第六十九話 友誼
燦々と照り付ける太陽の下、涼やかな風が肌を撫でる。四名の少女は河川敷に寝そべり、蒼穹を泳ぐ雲を眺めていた。目を閉じて、静穏な時間を楽しんでいる。
忙殺されている少女達を気に掛けて、士隆が休暇を与えたのだ。
「荒士と刀乃、彼らはどこへ行ったのでしょうか……?」
詩音は身を起こし、隣で寝そべる刃に尋ねる。
「荒士は士隆に付いておる。刀乃は通報を受けて出動したらしいぞ。物資の輸送中に野盗の襲撃を受けたとか何とか……」
詩音の問いに対して、刃は目を閉じたまま答えた。
「そうですか……。彼らを信用してもよいのでしょうか……」
「ん? いいんじゃないか? あ奴らの和平を望む姿勢は紛れもなく本物だ。亡国に縛られ、大切なものを見失っておったがのう。馬鹿だが素直な奴らだ。今では禍人の保護に目を向け、身を粉にして働いておるぞ」
「そうですか。よかったです。これからは同僚ですものね。仲良くできるかな」
物事は捗々しく進展している。貧困は解消され、人々の笑顔をよく見るようになった。式目の発令もあり、他者を信用する心を誰もが持てている。
詩音は再び空を見上げた。喜びを噛み締めていると、自然と口元が緩んでいた。
「詩音、何を笑っておるのだ?」
清々しい詩音の笑顔を、隣の刃にバッチリと見られていたようだ。急いで顔を背ける詩音であったが、刃はすかさず捕らえて頬を捏ね繰り回した。
「き、気付かない振りをしてくださいよ!」
「わかるぞ、詩音。平穏を喜んでおったのだろう? わしらが揃えば、天下無敵だ。もう敵となる者はおらぬ。遂に乱世は終わったのだ」
「初めから協力をして、皆で一国に仕えればよかったのではないですか?」
「そ、それはのう……」
正鵠を射た指摘を受け、詩音の頬を捏ねる刃の手がピタリと止まった。
苦い顔をして押し黙る刃を見兼ねて、代わりに雫玖が詩音の問いに答える。
「一度はそういった案もあったのよ。でも刃ちゃんと大ちゃんが大喧嘩をしたお陰で、それが叶うことはなかったわね……」
「そうですか……。どうして喧嘩をしたのですか?」
刃は空を見上げて記憶を辿っていたが、どういうわけか何も思い出せない。
「何であったかのう……。大地、覚えておるか?」
「知らねぇよ。そんな昔のことは忘れちまった」
言わずもがな大地にも思い当たることがなく、答えは闇に葬られてしまった。
「どうせ、つまらない理由でしょう? 孤児院にいた時は、二人でよく喧嘩をしていたものね。いつか殺し合うんじゃなかって冷や冷やしていたものよ」
つまらない理由だと言われたが、二人は雫玖に反論ができなかった。
食事の取り合いや寝相の悪さなど、本当に些細なことでよく喧嘩をしたものだ。
二人の相剋の歴史は、思慕の念よりも含羞の色ばかりであった。
「ま、まぁ十中八九、こ奴が悪かったのだろう」
「てめぇとは相容れねぇな。決闘なら受けて立つぜ?」
「あなた達……そういうところじゃないかしら……」
雫玖は呆れて手を広げ、これから始まるであろう小競り合いを止めようとしなかった。予見通り大地は寝返りを打つふりをして、刃の顔を目掛けて裏拳を放っている。刃はそれを易々と片手で受け止め、返す刀で大地の拳に齧り付いたのだった。
「痛ぇ! 何すんだ!」
「馬鹿め。わしの勝ちだ。出直してこい」
「また始まっちゃいました……」
詩音は大地を恐れなくなっていた。強大な敵を相手に共闘したことで、粗暴な言動に隠された人情の厚さに気付かされたのだ。燬坐魔の思念体との戦いでは、何度命を助けられたことだろうか。あの時、大地の支援なくして勝利は有り得なかった。
詩音にとって初対面の大地は恐怖そのものであったが、今では会話が成立する程度には打ち解けている。主に刃に対して向けられている大地の暴力行為も、まるで獣が戯れ合っているようで今では微笑ましいものとなっていた。
「ふふふ、二人の喧嘩も見慣れてしまいましたね」
「うるせぇよ、〝詩音〟。てめぇもやっちまうぞ」
「……………………あれ?」
大地の恫喝を聞いた詩音は、台詞に隠された違和感を見付け出した。
ガバッと跳ね起き、詩音は大地の顔をじっと凝視している。
「な、何だよ、詩音。見るなよ」
「……今、初めて〝詩音〟って名前で呼びましたね? 嬉しいです! 大地さん、わたしを認めてくれたのですか?」
「う、うるせぇ、チビッ子。そういうことはサラッと流すものだろうが……」
痛いところを突かれた大地は、忸怩たる思いを胸に顔を背けている。
「大ちゃん、照れているの? その可愛い顔を詩音ちゃんに見せてあげなさい」
「うるせぇ触んな!」
大地が危惧していた通り、すかさず雫玖が茶化してくるのだった。
――そうして時は流れ、同盟国は統合されていった。
次第に地名は本来の意味を取り戻し、日輪はまた一つの国となった。隆盛を誇った佐越を都として定め、日輪の中心として機能させることとなったのである。
そして修羅狩りは漸次、佐越だけのものではなくなっていった。修羅狩りの常道は永久不変。日輪の守護者として、世界各地へと馳せ参じた。
日輪の繁栄は修羅狩りと共に、連綿と続いていくことだろう。




