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修羅狩り刃  作者: 辻 信二朗
第二章 間尺に合わねど是非もなし
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第六話 締結

 神都こうと

 ここは、かつて天下統一を成し遂げた劉円一族が治めた場所である。


 倒幕してから、もう八年間もの月日が流れている。

 この地もまた、幾度となく領主が入れ替わっていることだろう。城塞には無数の傷があり、過去に遭遇したであろう襲撃の痕跡が生々しく残っている。


 現在の領主は鷲見景吉すみかげよし。劉円の配下であった男である。

 神都を根城にしていた山賊を退け、かつての都をその手で取り戻したという。


 依頼を受けた刃は目を擦りながら、指定された城門の前に立っていた。


「――修羅狩り、黒斬刃だな?」

「――む?」


 突然声を掛けられて振り返ると、侍の集団が立っている。

 人数は五名。既に腰の得物が抜かれており、穏やかではない様子だ。


「わしが刃だ。何用か?」

「…………」


 問いに対しての応答はなく、侍は退路を断つように刃を取り囲んだ。


「何だ、お主らは……。用があるなら言え」

「…………」

「無視をするなら突っ掛かってくるな。愚か者め……」


 刃は考えあぐんでいた。彼らは一体何者なのか、そして、目的は何か――。


「今だ! 討ち取れ!」


 思考により刃の視線が外れた瞬間、侍の集団は問答無用で斬り掛かってきた。


「馬鹿どもが――」


 刃が脇差の柄にそっと手を掛けると、金属がぶつかる甲高い音が鳴り響く。振り下ろされた侍の斬撃は火花を撒き散らせ、刃の纏う見えない障壁に弾かれた。


「――くっ! どうなっている!?」


 侍は驚愕に喘ぐが、これは妖術の類ではない。刃は抜刀の一撃で、寸分の狂いなく敵方全ての斬撃を弾いてみせたのだ。剣閃による一筋の光芒をその眼に映すのみで、侍は刃が抜刀したことにさえ気付けなかったことだろう。


 すぐに反攻に出ようとした侍であったが、その攻撃が刃に及ぶことはなかった。

 カランカランと音を立てて、侍の手から太刀が零れ落ちていく。

 刃の抜刀術の衝撃に手が痺れ、侍は太刀の柄を握れなかったのだ。


「どうしてわしに剣を向けたのか、聞かせてもらおうか」

「…………!」


 刃の太刀筋が見えなかった侍は、状況が理解できずに立ち竦んでいる。


 この侍は殺し屋ではないだろうと、刃は推察していた。あまりの弱さに加え、殺人者特有の血塗られた臭いがしないのだ。着用している小綺麗な袴からも育ちの良さが垣間見られ、薄汚れた殺生に手を染めている者だとは思えない。


 刃が睨みを利かせて返答を待っていると、動けない侍の間から上品な束帯を召した若人が現れた。


「修羅狩り――黒斬刃様。驚かせてすみません。私は神都の領主――鷲見景吉すみかげよしと申します。恐れながら、刃様の実力を測らせていただきました。私の命を預かる者が、この程度の戦況を打破できねば信頼できませんから」

「ほう……お主が領主か」


 刃は侍への詰問を止めて、領主を名乗る男を見据えた。


 こうして領主が表に出てくる愚行に呆れたが、この男は影武者ではないと刃は確信していた。刃の実力を目の当たりにしても男が怯える様子はなく、その堂々たる立ち振る舞いから国を背負う者の気骨を感じ取っていたのだ。


