02 目覚め
意識が浮上する。
その瞬間、体中が痛みを訴えた。脂汗をかきながら目を開けるとそこには見たことがない天井があった。どうやら木で出来ているようでベットのそばにある窓から光が差し込んでいた。
顔を動かすだけでも痛いから目線だけを動かす。消毒薬の匂いや病院独特の香りがする。全体的に優しい緑色で家具ができていて、ここに住んでいる人の性格を表すようだった。耳を澄ますとどうやら人が話しているらしい。男の人と女の人だ。相談事のようで男性側は優しく諭していた。
どうやら、また死に損なったらしい。
何回、死に損なえばいいのだろう。仲間を犠牲にして結局、紡がれてしまったこの命。私を助けてくれるために散っていった仲間がいるから自分で死を選ぶこともできない。
彼女も私を助けてくれた。私が彼女の命を奪ったのも同然なのに。
そこまで考えると話がやみ、足音が近づいてくるのがわかった。軽くノックの音が聞こえ、相手側は私が起きていないと思っているのか返事も待たず、ドアを開けてきた。
入ってきた人は男性だった。
男性は少しくせ毛の焦げ茶色の髪をしていた。目の色は深緑色で落ち着きを表す森の色だ。白衣を着ていて首からは聴診器を下げていた。彼は目を見開いた後、大股でこちらまで歩いてきた。そして私のベットの椅子に腰を掛ける。
「目が覚めたんだね。よかった。話せるかい?」
「…………何故?」
「愚問だね。私は医者だ」
主語も言っていないのに彼は私の言いたいことが分かった。彼は安心させるように私に微笑みかけた。私と彼は初対面なのに安心してしまう。これは彼が医者だからだろうか。
「……あなたは、誰、ですか?」
「私はパテル。そしてここは王都の東に存在する小さな町ゼーンズフト。1か月前、内乱が終わり第二王子であるレーヴェン殿下が王太子、また代理国王になった。戴冠式は10か月後に行われる予定だ。一方、反逆者となった前国王陛下と第一王子は1週間前に公開処刑されたらしい」
パテル様は布団をはがし包帯を巻きなおしたり、私の心音を聞いていた。
「前国王陛下が生み出した『殺戮人形』はほとんど死に絶えた。わずかに残っていた『殺戮人形』も自爆したと聞く」
「……何故、私にその話をするのですか」
「君が生き残りだからだよ」
そういうとパテル様は私の首筋をなぞった。自分では見えないがそこには番号が振られている。
『No.37564-07』と。
『殺戮人形』は前国王陛下の臣下であったマスターが生み出した生命体だ。まだ、自我が生えたばかりである人間に洗脳を流し込み、【奴隷魔法】を施す。するとなんでも言うことをきく生きた人形になる。肉壁になるのも、自爆するものも、実験体にされるものも、何をしても不平不満を言わない。
『殺戮人形』は実験により生み出された様々な種類が存在していた。もちろんその過程で死んでしまうものもいる。成りそこなった者は部品になるか、ゴミになるかだ。
逃げ出したものもいるがそういう場合は自爆スイッチを起動される。だから『殺戮人形』として攫われるともう二度と、返ってくることはない。
自我もなく、奴隷になり果てる。それが『殺戮奴隷』だ。
「……突き出さないのですか?」
「私は医者だ。命を助ける存在なのに、なぜ命を奪うかもしれない行為をしなければならないだね?」
「……愚かですね。非理性的だ」
「理性など存在しないよ、はなからね」
「……故障はどれほどですか?」
「怪我ね。右腕は消失。右足は切ったほうがましだったから切断したよ。左目は斬り付けられていたから見えなくなってる。右目は薄っすらとは見えるんじゃないかな。左肩は銃弾を受けていて動かしにくくなってる。あとは全身に打撲と火傷の跡。それと臓器が影響を受けている。薬を飲んで、無理やり栄養を送り込んでも……余命1年かな?」
体の大半を失って、それでもなお生きたいと踠く。その結果がこれだ。
「……どれくらいで直るのでしょうか?」
「3か月……で終わればいいね、かな」
「……1か月で直します。……それまでここに置いてくれないでしょうか?」
「全治3か月って言ってるんだ、人の聞いてた?これでも医者だからね、身の回りの世話はやりなれている。任せてよ。ところで君の名前は何?」
「……製造番号ですか? 『No.37564-07』です」
「名前だってば。私でいうパテルだよ。君の名前は?」
脳裏にあの男の子が浮かぶ。
血に濡れたこの手を躊躇もせずにつかんで、微笑み尋ねた。暗闇しかなったこの世に、感情を与えてくれた掛け替えのない人。
あの時、私はなんて答えたのだろう?そしたらあの男の子はなんて返したのだろう?
それは忘れてしまったが忘れていない者もある。それはあの男の子が私につけてくれた唯一の名前。
「……ルーチェ」
「ルーチェか。いい名だね」