09 ヴォレガード家
まさかリヒトが貴族だとは思わなかった。それにこんなところでリヒトに再会するとは思ってもみなかった。
ドラゴンを倒したあの日から気が付けばあっという間に時間が過ぎていた。とりあえず宿をとってパテル様の用事を済まそうと思って早3日。都会の人の多さを舐めていた。それに王都の地図が複雑すぎてなかなか読むことができなかった。
そしてやっとたどり着いたと思ったらそこは豪邸。パテル様は謎に人脈が広いからそんなこともあるかな、と思っていた。でもまさかリヒトがドンピシャで住んでいたなんて考えもしないだろう。若干、緊張しながらメイドさんが入れてくれた紅茶を飲む。
リヒトを盗み見ると目が合ってしまった。
「……すみませんでした」
「何がだ?」
「……待たなかったこと?」
「別にもう終わったことだろ。それよりもどうしてこの家に来たんだ?」
「……パテル様が手紙を持って行ってほしいと言われたのでそれを届けに」
リヒトはああ、と返事をする。そしてその後、特に話す話題がなく沈黙の時間を過ごす。『殺戮人形』の時はこの沈黙が気まずくもなかった。それなのにリヒトと話すときは心臓の音が聞こえるほど緊張して、何か話さなければと思う。これは何故だろう。
「なぁ……」
「……あの」
「あ……、テメェから」
「いえ、別に……」
話すタイミングがかぶるとこんなに気まずくなるとは知らなかった。
そして鳥のさえずりが聞こえるほど静かになったこの部屋にノックの音が響いた。天からの助けとばかりにリヒトが勢いよく立ち上がって扉を開ける。
「父上だ。入れてもいいか?」
「……はい」
手紙を渡したら終わりだと思ってたんだけどな~。
中に入ってきたのはリヒトの父親とは思えないほど若々しかった。私を見て少し驚いたように目を見開いたがすくに笑顔の仮面をかぶって私の目の前のソファに座った。
「君がルーチェか」
「……はい」
「んじゃ、俺は失礼すんぞ」
「そうだな、リヒト。客人のお相手をありがとう。それとせめて客人の前は口調を治しなさい」
そんな公爵様のお小言にリヒトは手をひらひらと振って去っていった。公爵様は呆れるようにため息を吐き、しょうがないな、と呟く。そして気を取り直したように言った。
「私はヴォレガート公爵家の当主リファレンス・フォン・ヴォレガートだ。よく来てくれたな」
「……お初お目にかかります」
リヒトが部屋を出ていくと公爵は懐からパテル様の手紙をテーブルの上に置いた。
「どうやら、パテルは君が心底心配のようだ」
頭が停止する。
パテル様に私はもう子供ではないです、と言っておいたはずなのにどういうことだろうか。あの人は私のことを幼児とか思っているのだろうか。
「……どういうことでしょうか?」
「君が記憶喪失なこと。何の伝手もないのに王都に来たこと。どうにかしてくれないか、と。あとは借りた借りを返せともな」
「……それは、申し訳ございません?」
公爵様に何か言わないといけない、ということは分かるがどう言えば良いか分からず疑問形になってしまう。
「いや、どうにかすることはできる。君の判断次第だがね。君はここで働きたいかい?」
公爵様の鋭い視線が私を貫いた。
パテル様にたくさんの借りがあるのか、公爵様は王都で私のやりたいことを支援してくれるようだ。まさかここまでしてくれるとは……と驚愕してしまう。
本音を言うとどちらでもいい、だ。どうせ寿命がないから1年くらいは働かなくても生きてはいける。それに私は宝石を生み出す魔法を使える。だからもしもお金が必要になるなら宝石を売ればいい。
メリットとしてはここで働くとリヒトの様子がわかる。危険な時になったら助けることもできる。私が生きていると間は、という限定条件だけど。
リヒトはおそらく私のことを覚えていない。それなら私も赤の他人としてふるまうべきだろう。けど子供だったリヒトを思うと少しの間でも見守っていたい。
ああ、すこしパテル様の気持ちが分かるかもしれない。
そっと見守るだけでいい。
君が成長していく軌跡を辿りたい。星をなぞるように、君の面影を探して。
それぐらいなら、許してくれないだろうか?