迂遠うえんなことを……。命を大事にしろ」

「ご無礼をお許しください。刃様が人を殺さないという信念をお持ちであることを聞き及んでおりましたので。噂通りの力量、感服しました」

「うむ、もうよい。飯を食わせてくれ」

「承知しました。ご案内いたします」


 領主の景吉に追従し、刃は神都の城郭へと向かった。


    ◇


 領地を囲む城塞からしばらく歩き、刃は神都城に辿り着いた。


 一見豪奢な外観とは裏腹に、城内は猥雑わいざつな箇所が多く見受けられる。障子や襖の破れが散見され、一部ではあるが廊下の床が抜けていた。

 これは苦しい財政事情の表れだろうか。


 神都城の客間に案内されると既に食事が用意されており、契約締結と親睦を兼ねて刃は景吉と共に食事を取った。


 食卓には魚を中心に、穀類、野菜といった料理が並べられている。流石は都というだけあって、用意された料理の質は非の打ち所がないほどに高かった。


「うむ、美味い。内陸国であるというのに、アジが出てくるとは驚いたぞ」

「いえ、それはヤマメです……」

「……ほう、ヤマメか。身が柔らかくて美味い。気に入ったぞ」

「いえ、今お食べになったものは……アマゴです……」

「そ、そうか。魚は焼けば、どれも似たような味だからのう……」


 刃は何とかその場を取り繕い、食材に対する言及を諦めた。


 栄養価の高い食材に心を躍らせ、刃は気を取り直して食べ進めていく。

 一切気を抜けない職業柄、食事による体調管理を疎かにはできないのだ。


「こうした食事を用意できるということは、食材の生産から流通までの経路が確立されておるようだな。今のご時世、なかなかできることではない。どこかの国と同盟でも組んでおるのか? 自国だけではここまで賄えないだろう?」

「いえ、食糧の入手経路は自国のみです。式目が存在していない現在、輸出入は信用できませんから。全て自給自足で賄っています」

「そうか……やはり、どこもそういった考えなのだな……。自国のみでここまでの食材を揃えられるのは見事だ。わしが数年前にいた土地では、毎日芋しか食卓に並ばなかったからのう」


 領地の外では、飼い主のいない野良の殺し屋や野盗が獲物を求めて息を潜めている。無策に食材を領外へ運ぼうものなら、山賊の恰好の餌食となるだろう。


「……刃様。契約内容の話をさせてください。とりあえず、期間を一箇月間。報酬は……五貨鈔(かしょう)でいかがでしょうか……」


 刃が重畳ちょうじょうに食事を進めているところを見計らい、景吉は遠慮がちに声を発した。


 ――《貨鈔かしょう》とは銅でできた硬貨であり、日輪で広く流通している通貨である。

 日輪は元々一つの国だったこともあり、各国では共通の貨幣が使われている。

 一貨鈔の価値は、およそ米一(しょう)(ます)程度。幕府が運営していた造幣所ぞうへいじょは既に失われているが、この銅貨は現在でも価値を維持している。


「…………」


 景吉の提案する契約条件を聞き、刃は食事の手を止めた。明らかに短い契約期間、更には割に合わない報酬を提示されて苛立ちを隠せない。


「……しわいのう。わしとの契約は、相場通り月に二十貨鈔だ。それに一箇月間だと? わしが信用できぬと申すのか?」


 領主に対する無礼な言動を聞き、周囲の家臣は腰の太刀に手を掛けている。

 それを見て景吉が手で制し、刃に対して縋るように頭を下げた。


「……刃様。申し訳ございません。ここのところ神都は衰退の一途を辿り、国家の存続が危ういのです。以前に契約していた修羅狩り様には報酬を支払えず、契約を解除せざるを得ませんでした」


 景吉の低頭を見た家臣は、それに追従して同様に頭を下げている。

 声を震わせる景吉の嘆願は、神都が置かれている情勢の厳しさを物語っていた。


「そういう事情か……。優しいわしが相手であれば、報酬を下げても契約が締結できるであろうと踏んだのだな?」

「……えぇ、まぁ、そんなところです」

「そうか……ふぅん……なるほどのう……」


 刃は実のところ、無賃であろうとも契約を断る気は毛頭なかった。刃の悲願は金儲けではなく、日輪に泰平の世を築くことにあるからだ。


 少しばかり熟考した振りをした後に、刃は誇らしげな顔で言い放った。


「神都の料理は素晴らしい。この美味だけで十五貨鈔の価値があると判断した。この味噌汁を泳ぐホウレンソウに免じて、その契約を受けようではないか。嵐の後にはなぎがくるのだ。良かったのう!」


 承諾の意向を聞いて、場にいる者が一斉に歓声を上げた。ここで刃が契約を断ることは、神都の民にとって死の宣告と同じ意味を持つこととなるのだから。


 喜ぶ人々の様子を見て、刃は噛み締めるように二度頷いた。まるで領主にでもなったかのように、得意げな顔で味噌汁を掻き込んでいる。


「刃様、ありがとうございます! それ、コマツナですけれど……」

「こ、この味噌汁。良い味噌を使っておるのう……」


 景吉に痛いところを突かれ、刃は指摘が聞こえなかったことにした。

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