い部屋に入っていった。
「御機嫌よう侵入者様。気分の方はいかがでしょうか?」
リディアはここぞとばかりに丁寧な言葉を使って賊を煽った。
家臣がそばにいたというのもあるが、か弱いと思っていた女に蹴り潰され、その女に丁寧な言葉で尋問される屈辱は想像を絶するだろう。
とにかく嫌がらせをしたくなったのだ。
賊はリディアの顔を一瞬見上げ、その後顔を逸らした。
「ちっ……殺すなら殺せ。辱めは受けねぇ。」
と賊は言う。
どうも自暴自棄になっている訳では無さそうだ。
人の下につく人間を山ほど見てきた俺からすれば、誰かに従ってる人間の態度は何となく分かる。
この態度は誰か上の人間がいる。
襲撃の動機は感情的な面だけでは無さそうだ。
「賊にしては潔いですね。やはりどこかからの刺客という事で間違い無いですね。」
「なっ……!!」
俺の言葉に賊はあからさまな反応を示した。
こういうのは分かりやすくて助かる。
身なりや、そのわかりやすい態度から察するに、恐らくこの国のスラム街出身だろう。
裕福な国ではあるが、それが全ての国民に適応されている訳では無い。
能力はあっても性格に難がある者、何かしらの事情がある者、そもそも能力が無くて必要とされず荒んでいる者……そういう類の人間が現れるのはどこの世界でも変わらないな。
そんな連中の集まりがスラム街としてこの国に形作られている。
誰かに騙されて従わされているのか、はたまた自ら従っているのか……それは今から行う尋問で分かる事だ。
俺は部屋の蝋燭に火を移し、部屋全体を明るくした。
「まず、ここがどこかって顔してますね。ここは城の地下牢、その一室です。今から貴方に尋問を行います。情報を素直に吐いて頂ければ手荒な真似は致しません。」
リディアが物腰柔らかく言った。
しかし賊はフンと顔を逸らし、リディアの言葉に同意しなかった。
「だから言ったろ。辱めは受けねぇ。俺は何も喋る気はねぇし、誰かを売る真似もしねぇ。」
そう言って舌を出してリディアを見た。
リディアは全く気にしていない様子で賊のその表情を見ていた。
「なるほど、喋る"気"は無い……という事は喋る"内容"そのものはある、そう解釈してよろしいですね。これで貴方を生かす意味が少しだけ上がりました。」
顎に手を当て考えていたリディアは、賊のその言葉を受け、笑顔を賊に向けたて言った。
「……」
賊は自分の言葉にまたしても分かりやすく反応し、墓穴を掘ったことを察して口を噤んだ。
なんだよ、結構自分からぺちゃくちゃ喋ってくれんじゃねぇか。
こりゃ話しかけたら普通に色んな話聞けそうだな。
それに『誰かを売る」って……やっぱり何人か仲間、もしくは協力者がいると考えてよさそうだな。
だが今それを指摘してそれに関する情報を引き出しにくくなったら面倒だ。
今は黙って尋問を始めよう。
「さぁ、まずは簡単な質問からです。貴方のお名前は?」
リディアは優しく問いかける。
しかし賊は何も言わないままだ。
「貴様!リディア姫様の御前であるぞ!質問に答えんか!」
兵士の一人が俺の横に出てきて大声で怒鳴る。
俺はそれを手を挙げ制止した。
尋問の基本は飴と鞭だ。
情報の主導権を握っているのは相手だ。
これが拷問ならば、命を握っているこちら側に主導権があるのだが、尋問の場合そうはいかない。
拷問ならば、痛みを与えたり、心臓を握りつぶす等の匂わせをするという手札が切れるのだが……尋問の場合はそういう手札が使えない。
つまり相手が一度口を閉じてしまえばこちらにそれを聞き出す手段は無くなる。
下手に出なければならないのが癪だが、それはこの際しょうがない。
まぁどっちにしろ、拷問で聞き出した情報なんてアテにならん。
甘っちょろいのは理解しているが、なるべく拷問はしたくない。
貧困層がいるのだって、結局はこの国の制度によるものだ。
それを国側が制度の非を認めずに、制度の非によって生まれた、現状を望まぬ者を痛めつけるのは筋が通らない。
