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第二話『護衛の仕事』


この世界に来て3日経過した。

その間に何となく色々な事を知った。

この国の名が『テレシア』という事や、この国が永世中立国として名を馳せていたり。

そんな国の名前は聞いたことがないし、現代において永世中立国というのも、そもそもテレシアという国は存在しない為おかしい。

親父……目覚めた時に口うるさく言ってきたあのジジイは元々騎士で、功績を先代国王に認められて王座に就いたらしい。

成り上がり実力者は嫌いじゃあねぇ。

俺はこの国では有名人……まぁ姫だから当たり前なんだが、かなりの人望があるらしい。

礼儀作法なんかは、極道の下積み時代に兄貴分から痛いほど体に教え込まれてきたのが多少なり役に立った。

しかし貴族のなりふりなんか分からなかった為、結局失敗に終わった。


テーブルマナーなんか知るか!

日本男児ならば箸で飯を食え!


とまぁ、食文化は日本とはまるで別モン。

フォークとナイフで飯を喰う為、襲撃なんかあった際には武器が山ほどある。

まぁ、箸でも十分武器にはなるが。

ナイフを見ると愛用していたドスを思い出す。

あぁ……せめてアイツも連れてきたかったな……。


そんな感じで明日、フィリップという隣国の王子で、俺の婚約者の男との面会を控えていた。


「くっ!辞めろ!これ以上は無理だ!」


世界に慣れ始めていた俺でも、とあるものに苦しめられていた。

暴れる俺をメイドが押さえ込みながら俺にそれを強制する。

俺を苦しめるもの、それは……


「リディア様もう少しです!お耐え下さい!!」


「無理無理無理!!辞めろぉぉ!!これ以上締めるんじゃねぇ!!口から内蔵が出てくる!!」


俺を苦しめるもの、それはドレスの着付けだった。

俺の腹と腰を締め付けるのはコルセットというものらしい。

それがすんなり入らないのだ。

メイドが慣れた手つきながら、俺への配慮を忘れないように着付けをこなしていた。

慣れた手つきと言っても、ギチギチな腹の駄肉を無理やり締め付けるという荒業ではあるが。

そしてようやくコルセットが安定した。


「はぁ……はぁ……やっと入った。」


息切れする俺にメイドが声をかける。


「口出しする事では無いと存じてますが……少々お菓子等の間食を今後は控えられては……」


そう言うメイドを疲れた目で見つめる。

この姫さんは一体どんな食生活してんだ。


「体絞んのも目標か……。」


だが俺は生粋の甘党だ。

この国の菓子が口に合えば食ってしまうが、残念ながら俺は生まれてこの方、和菓子一筋だ。

そう簡単に食い慣れねぇ変な世界の菓子に心が揺れると思うなよ!!


「さぁリディア様。安心なさらずに。まだまだありますよ。」


「えっ………もう、勘弁してくれぇぇ!!」



ーーー



ここは衣装室から少し移動したところにある談話室。

そこで俺は他の連中が来るのを待たされていた。


「はぁ……キツイし苦しい……こりゃ慣れるまで時間かかるぞ……。でも、この仕上がりは中々……」


鏡を見ながら自分の目でもドレスを見回す。

男だった事を考えると、こんなヒラヒラとした服を着るというのは何だか変な感じがした。

しかし着た事が無いとはいえ、その出来栄えの良さは分かる。

伊達に長年、人や物を見極める仕事をしていた訳じゃない。

これは間違いなく高級品だ。


「それではリディア様。しばらくお待ちください。」


メイドがそう言って扉を閉めて出ていった。

今日この談話室で行われるのは明日のフィリップとの面会で俺が粗相をしないようにと、親父が命令したらしい。

聞けばフィリップも結婚にはあまり前向きじゃないらしく、互いの国の国王同士が平和維持のために……とノリノリなんだそうだ。

いわゆる政略結婚っつーやつだな。

そういや昔、所属してた組の組長の娘と、組を持ちたての俺が結婚しねぇかって話があったが、俺は組を持ったら結婚しねぇと決めてた。

ありゃ多分、俺の組がデカくなった時の為の保険だったんだろうな。

政略結婚とはちと違うが、似たようなもんだ。


「リディア様、失礼致します。」


「おう……じゃなくて、どうぞ。」


この声の主は礼儀作法にうるさいメイド長の『ザラック』だ。

俺が返答を変えたのもそれが理由だ。

男の時の言葉遣いをするととんでもねぇ仕打ちを受ける。

流石に女は殴れねぇし、俺は従う他なかったのだ。

そして部屋に入ってきたのは案の定ザラックだった。

相変わらずスキの無ェ抜き身の刀みてぇな女だ。

するとザラックは部屋に入るなり顔をしかめ、俺の方を睨みつけてきた。


「むっ。」


「な、何かしら……。」


ザラックは何も答えずに俺を凝視する。

なぁに、いつもの事だ。

こうして俺の悪い部分を探しているのだ。

しかしそうはいかんぞ。

今日の俺はいつもとは違い、見た目には気を使っているのだ。

寸分の狂いもない立ち姿。

無理して作った笑顔。

手の位置も足の位置も一切問題なし!

