07 銃声
あのドラゴンは今までは俺らのことを塵にも等しい存在だと思ってなめてかかっていた。だがこの状態だと圧倒的な破壊力を持って襲ってくるだろう。
人がまだいるかもしれないし、建物を壊してはいけないから強い魔法も使えない。白は役立たずだし、紅はみんなサボってるし、蒼はそもそも広範囲殲滅型だから単発型が応援に来るかどうか怪しい。
紅はなんで来ぇんだよ! サボりか!? いや、俺にはわかる! どうせ、後輩の活躍を見よ~ぜ~、とか言ってんだろ! かぁ~~~!!!
「仕方ねぇ、逆鱗を探すぞ」
「え~、やっぱりそれッス? 面倒ッスよ~、いつものように倒すッス!」
いつもの倒し方。
いち、ドラゴンを地面にたたき落とす。これは俺が建物に上って地面に落下する方法か、弓を使える騎士が最大魔力を込める。
に、ドラゴンの羽をぶっちぎる。
さん、すべての処理が終わったら魔法でドカーン。これは人によって違うやり方がある。
刀先輩はドラゴンの鱗さえも豆腐のように斬ってしまうため辺りは血の雨が降る。
団長は小さな太陽を落とすので毎回、騎士が火傷をし、衝撃波で辺りが荒野になる。
ついでに俺は氷漬けにした後、衝撃を与え木っ端みじんにする。氷が解けると生臭い匂いが漂うため町では使えない。
ヴェンは刀先輩と同じようなことを【風魔法】を使って引き起こす。
広範囲なんだよな~。雷先輩とかいてくれたらやりやすいんだが。あの人、雷をドラゴンの脳天に落として倒すし。ただ、雷先輩を怒らせると雷が降ってくるから気を付けないとな。
俺の脳裏にヴェンの逃げ回る姿が浮かんだ。
「いいぞ。別に。団長に怒られるのを覚悟の上なら」
王都の人からは苦情が降り注ぐだろうけど。
「……逆鱗ッスね。任せるッス!」
「調子のいいやつだな」
「煩ぇッスよ! オレは左ッス」
「右か。念のため人がいないか見ろよ」
逆鱗はドラゴンの弱点。
曰く、神々に逆らった時、罰としてつけられたとか、一部の研究であれは第二の心臓とか呼ばれている。逆鱗を砕くとドラゴンはすぐに死に絶える。それは誰でも知っている常識だ。
あそこだけ鋼の鱗ではなく、人の皮膚のように柔らかい。そして、逆鱗は普通の鱗とは逆に生えている。色が変わってくれたらわかりやすいんだが、そんな風に簡単にはいかない。
だから逆鱗を探すためにはこのドラゴンをしっかり観察しなければいけないのだ。
ドラゴンの鋭い爪を剣で弾き飛ばす。
ドラゴンは賢い。だから同じ失敗は二度としない。俺に火を吐くのを止められると分かっているのか口から炎を出さない。
まぁ、もう一度来たらなかなか面倒くさいことになるのだが賢くて助かる。
ドラゴンには尻尾もあるのだがそちらの攻撃はヴェンが受けているらしい。
周囲に取り残されている人がいないか確認しながら観察する。
どうやらこちらのほうに逆鱗はなさそうだ。空から見た時にもそれらしきものはなかったからヴェンのほうかそれともおなかの下か。ヴェンのほうだったら簡単だがお腹の下だった場合、まずはひっくり返さないといけなくなる。
それだったら団長に怒られることを覚悟して、いつもの方法で倒したほうが早い。
ヴェンと再会する。
「左側の足の付け根ッス」
「よし、叩くぞ」
ヴェンのほうを見ると視界に何か小さく、赤く光るものが現れる。それは本当に小さく、ヴェンのほうを見ていないければ本当にわからないほど小さかった。
「ヴェン、避けろッ!!」
「うわっ」
