俺が転移した異世界は例えるなら「エンドロールが流れ終わった世界」だった。
異世界――
それは俺たちの世界にはないものがある世界。
冒険者は迷宮に入り一攫千金を狙う。
騎士は都市をモンスターから守るために戦う。
剣と魔法が日常の俺が憧れる世界――
俺はそんな異世界に転移した。
転移して一番に感じたのはコケの匂いだ。びっくりするほど湿度が高く薄暗い。
俺の足元には魔法陣が描かれてあった。さっきまで青く光っていたが今はただの黒い模様だ。
「…俺、異世界来たんだよな?」
前の世界からここに来る間に俺は一人の神と会い、いろいろ授けられた。所謂チートだ。
異世界に来たのは確実――…ハリウッドのスタジオじゃない限りだが。
いやしかし俺はさっきまで自宅で風呂に入っていた。だが服を着ているからこれは間違いなく異世界転移だ。
「こういう時って誰か迎え入れてくれるはずだろ…?」
この無駄に広い空間。絶対何人かの魔術師が魔力切れ限界まで踏ん張ってどうにかこうにか俺を召喚したって流れになるはずだよな……?
神様も”この世界を救ってあげてくれ”って言ってたし……。
なんでも全世界を巻き込んだ戦争が起こっているそうだ。俺はそれを収めるために駆り出されたわけだ。俺の他にも何人かすでに送られているはず――…なんだが。
「なんで俺一人しかいないんだよ」
なんだこれマジでなんだこれ。俺まさか詐欺られた?神様が詐欺ってなんだよ……。
「こういう時は下手に動くと危ない……いやチート貰ったし大丈夫だろ。ステータスもすぐ収拾に参加できるような強さになってるらしいしな」
この部屋から出た瞬間最強の生物とかに出くわさない限り死ぬことはない。はずだ。
はい、ここでフラグは折っておく。と言って折っておこう。
部屋の散策をしているとドアを一つ見つけた。これくらい広い部屋なら大きめの扉とかありそうなんだが…。
ま、そんなことは置いといて。
「これでとりあえず外に――…あれ、なんだこれ」
ドアノブを握って下げようとしたらびくともしなかった。
「サビてんのか?せいっ!!」
上から拳を振り下ろしてみるとドアノブは壊れ、ドアが音を立てて少し動いた。隙間から光が見える。
遠くから人の話し声も聞こえてきた。これなら現状を聞くことができる。訳が分からないなら情報収集。異世界転移の基本だ。
ドアを開けた先は階段だった。
上を見るとすぐに青い空…ではなく何故か鉄格子で蓋をされている。
なぜ?
「力づくで壊せそうだが……もし壊しちゃダメな物だったらまずいよな。おおおーーーーーーい!!!誰かいませんかあああああ!!!」
声量だけは自信がある。それなりに遠くても聞こえるはずだ。
すぐに数人の男の声が聞こえてきた。足音も近づいてくる。
俺はいわゆる勇者と呼ばれる部類のはずだ。だったら無下にされることもない……と思っていた。
「貴様!そこで何をしている!!!」
「団長に伝えろ!不審者だ!!!!」
「へ?」
この世界に来て初めて会った人間の表情は救いを求めるものじゃなくて犯罪者を見るものだった。
「いやいやおかしくないですか!?俺を召喚したのあんたたちですよね!?」
「召喚……?ははは!何を言っているんだお前は!嘘をつくなら元マシな嘘をつけ」
だめだ。多分この人階級低いっぽい。じゃないとこんなことは起こらないはずだ。
とりあえず団長とやらを待つか……。この世界に来てから待ってばっかりだな。
「団長こちらです」
やっと来た。十分待ったぞ。
「貴様何者だ。何故ここにいる」
「俺は宝賀幸斗です。召喚された異世界人ですよ!」
団長とやらは難しい顔をしている。見下ろされてるし強面だから圧がある。つか怖い。
「では質問だが」
「なんでしょう」
「金曜夜の青くて丸い奴の名は?」
「え…ド○○もん?」
その答えを聞くや否や団長とやらは柵を力づくで引き抜いた。壊しても良かったのか…いやだがこの不審がられようだと俺がやったらもっと警戒されてたな。
てか、何でド○○もん?