頼むから素直に情報吐いてくれよ。
「まぁ良いでしょう。それでは次です。貴方はどこ出身ですか?この王都のスラム街ですか?」
またしてもリディアは優しく問いかけるが、やはり賊は答えない。
答える気は毛頭無い……か。
しょうがない、ちょっとばかし横着するか。
リディアは中腰になっていた体を起こし、賊の方へ目をやった。
賊は顔を逸らしてこちらを見ようとしない。
俺がこの世界に来てから手に入れた特殊能力……この世界ではスキルと呼ぶらしいが、それを今、使うとしよう。
「ちょっと失礼。」
そう言ってリディアは賊の頬を鷲掴みにし、顔を無理やり自分の方へ向かせ、顔を合わせた。
「ぶっ……!?」
顔を見合せたリディアと賊はお互いの瞳を凝視した。
賊の瞳に映る自分の姿に、やっぱり美少女だな、と思いつつ能力を行使する。
暫く見つめ合った後、リディアは賊の頬から手を離した。
「はい、失礼致しました。」
「ちっ!なんなんだよ!」
「いえいえ、なんでもございませんよ。……それにしても、可愛らしい妹様ですね。今年で8歳……と言ったところでしょうか。」
「……!!」
突拍子もないリディアの言葉にその場にいる全員が驚き、その中でも一番驚いたのは賊の男だった。
「何の話だ……?」
「さぁ、わからん。リディア姫様はあの者のの事を御存知だったのだろうか……。」
「馬鹿か。高貴なるリディア姫様がこんな不躾で不潔な者の事を知ってる訳が無かろう。」
「では何故唐突に……」
後ろで兵士が小声で言い合う。
自分達で話し出したにも関わらず頭の上にははてなマークが浮かび上がっている事だろう。
しかし、その兵士達の話は当たらずも遠からずだ。
俺がこの世界に来た時に手に入れた特殊能力……それは、『顔を見合せた相手の詳細な情報を知ることが出来る』というものだ。
このスキルを自覚したのは2日ほど前、つまりこの世界に来てから一日経過した時だ。
この世界の事を何一つ把握していなかった俺は、何の気なしにメイドの顔を見たり、家臣の顔を見つめたりしていると、その見つめた相手の数多の情報が頭の中に入ってくるのを感じた。
その感覚は尋常じゃない程に脳を疲れさせる為、自覚した後はあまり他人の顔を凝視することはしなかった。
このスキルがあったこともあり、俺はこの世界の情報、特に身近なことに関しては知ることが出来た。
相手の顔を見つめる時間によって得られる情報は変化し、見つめる時間が長い程、より細かい情報まで得られる。
俺が今賊に向かって言ったのは、そのスキルを使って手に入れた、賊の名前や性別から始まり、身長、体重、誕生日、家族構成、今までの経歴等々……その他多くの情報の中から一つをつまみ出しただけだ。
正直言って、コイツから直接聞き出す必要性は無い。
だがスキルの性質上、そうする必要がある部分がある。
それは、本人が自覚していない事や、思い込んでいる事がそのまま反映されるということだ。
例えばだが以前、二人のメイドがいて、お互いの知っている物は同じだが、その物の名称だけが違っていたことがあった。
実際には片方のメイドが正式名称を知っていたのだが、もう片方のメイドはどうやら地域での呼び名が定着していたようだ。
簡単に言えば、『大判焼き』と呼ぶか、『今川焼き』と呼ぶか……みたいなものだ。
ちなみに俺は『御座候』派だ。
「な、何言ってやがる!俺に妹はいねぇ!」
賊は必死に否定する。
しかしリディアは続けて口を開く。
「お名前は……そう、『メイア』ちゃんというのですね。可愛らしいお顔にピッタリのお名前ですね。」
「なぁっ!?」
賊の顔にはどんどん焦りの表情が浮かび上がる。
先程まで汗ひとつかいていなかったのに、額には冷や汗をかいていた。
「お、お前!!メイアに何かしたのか!?」
賊の態度が急変する。
目を見開いてこちらを凝視し、大声で叫んだのがいい証拠だ。
