第六十七話 好晴
崩れた瓦礫を踏む足音が聞こえ、目を向けると刀乃が立っていた。
その傍らには神代士隆の姿があり、見たところ手傷はなく無事であるようだ。
「刀乃、ありがとう。道中の護衛、感謝する」
「…………」
刀乃は士隆の謝意に反応をせず、抜け殻のように佇んでいる。
士隆が無事である姿をその目に映し、一同は表情を緩ませていた。
「……士隆から離れろよ。クソ野郎」
しかし大地は警戒を緩めず、並び立つ刀乃に向かって小太刀を構える。
「大地、刀を降ろしなさい」
猛る大地に対して、士隆は太刀を降ろすよう手振りをした。
「だってこいつは……!」
「――大地」
「……わかったよ」
士隆に制され、大地は仕方なく小太刀を納めた。
大地が落ち着いたところで、士隆は佇立する刀乃に向き合っている。
「刀乃、君は裁きを受け入れると言ったな? しかし残念ながら、日輪に式目は存在しない。よって公正な立場で君達を裁くことはできない」
士隆の発言に、刀乃は納得がいかないと目で訴えている。この男はどこまでも真面目で純朴なようだ。その目線を感じつつ、士隆は最後の審判を下した。
「……だが、ここは佐越だ。その判断は領主である私が下す。太刀川刀乃、大嵐荒士、私は君達を罪に問わない」
「「――――!?」」
「代わりに、これからは佐越に仕えなさい。いいね?」
刀乃と荒士は顔を上げた。虚ろだった瞳が驚動している。自身を拉致し、領地を危機に追い遣った下手人を士隆は許そうというのだから。
士隆の温情に大地は激怒していた。刀乃と荒士は領地を侵した大罪人なのだ。殺さないまでも、地べたに顔面を叩きつけてやろうかとさえ考えていた。
「士隆!? 何を言ってやがんだ? こいつらは死ぬべきだぜ! こいつらの大好きな幕府の式目に則って罪を償わせるべきだ! それとも俺がてめぇらを二度と歩けねぇように………………むぐっ!」
激昂する大地の背後から、士隆は掌で小さな口を覆った。
「大地、いい加減にしなさい。かつての式目に準ずるというなら、禍人である君達も咎人となる。私も禍人を匿った罪に問われることとなるな。それに刃は、幕府を転覆させた者の子孫だ。極刑に値することになるぞ?」
「うっ……むむう……」
思わぬところに飛び火し、刃は噎せて咳込んだ。己の罪について聞かされた少女達一同は、場都合が悪そうに顔を背けている。
「はは、重い話はここまでにしよう。刃、大地、詩音、そして雫玖。無事でよかった。よく佐越を護ってくれた。礼を言わせてくれ。皆がいなければ佐越はおろか、日輪に未来はなかったことだろう」
領主から称賛を受けて一度は顔を綻ばせた少女達だったが、すぐに顔を曇らせている。不思議そうに顔を覗き込む士隆に対して、刃が代表して心境を吐露した。
「士隆……わしらのことは、このままでよいのか? わしは……わしらは禍人だ。幕府を転覆させた禍神の血族なのだ。人間より妖怪に近い種族なのかもしれぬ……。気味が悪いなんてことはないのか……?」
「……へ?」
目を潤ませて見上げてくる少女達を見て、士隆は呆気に取られていた。幼い少女達が、まさかそんなことに悩まされていたのかと。
すぐに士隆は少女達に笑顔を向け、安心させるべく本心を伝えた。
「何だ、そんなことを気にしていたのか? 妖怪だろうが何だろうが関係ない。君は君だ。それ以外ないだろう。それに、心は私と同じであると知っている」
士隆の見解を聞いて、一同は目一杯の笑顔を見せていた。
「士隆、無事でよかった……。俺様を心配させやがって!」
心配事が解消された大地は、真っ先に士隆に飛びついていた。大地は身体にしがみつく形で、士隆の装束の裾を力いっぱいに強く握り締める。
「大地、心配をかけた。私はこの通り無事だ」
いつものようにすぐ士隆に甘えたかった大地だが、禍神の血を嫌われていたらどうしようかと考え悩んでいたのだ。普段は粗暴な大地だが、この時ばかりは誰が見ても年齢なりの可愛らしい少女にしか見えなかった。
続いて、刃と詩音が士隆を抱擁する。しがみつく大地の上から、挟み込むように二人が士隆に抱き付いた。
「士隆、改めて礼を言う。ありがとう。お主のお陰でわしは生きられておる。八年前に士隆が保護してくれなければ、わしはこうして生きられてはいまい」
刃は自分を保護してくれたことに改めて謝意を述べた。
「ふふっ、刃、何のことかな? 護られたのは私のほうだ」
「もうどこにもいかない。これからはわしが士隆を護ってみせる」
すると大地が背後から割って入り、刃の肩に手を置いて先輩風を吹かせてきた。
「俺様は佐越で五年間務めている。つまり、てめぇの先輩ってことだ。こき使ってやるから覚悟しろよ。俺様は厳しいぜ?」
「何を馬鹿なことを……。お主の下に就くわけではなかろう……」
和やかな雰囲気の中、雫玖は瞼を伏せていた。謀反を働いた雫玖は労いの言葉を素直に受け取ることができず、士隆と目を合わせることさえできないでいた。
戦闘の傷によって動けないことだけが理由ではない。もし無傷であったとしても、士隆に声を掛けることは憚られていたことだろう。
士隆は身体に纏わりつく三人の少女を降ろした後、動くことができずに横たわる雫玖をそっと抱き上げた。
「し、士隆さん!?」
「雫玖、もういいのだ。これからも、皆と一緒に佐越を護ってくれ」
「…………はい」
雫玖は嗚咽を漏らし、士隆にギュッと縋りついた。目には涙が滂沱と溢れている。許されざる罪を犯した雫玖に対し、士隆は少しも咎めなかったのだ。
自身の胸に顔を埋める雫玖を、士隆は優しく撫で続けた――。