さぁ、俺の悪い所を見つけてみやがれ!


「ふむ。今日は特に言うことはありませんね。ようやくマシになってきましたか。」


と、憎まれ口の様な事を言い放った。


くっそ!!

何も言われなかったのになんかムカつく!!

コイツ……いつか仕返ししてやるからな……!!


湧き上がる怒りを心に留め、リディアはザラックに話しかけた。


「きょ、今日は何をするのですか?」


「今日は明日のフィリップ殿下との面会でリディア様が失礼をしないように……と国王様から命令されております。まずは挨拶からです。上品さを保ちつつ、あなた自身の品格を伝えるのが大事です。」


「おっ!目上の相手への挨拶ならやった事あるぜ!」


そう自信満々に言って、リディアは極道の挨拶の仕方をした。

両の足を開き、中腰となり、膝に両手をついて頭を下ろし、大声で「お疲れ様です!!」と叫んだ。

すると、ザラックは眉毛をピクリと動かし、リディアの声より大きな声で指摘した。


「姿勢が悪い!背筋を伸ばして、視線はまっすぐ。肩に力を入れない!」


「ひぃぃ!!」


真面目にやったのに通用しねぇ!!

この挨拶って万国共通じゃねぇのかよ……!!


ーーー


次にリディアはヒールを履いた状態での優雅な歩き方を教えられた。

ドレスで動くのが不慣れなリディアは苦戦していた。


「王族の歩き方は、その場にいる全員を引きつける気品が必要です。」


「引きつけるも何も、ドレスの裾で転びそうなんだが。」


「姿勢が崩れると台無しです。ほら、もう一度!」


「そうは言ったって……フンギュ!!」


よろよろと歩くリディアは、自分のドレスのスカートの裾を踏んでしまい、前に転んだ。

顔を上げると、ザラックの冷たい視線がリディアを見下ろしていた。


くそ……!わかったよ!もっかいやりゃいいんだろ!!


リディアは心の中でそう叫ぶが、再び転び、終始イライラしていた。


ーーー


次にザラックはテーブルセッティングを準備し、フォークやナイフの使い方、ワイングラスの持ち方などを徹底的に指導した。


「これはあなたが最も苦手としている部分ですね。貴族の食事マナーは国の品格そのものです。」


「……ナイフをどう持とうが自由だろうが。それに俺は生粋の日本人だぞ。ナイフなんて使わねぇし……」


小さく、ザラックには聞こえないように呟くと、ザラックは「はぁ」とため息をついて、リディアに指摘した。


「その持ち方。あまりよろしくありませんね。」


「え?」


言われたリディア本人も自分がどうナイフを持っているのかを確認すると、ナイフを逆手に持ち、刃を外側に向けていた。


「まったく……そんなお姿、どこの野蛮人かと見られますよ。」


「……。」


ーーー


「望まぬ結婚であっても、相手に好印象を与えるべきです。」


ザラックがその次にやったのは言葉遣い、会話の中での礼儀作法だった。

目上の人間への言葉遣いには慣れていたが、先程の事を踏まえると、自分のやり方が通用しないと考えたリディアは少しだけ変化をつけて言ってみた。


「あーはいはい、『おたくの国の景色は素晴らしいですね~』みたいなやつか?」


リディアは少しだけ口を尖らせふざけた感じで言った。

しかし、ザラックの表情は冷たく、曇っていた。


「……口調が完全にアウトです。」


「あっ………。」


ーーー


「次はダンスです。王族ならば、社交場でのダンスは必要不可欠です。」


マジかよ!!

俺にダンスとか無理だろ!!


「ちょ、ちょっとダンスはハードルが……」


「ダンスは王族としての必須科目です。足元を見ないでください。」


無理やり踊らされるリディアは、ステップを間違え、ザラックの足を踏んでしまった。

リディアは恐る恐るザラックの顔を見ると、冷たい視線がリディアを突き刺した。


もう辞めてぇよぉぉ!!