そのあと俺は団長に連れられ色んな場所を回った。
王様にもあったし姫様にもあった。まあトキメキ展開は無かったが……。
そして衝撃の事実を聞かされた。
――――――――――――――――――――――
十年後。
「騎士ちょおおおおおおおおおお!!!!!!助けてくださいいいいいい!!!!」
俺を騎士長と呼ぶ少女は泣き叫びながら青龍から逃げている。
「倒さんと帰れないんだぞ~。がんばれや~」
現在指導中だ。パワハラなどこの時代には存在しない。打たれて育て少女よ。
十年経ち俺はもう三十五。立派なおっさんだ。
俺が転移して衝撃を受けたのが三つある。
一つ、戦争は三年前に終わっていた。
二つ、その戦争は二百年続いていたが最後の方は俺より先に転移してきたやつらが増長して全世界の敵になっていたらしい。
三つ、転移者は全員一人の女神によって処されたらしい。つまり全員死んでる。
そう、俺が転移して来たこの世界は、例えるならすでにエンドロールが流れた後の世界だった。
どうやら俺の転移にはラグがあったらしくその大戦に参加しないですんだ。
だから俺はこうして十年間生きてこられたのだ。
ただ一つデカい問題があった。
かの大戦を経て全世界共通、”異世界からの召喚”が禁忌となっていたことだ。
つまり俺は禁忌から出てきた禁忌人間である。
だがこの国の王様のご厚意で国への滞在が認められた。なんでも大戦で多くの人間が死んだせいで国防に難があるらしい。
他国からの侵攻はここ百年の間、条約にて禁じられているため問題ないのだが人間という天敵が少なくなったせいでモンスターがとんでもなく増えているらしく頭を抱えていた。
そこで即戦力となる俺は騎士として国防に参加することになったわけだ。もちろん異世界人という事は伏せられてある。
十年だ。普通の人間よりも頭三つほど抜きんでていた俺はキャリアを積み王国で十二人しかいない騎士長まで上り詰めた。
大変だった。
前の世界と同じだ。
汗水たらして働いて…。
無能な上司に右往左往させられて…。
その全部が命がけ。
騎士をやめて普通の国民になりたいと進言したこともあった。
が、騎士をやめるならば女神につきだすと国王から嫌な笑顔で宣告された。何がご厚意だ。あの狸爺め。
ま、幸せなこともある。
普通に恋愛したし、愛した女性とも結婚して今では二児の父だ。
同僚との関係も良好だし部下からの信頼も厚い。一部からは恐れられているみたいだが…。
ま、あれこれあるが全体的に見れば元の世界では得られなかった幸せだらけだ。
ひとまず――いや、最大限の感謝を俺を異世界に転移させてくれた存在に捧げよう。
さて、部下の少女が赤龍を倒したようだ。さっさと国に帰って最愛の妻と子に会いに行こう――
「”貴様が王国の異世界人か?”」
突如背後から女の声が聞こえてきた。
何の気配もせず近づいてきたのは銀髪紫眼の小さな少女だった。
曲がりなりにも俺は王国最大の戦力である騎士長の一人だ。後ろをとられることなんて到底ありえない。
それに俺には転移特典のスキルが山ほどあるんだ。
何故気づけなかった……。
いや、それよりもだ
「”あんた何で日本語喋れてんだ”」
この世界と元の世界では言語が違う。俺は転移特典でどうにかなっているが……。
「”お前も日本人か?”」
「”いや、違う。私は生まれも育ちもこの世界の人間だ。言葉は他の転移者から教えてもらった”」
「”そうかよ……で?俺に何の用だ”」
剣を抜こうにもこの少女に隙が無い。それに抜いた途端腕を吹き飛ばされる予感しかしねぇ…。
「”私は異世界に飛んだ夫を探している。それを可能にするには異世界の情報が不可欠だ”」
「”だから俺を取っ捕まえて人体実験の道具にしようってわけか…?”」
「”そんなことをしたあやつから怒られるかもしれない。あくまで協力の申し出をしに来た。貴様はまだ悪事を働いていないようだしな”」
主人を探すために協力だ?胡散臭いが日本語を話せているという事は何かのっぴきならない事情があるようだな…。
それに夫か……。
「”お前の話は分かった。協力もしてやる。だが俺には妻も子もいるんだ。国を離れることも異世界に帰ることもできない。それでいいなら力になる”」
もし俺の家族が異世界に飛んでしまったとしたら同じことをする。
こいつは強者だ。だが俺に危害を加えるようなやつじゃない。そうスキルが教えてくれる。
「感謝する。貴様には最大限の報酬をやろう。国王に話もつけてやる」
「あ、ああ…」
国王に話をつける…?もしかしてこいつとんでもないお偉いさんじゃないだろうな?
俺剣に手掛けちまったんだが……。
少女は握手を求めてきた。この世界にはこの文化は存在しない。
確実だ。この少女は異世界を知っている。
「私はマリア。学者で旅人だ」
「俺はユキト。…”宝賀幸斗”だ」
これは俺にとってエンドロールが流れ終わった世界の物語。
そして、これからも紡がれていく彼女の物語のインタールードだ。
注釈
この物語の舞台は最初の転移者が来て数千年経った世界です。
黒髪黒目。日本人っぽい名前も普通に存在しています。
のでユキトが名前で転移者とバレることはありませんでした。