04 旅立ち
「……パテル様、お話があります」
パテル様は飲んでいたコップを置いて、私にチラッと目線をやった。
「それは君がここを出ていく、という話かい?」
「……気づいてたのですね」
「そりゃあね。君が不自然な動きをしていたり、お金をくすねている姿を見たらそれは思うだろ?」
「……それすらも気づいていて何故、突き出さなかったのです?」
「まぁ、どうでもいいかなって」
自分に興味がないところはとことん気にしない。それはパテル様の良い点とも悪い点とも取れる。ただ、いくら興味がなくても生活するうえで必須なお金の心配はして欲しい。
私はそっとため息をついて隠していた箱を取り出した。木箱で出来ていてちょっと汚れているもの。本当は新しく作ろうかと思ったけど盗賊に襲われても困る。だから大事なものでも入ってなさそうな外観にした。食器を重ねて退け、宝箱をテーブルに置く。そして中身を空ける。
「これは……どこからか盗んできたのかな?」
「……そんなことはできません。……パテル様が監視していたからです。……ご存じですよね?」
パテル様は私に心を砕いてくれた。だけど私が人に迷惑をかけないように監視はしていた気がする。私が『殺戮人形』だから人を殺さないか、傷つけないか。だから一人で買い出しに出かけたのも最近だ。
外に一人で出かけるときは必ずどこかから視線を感じていた。その視線には殺気も悪意も感じなかったら放っておいた。でもよく考えたらパテル様の気配だった気がする。優しくて薬品の匂いが体に染みついている匂い。この町にはパテル様以外、医者もいないため特定しやすかった。
箱の中には光を反射しながら美しく輝いている様々な宝石が存在していた。
ルビー、エメラルド、ダイヤモンド、サファイア、トルマリン、オブシディアン、タンザナイト、アクアマリン、アメジスト、トパーズ、シトリン、ガーネット。
数えきれないほどの宝石がそこにあった。
「……お礼です。……私に治療してくれた途方もない金額に達すると思います」
「どうやって?」
「……私は『No.37564-07』です」
「そうか……それで?」
「……この中には口止め料と診察料が含まれています。私にもうかかわらないでください」
「それなら受け取れないね」
何故。
純粋な疑問が沸く。マスター達なら喜んで受け取るはずなのに。
「私は医者だから。最後まで患者の様子を見る義務があるんだよ。それにここから出ていくんならルーチェはどこに行くんだい?」
「……王都へ」
平和になったこの国を。
戦を終えたこの国を。
新しい道を歩み始めたこの国を。
国民だったものとして。
反逆者として。
仲間の意思を受け継いだものとして。
見てみたい。
それに成長したあの男の子。生きていることは知っていたけどもう二度と会うことはないと思っていた。それなのに見つけたのだ。
自分だと理解されなくてもいい。赤の他人でもいい。
それでももう一度あの美しい目を見ていたい。
「はぁ~、君にかかわらないとは約束できないそれは決定事項だ。外出することもだめだ。全治3か月と私は言ったんだ。まだ2か月しかたっていない」
「……私にはやることがある」
パテル様は私の目を見た。そして硬い意思を認めてくれたらしい。呆れたようにため息をついて言葉を発した。
「知り合いもいない、捕まるわけにもいかない、倒れるかもしれない。それなのに行くんだね」
「……はい」
「3日に1回は手紙を書くこと。王都に行くなら私の用事もこなしてくること。それなら私は君の旅を手伝おう」
「……結構です」
「薬はどうするつもりだい?」
パテル様の呆れた目が私を貫いた。
そうだった。パテル様の協力がなければ私は薬がきれて余命1年どころじゃなく3日になるのか。パテル様にまったく徳がない気がするがいいのだろうか。
「私はこの宝石をもらうからね。美しい」
「……それでもパテル様に徳があるとは思えません」
「いいじゃないか。私は患者の状態も知れるし、王都に行かなくても用事をこなしてくれる助手がいる。ルーチェにとって悪い話ではないと思うよ?」
何か裏があると思う。
だけど余命もそんなにない。それにパテル様の役に立ちたいといったのはこの私だ。それなら断る理由もないかもしれない。
どうせ1年後は生きていないのだから。
「……承知しました。ですが私は文字が書けません」
「むむ、それなら体調に問題がないときは○、何か問題があるときは×を書いておくってくれ」
「……記号、ですか。……わかりました」
「それなら早く準備しないとね。時間がないんだ、どうせなら目一杯、楽しんでおいで」