ーーー


そんなこんなで3時間程の最低限のマナーと礼儀作法指導を受けた。

リディアは部屋にある椅子に座って疲れを癒していた。

もっとも、目の前にあのザラックがいては休めている気がしないのだが。


「はぁ……はぁ……。」


くっそ……どうしたら上手くいくんだ……。

そもそも興味無いことに全力出せってのが性にあわねぇんだよな……。

昔っから俺ってば、やってて楽しくねぇ事ァやらねぇ主義だからなぁ……。

マジで参っちまうぜ。


リディアが腕を組んで天井を見上げたい気持ちを抑えながら膝に手を置いて考え事をしていると、突然部屋の外から窓ガラスの割れる音が聞こえた。


「なんの音だ?ガラスか?」


リディアが椅子から立ち上がり、扉の方を向いた。

すると扉が勢いよく開き、そこから短剣を持った男が入ってきた。

リディアは一瞬で理解した。

それが自分を狙った賊だという事を。


「賊だ!!出会え出会え!!」


しかしその声を発するには既に遅く、部屋の中には一人の素早い賊が入り込んでいた。

その賊は俺の護衛には目もくれず、俺を一直線に狙ってきた。


「リディア様!!危ないっ!!」


「死ねぇぇ!!紛い物がぁぁ!!」


短剣を持った男が俺に突進してくる。

俺の傍には誰もいない。

完全に一対一になってしまった。

しょうがねぇ、これは叱ってくれるなよ。


リディアは一瞬腰を抜かしているザラックを見たあと、瞬時にスカートを破った。

そして、突っ込んでくる賊の一突きをギリギリで回避し、右足を天井高く振り上げ、賊の顔面に一発かかと落としを入れた。


「なっ……!!」


賊はそのまま気絶し、ナイフを地面に落とし、倒れ込んだ。


「ありゃ、もう終わりかよ。男のくせに腑抜けてやがんな。」


リディアのその行動に、その部屋の人物全員が唖然とした。

すると開いていた部屋の入口から、一人のガタイのいい男が入ってきた。

リディアの護衛部隊長の『ラザード』だった。

ラザードは入ってくるやいなや膝をつきリディアに頭を下げた。


「リディア様!!ご無事ですか!?」


「はい、なんともないですよ。」


リディアは一応、この後ザラックに叱られるのが嫌なのと、家臣の手前丁寧な言葉で話した。


「申し訳ございませんでした!!賊の侵入を許してしまった私の失態です!!処分は如何様にでも!!」


「怪我人はいませんのでお気になさらず。それに、襲撃には慣れています。」


「しっ、しかし!!それでは私が私を許せません!!どうかこの私に罰をお与えください!!」


「だからお気になさらずに……」


これが組の中での出来事ならそれ相応の罰を与えねば下に示しがつかないが、大きな城の中での襲撃だ。

全てを完全に防げるわけじゃない。

ましてや現実世界じゃねぇどこかだ。

俺の知らねぇ不思議な力……それこそ魔法みてぇなもんがあるなら俺にだって対処のしようがねぇ。

それ踏まえたら、侵入者くらいいてもおかしくないだろう。


そう考えて落ち着こうとしているリディアに向かって、ラザードは更に声をかけ続けた。


「リディア様!!今後同じような事が起きてしまっては私は自分を――」


許しているのにもかかわらず、しつこく言ってくるラザードの言葉に、遂にリディアの堪忍袋の緒が切れた。


「あーもう!!ゴチャゴチャうるせぇな!」


リディアは大声で言った。

先程の敬語とは打って変わったその気迫には、護衛部隊長ですらも怯んだ。

そしてリディアは膝をつくラザードを覗き込むようにして見た。


「おいラザード。お前の仕事はなんだ。俺を護らずに責任取って消える事か?足りない頭で余計な事考える事か?」


「い、いえ!それは……」


「不安な事言ったって何も変わらねぇだろ。一人で困ってりゃ誰かが勝手に助けてくれんのか?俯いてりゃ地面に穴が空いて、そっから解決策でも出てくんのか?」


「……ッ!!」


「余計な事ごちゃごちゃ抜かしてねぇで、黙って俺について来い。」


「ッ……!!…………はい!!」


顔を上げて涙を浮かべるラザードを見て、リディアは何故泣いているのか理解に苦しんだ。

しかしその後立ち上がって倒れている賊の方を見た。


ま、次に賊が侵入した時の事なんか考えてる奴を放っておける訳ねぇよな。

コイツは俺好みに鍛え直してやるとして――


「さぁて、この侵入者がどこからの差し金なのか口を割らせる必要がある訳ですが……」


リディアは賊を持ち上げようと胸ぐらを掴んだが、想像以上に非力かつ、賊が重かった為、途中で諦めた。

しかし部屋にいる人間全員に向けて言ったことに変わりはなかった。


「私にいい考えがあります。」


リディアは不敵な笑みを浮かべ、その賊を見下ろした。

その笑みは、何か悪巧みをしている時のリディアの前世の顔にそっくりだった。

お読みいただきましてありがとうございます!!

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