こういうのもあまり性にあわないが、この場合は仕方がない。
「安心してください。何もしていませんよ。ただ、貴方の態度次第でどうとでもなります……私にそんな事……させないで頂けますか?」
勿論なにかする気は無いが、結局鞭ばっかだな……と心の中で苦笑しながら俺は言った。
しかし家族の為に怒れるコイツを俺は嫌いになれない。
そんな奴に理不尽を押し付けるのは流石に気が引けた。
そんな事させないで欲しい、というのは本心だった。
「くそが。」
ようやく賊が自ら口を開いた。
これは話す気になったと考えていいだろう。
「話す気になりましたか。」
「わーったよ。何が聞きてぇんだ。」
「素直でよろしい。」
自ら口を割ってくれて助かる。
これで無駄な手間もやりたくない事もやらなくて済む。
「では手始めに、貴方の個人情報を聞くとしましょう。名前や出身、よろしければ趣味等言って貰っても構いませんよ。」
リディアが冗談交じりでそう言った。
しかし今の賊にとってそれは冗談には聞こえないだろう。
「……俺ぁ『ダルバン』だ。出身はアンタの言う通り、この街のスラム街だ。趣味なんて無ぇよ。盗んで生きるのが精一杯だったからな。」
と、冗談で言った趣味の事も言ってくれた。
まぁ無いという話だが。
「……そうですか。……まぁ前座はこれでいいでしょう。それでは本題です。貴方の雇い主は誰ですか。」
こればっかりはスキルを使っても分からなかった。
知らないのか、忘れてるのか、自覚してないのか、どれにしたって見ても分からないのはおかしい。
知らないのは直接命令された訳じゃ無い、というのなら納得がいくが、忘れているのと自覚していないのは、どうやっても説明がつかない。
先程刺されそうになった時に、この男の瞳には明確な使命感が感じられた。
それこそ、何かに命令されてやった事のような……いや、少しばかりの恐怖も感じられた。
………まさかな。
「……俺に依頼したのは田舎貴族の集まり、『アダム連盟』の連中だ。」
「田舎貴族のアダム連盟……」
そこまでは俺のスキルでは見通せなかった。
このスキルはどうやら、心の内に秘めてしまっている事も知れないらしい。
誰にも言えない、言いたくない様な事は引き出しにくいようだ。
やっぱり少し不便だ。
「アダム連盟って……地方の田舎貴族が王族に負けない力を手に入れようとして結成されたものだよな。」
「あぁ、だが結局はそこまでの力が無かったんじゃ……」
後ろで兵士が話し合う。
アダム連盟……この世界に来て私も情報を見たり、話には聞いていた。
あまりいい噂を聞かない、実態も分からない。
そんな謎多き連盟が、王族を狙う……想像より根っこは深そうだな。
「それでは、アダム連盟から貴方への見返りは何ですか?」
「そ、それは……」
ダルバンは一瞬口に出すのを躊躇した。
しかしすぐに話を始めた。
「か、金だよ……。俺には到底掴むことの出来ない大金を積まれたんだ。それで……」
「それで、妹さんを助ける為に依頼を受けおった……と。」
「な!何故それを……!!」
「その反応、やはりそうでしたか。……失礼致しました。すこしカマをかけさせていただきました。」
やはりスキルでは見通せなかった事が出てくる。
それだけ心の内に秘めておきたいものなのだろう。
ダルバンの妹であるメイアの事を直接見た訳では無い為、メイアの情報は知りえないが、大抵の事はこの男の反応を見ていればわかる。
「ちっ!ちゃっかりしてやがる……。そうだよ。俺の妹、メイアは今、病気にかかってる。治らねぇ病気じゃねぇし、払うもん払えば治してもらえる。」
「国の制度はどうなっているのですか。確か15歳までなら無償で治療を受けられるハズです。」
「そりゃ税金収めてる奴等の話だろ……。俺達スラム街の人間にそんな金は無いし余裕もない。ましてやこの国で発行されている『本人証明書』が無きゃその制度は利用出来ない。証明書は税金収めて初めて発行される。勝手に住んでる俺達には適応されない……。」