それからパテル様は思ったより早く行動した。
宝石を不自然に思われない程度に換金した後あっという間に私の旅支度をする。
制限はあるもののなんでも物が入る【空間魔法】がかかったバック、半年は生き延びることができる食料、そして薬。薬は途絶えるとまずい状況になってしまうので分量が多かった。自分で飲む量を把握できるように薬の知識をパテル様から軽く教わった。
私の義足と義腕、眼帯の代わりを少々。そしてかわいらしい服を10着。それに持っていて損はないと思われるロープ、ナイフ、回復薬、地図、その他もろもろ最上級のものを用意してくれた。もちろんお金も。
一体どこにそんな伝手があったのやら。
町の人たちは私が出ていくのを悲しんでいた。たった2か月という短い間だったけれどこの町にちゃんと馴染むことができていて安心した。小さな子供からもらった旅のお守りはこの村、ゼーンズフトの大切な人、旅人にお守りを渡す伝統らしい。私の目の色の赤色とパテル様の緑色で紐が細かく編み込まれていた。やや細長で、どこにでもつけられるよう紐がついていた。有り難く受け取り、旅のバックにつけた。
余命が1年もない。その限られた時間で2か月という時間を過ごせたことがうれしかった。死ぬ瞬間までこの町のことを忘れないだろう。
残りの寿命はあと10か月。
「ルーチェ」
「……はい」
「私が王都でやってきてほしい用事はこれだ」
バテルはそういうと手紙を一枚差し出した。その手紙を受け取って表と裏をひっくり返しながら観察する。
『殺戮人形』は無駄な知識をつけないように勉学が制限される。喋るのも儘ならない人だってたくさんいる。もちろん私もそのうちの一人だ。
手紙にはパテル様のやや斜め右に上がった癖のある字で宛先が書かれているようだった。
「この手紙を届けてほしい」
「……宛先がわかりません」
「あ、そうか。それじゃ……、あ。地図を貸してくれるかい?」
準備途中だったバックからとりだした地図を渡す。パテル様はそれを受け取り机に広げた。そしてペンを持ってとあるところに丸を付ける。
そこは王都の中央寄りの北に位置していた。
「……そこに届ければいいのですか?」
「そうだよ。迷ったら周りの人に聞いてね。たぶんヴォレガードって言ったらすぐに伝わると思う」
「……ヴォレガードですね。わかりました」
「明日には行けるね」
「……はい。……お世話になりました」
「危なくなったら帰ってきていいからね。それとちゃんと手紙のことは守るんだよ。王都は悪い人もいるからお菓子あげるよ、って言われてもついて行ってはダメだからね。酷いことをされそうになったら声をあげるんだよ」
「…………私は子供ではありませんがわかりました」
「そうだね。もう、心配でさ。この親離れができない感じ?」
「……パテル様は私の両親ではないと思いますが」
パテル様はその言葉を聞いて寂しそうに微笑む。
「亡くした娘がいてね。私と同じ髪色で母譲りの真ん丸な瞳でね、成長したらきっとこんな感じだったのかなと思ってしまって。……ま、それは置いといて、早く寝な。明日はいい天気になるといいね」
「……おやすみなさい」
「おやすみ。ルーチェ」
手紙をしっかりバックの中にしまった後、部屋に戻る。
旅人を導く夜のお月様が空高く上る。
寝付きが悪く、私は徐に鏡の前に立った。病院だからなのか、それともパテル様が綺麗好きだからなのかわからないけど私の部屋には鏡があった。
戦い続きて手入れもしたことがなかった髪はパテル様の手によってつやつやに輝いていた。肩まで伸びている女性にしては短いピンク色の髪に触れる。小さい頃の自分はこんな感じではなかったと思うがどんな色をしていたかは忘れてしまった。
目の色は血のように燃えている深い赤色。No.1が言うには私が興奮すると目の色が深くなるといわれた。だけど、そういったNo.1も、もう存在しない。
左耳には夜空のように輝く宝石と夜の静寂を彩る紅色の宝石がシンプルながらも洗練された美しさを誇っていた。月の光を反射して光を放つ様はどこか神秘的で魅惑的だ。このイヤリングは私と男の子との大切な思い出であり、約束の証である。
そっと優しく手を触れつぶやいた。
「……約束通り、会いに行きます、……リヒト」
そんな私を儚くも美しい月が見守っていた。
次の日、私は商人の馬車にともに乗って町を離れた。パテル様は見送りをしてくれたし、ちょうど見合わせた住人も手を振ってくれた。商人が言うには1週間ほどでたどり着くらしい。道中、魔物が出ることもないからのんびり行きましょう、と言ってくれた。
蒼穹の中、私は旅立つ。