私は口を開いた。
「……許されるなら、ここに、いたい、です」
「そうか。となると君は――――、いや。なんでもない。といっても私も君を無条件で働かせるわけにはいかない。そうだな、手合わせと行こうか?」
流石に無条件で公爵家の使用人に成れたら判定基準が不正まみれだ。それは分かっていたがもしかして傭兵として働かせられるんだろうか?それならもう人を殺すのは嫌だからご遠慮したい。
そんな私の考えが伝わってしまったのか公爵様は慌てて口にする。
「あ、いや。人を殺すのではなく護衛をしてもらおうかと」
「……護衛ですか?……誰を護衛するのでしょうか?」
「ここから先は受かった時に話そうではないか」
守秘義務が伴うということだろうか。
若干、疑問に思ったがそういうこともあるか、と思い素直について行く。
公爵は応接間を出てヴォレガート家騎士の訓練場に向かった。訓練場では騎士が稽古をしていた。公爵家の訓練場はとても広い。平民の家が丸2個分くらい入りそうな広さだ。木が周りに生えていて地面は砂。そこには人に似ている人形。目線を映すと離れたところに重りやら、木刀が散っていた。
訓練しているのは50人ほど。訓練している騎士は王国騎士ではなく公爵家専属の騎士だ。使えている相手が違う。戦場では王国騎士はこの国の国章、貴族に使えている騎士は家紋、傭兵は何もない。マスターに偉い人の首を取るように言われたから覚えている。
いつになったら責任者が公爵に気が付くか心配だったが公爵様の威圧感を感じたのかすぐに駆け寄ってきた。
「ようこそいらっしゃいました! 旦那様! 何か御用でしょうか?」
「あぁ、そうだ。少し失礼する」
公爵様は周りを見渡した後、一人の騎士に目を留めた。
「そこの君」
公爵が声をかけたのは焦茶色の髪をした騎士だった。
「アルト!」
責任者が声をあげて呼ぶ。
彼はどうやらアルト、というらしい。
最初は気が付かなかったが組合をしている騎士が先に気が付いて、動きを止める。それに疑問を思ったアルトが固まる。本当に自分かどうか判断しかねているようだ。公爵様が手を動かして理解したらしく慌てて身嗜みを整えて公爵の方へ向かった。
「お、お呼びでしょうか」
「ああ、すまないな。少しこの子と手合わせをしてくれないか?」
「は、手合わせ? ですか?」
「ああ、もちろん負けても騎士を辞めさせるということはないから安心してほしい」
「辞めっ……。か、かしこまりました」
まだ騎士になったばかりだろうアルトは私のことを不思議そうに見ていた。明らかに普通の女の子に見えるのに本当に倒していいのだろうか、とか。誤って殺してしまわないだろうか、とか。そんな感じの表情がありありと浮かんでいた。
主である公爵様の突然の命令に答えないといけないなんて大変だな。
私は少し哀れみの目を向けてしまった。
「さぁ、始めよう。武器は何がいるかね?」
武器か。
私はそんなに接近戦が得意ではない。だけど出来ないというわけでもない。あまりしたくないだけ。だから銃とかがあれば良かったんだけどないらしい。
となると刀……もないから短剣を選ぶ。刃はつぶれているらしく当たっても斬れないようになっていた。
いつも通り右手で握ろうとしたが、義手なのを思い出した。物を掴むくらいなら魔力を流せば動かせるが戦うとなると難しいだろう。左手も肩は少し動かしにくいから気を付けなければならない。
この機会はいいかもしれない。私がまだどこまで戦えるか、どこまで通じるか。それの判断基準として。
「……では、お願いします」
「は……はい。よ、よろしく、お願い、します」
「では、用意ーーーー」
相手も覚悟を決めたようで若干緊張しているが戦場でよく見る剣の構えをした。私は左手に力を込めたが自然状態で相手を見る。
「ーーーー始め!」
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