それが何か、頭で理解するより早く体は動いていた。
ヴェンを押しのけ、立っていた位置を変わる。その瞬間、空間が爆ぜた。爆風で飛ばされるが、無意識に張っていた結界により、かすり傷で済んだ。
ドラゴンは俺が傷ついていないことが分かり苛立っていた。
「リヒト!」
「無事だ! ……あれがあのドラゴンの使う魔法」
おそらく予兆は俺が見た赤い光。だけど蛍の光より弱弱しいから気を付けないと見逃してしまいそうだ。それに複数展開することができるらしい。俺の周りに赤い光が現れる。あわてて飛びのけるとすぐにその場所が爆発した。
時差は本当に少ない。見つけた瞬間、反射で動かないとすぐに爆発だ。
魔法の射程範囲も気になる。ドラゴンの見える範囲だったら王都が火の海になる可能性がある。無差別に打ってきたらそれこそ終わりだ。
そんな風に考える間にも【爆発魔法】は襲ってくる。
「どうするッス? リヒト」
「変わらねぇ。短時間でぶっ殺す。囮は頼んだ」
「うわ~ん! またッスか!?」
ヴェンの得意な魔法は【風魔法】と【火魔法】だ。どちらも動きが激しいからちょうどいい囮になる。俺は少し壊れている建物に身を隠す。
しばらくは【爆発魔法】が俺を襲ってきた。しかし数分すると全く襲ってこなくなった。ヴェンの囮が効いているのだろう。時々、ドラゴンの咆哮が聞こえるからいい感じに乗ってきている。ヴェンは良い囮だ。だが、相手がより怒ることは唯一の難点だ。
気配を消してドラゴンの逆鱗を見つける。
「あれか……」
見つけたはいいもののドラゴンの怒りが頂点に達して動きを止めていない。
といってもここまでドラゴンを引き付けてくれさえすればあとはこちらの物だ。剣を握りなおしてそっと呪文をつぶやく。
「【氷魔法 氷結】」
ドラゴンがほんの一瞬、凍り付いたと同時に剣を切っ先を逆鱗に向けて投げる。【身体強化】もして投げたから逆鱗のちょうど真ん中を剣が貫いた。
ヴェンのもとへ駆けつけ無事を確認する。
割とあっけなかったな。俺の投擲技術もさらに磨きがかかってきた。
ちょっと自画自賛をしてしまうほど、剣は綺麗に真っすぐと逆鱗を砕いていた。
「よし」
「……せめて大丈夫かぐらい言えないッスか? リヒトく~ん」
「殺して死ぬやつじゃねぇだろ」
「死ぬッスよ!? オレ!?」
ドラゴンが絶命するのを見届けようとドラゴンを見る。いつもならすぐに倒れるはずのドラゴンが消えない闘志を持って俺たちを殺そうとしていた。逆鱗を砕いたのにそれは明らかにおかしいことだった。ヴェンと顔を見合わせて警戒レベルを上げる。
そこで気付いた。
……確かに本気は出していないものの俺たちがドラゴンに苦戦するのはおかしくねぇ?
「あ、おい!」
ヴェンの声に意識を戻すと、どこからかやってきた子供が猫を抱えていた。
おそらく付き合いがある猫だったのだろう。子供は震える腕で猫をしっかりと抱きかかえ、ドラゴンの鋭い爪が光を反射してぎらりと輝くのを、怯えた瞳で見つめていた。体が震えて得て動かないのか子供は地面に座り込んで動かなかった。
ドラゴンがいるほうに逃げてきた猫も馬鹿だ。
その猫を守るためにわざわざドラゴンのほうに来た子供も馬鹿だ。
そして、その子供を守るために魔法を使うことを忘れ、飛び込んだ俺もまた、馬鹿だ。
俺は子供の頭を抱え込んでドラゴンに背を向ける。そして自身に大量の結界を魔法で作った後、衝撃に備えるため、身を固くした。
その瞬間、銃声が響いた。