やっぱり……か。
これが制度の穴……言わば非の部分だ。
これを無くさずしてどうする。
貧困な奴にこそ福祉は与えられるべきだ。
「よし、お前の妹、今どこにいる。」
突然変わったリディアの口調にダルバンは若干驚きながら「スラム街の七番街……」と述べた。
「よしお前!今すぐスラム街の七番街に医者を派遣して治療しろ!なんかあったらこの俺が責任を持つ!」
「はっ、はい!!」
そう言って二人いた内の一人が医者の手配のために走って出ていった。
「何のつもりだ……!!」
ダルバンは困惑した表情で怒鳴る。
しかしリディアは冷静にダルバンの顔を見る。
「お前、俺達に付け。」
「なっ!何を言ってやがる!!」
「このまま先の無ェ奴等に付いてもしょうがねぇだろ。」
「はぁ!?先が無いだと!?馬鹿か!?アイツ等がどれだけの力を持っているか未知数なんだぞ!どんだけ世間知らずなんだ!!」
「あぁ、確かに俺ァ世間知らずだ。だがな、アイツ等に先が無ェのは確定してる。」
「な、何を根拠に……」
ダルバンは怪訝な顔でリディアの顔を覗き込む。
リディアは長いまつ毛を一度揺らし、その視線に反応するように親指を自分に向けた。
「根拠か?それはな……この俺に目をつけられたことだ!!」
「はっ!?」
流石の剣幕だったダルバンもリディアのその言葉に思わず聞き返した。
「理不尽は徹底的に潰す!それが俺のやり方だ!」
「そ、そんな事で……」
リディアの自信満々の様子にすっかり乗せられ、先程の殺伐としていた表情とは一変し、ダルバンはリディアに呆れすらしていた。
「お前はどうする?このままうずくまって、先の無ェ連中に付くか、俺達に付いて一緒に前に進むか。選べダルバン、道は用意した。それをどう歩くかはお前次第だ。」
リディアはダルバンの拘束を解きながら言った。
ダルバンは暫く沈黙した後、答えを出した。
ダルバンの瞳は、先程まで曇っていたが、リディアを見つめる今の瞳は晴れ渡っていた。
「……アンタに付けば、妹は助けてくれんだな。」
「あぁ、この国の姫の名にかけてな。」
「…………分かった。アンタに俺の忠義、預けるぜ。預けるからには、潰れるまで使ってくれ。」
ダルバンはリディアの目の前に膝をつき、頭を下げた。
「へっ!言うじゃねぇか。だからって簡単に潰れたりすんじゃねぇぞ。」
リディアは頭を下げるダルバンを見下ろしてそう言った。
その瞬間から……いや、妹の話で憤ったのを見てから、リディアはダルバンの事を気に入ってしまっていた。
コイツだけを特別扱いするのは正直気乗りはしねェ……。
だがそれは今だけだ。
いつかは、誰も特別扱いしなくていいようにしなきゃならねェ。
その為には……
「おいお前等。アダム連盟っつーのはどこと繋がりが深い。」
「はっ。ちょうど明日に面会を控えられているフィリップ殿下のお父上とは長い付き合いだと聞いております!」
「そうかそうか。フィリップの親父がアダム連盟と…………にしっ!」
天井を見上げながらそう呟き、リディアは最後に口角を上げて笑った、
黒幕のアダム連盟と、明日会う予定のフィリップ、その親父が関係が深い……か。
一国の主が反王族勢力と仲がいいなんて何かあるに決まってるじゃねぇか。
「こりゃフィリップに会う理由が出来たってもんだ……。」
個人的な恨みの集合体で理不尽に人間を動かす奴等をこの俺が許す訳ねェよな……。
リディアは拳を強く握り締め、暗い部屋から明るい外を見た。
明日の面会……大成功以外失敗だ……!!
待ってろフィリップ。
乗り気じゃねェお前をこの俺に………"絶対に惚れさせてやる"……!!!
お読みいただきましてありがとうございます!!
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