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修羅狩り刃  作者: 辻 信二朗
第六章 交わらざる二つの正義

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第六十六話 雨開

 血戦を終えて、刃は急いで雫玖の元へと駆け寄った。


「雫玖!」


 雫玖は刃との戦いで負った傷が深く、横臥(おうが)したまま動かない。


「……雫玖、ありがとう。お陰で命を助けられた」

「私の命は、刃ちゃんの物よ。『わしのために生きろ』なんて言っておいて、どうして炎に身を投じたの? 私より先に逝くことは許さないわ」

「……すまぬ。禍神を滅することしか頭になかったのだ……」


 顔を綻ばせる刃だが、後からやってきた大地の表情は曇ったままであった。


「お嬢、助太刀は感謝する。だが裏切りの顛末(てんまつ)を俺様はまだ聞いてねぇよ。事と次第によっては、今ここで殺すことになるぜ」


 大地は背後から刃を押し退け、雫玖の首元に小太刀を突き付けた。

 裏切り者への報復として、大地の小太刀には殺意が込められている。雫玖が返答を誤れば即死であると、誰が見ても明らかな状況であった。


「大ちゃん……あのね、ええと……」


 しかし、大地を落ち着かせる材料が雫玖の手にあるはずもなかった。裏切っていたことは事実であり、心を許していた仲間を危険に曝してしまったのだから。

 大地に何も言い返せず、雫玖は言葉を詰まらせていた。


「大地、刀を下ろせ。事情はその内に説明する。多事多端(たじたたん)あったが、雫玖は雫玖だ。何も変わってはおらぬ。わしが潔白を保証する」


 刃は大地の腕を押さえ、雫玖に向けられた凶器を制した。


「……わかったよ」


 大地は殺意の拘束を解き、小太刀を鞘に納めた。

 雫玖の裏切りに対して、一番揺さぶられたのは刃自身であると大地は理解している。釈然(しゃくぜん)としない部分もあった大地だが、己に牙を剥いた親友を刃は許したのだからこれ以上問い詰めるべきでないと判断していた。


 疑心暗鬼に陥っていた詩音は、刃の言葉を聞いて笑顔になっている。


「先輩、無事でよかったです! わたしは信じていました! 今度はわたしが先輩をお護りしますからね!」

「詩音ちゃん、ありがとう……。ごめんね……」


 横になって動けない雫玖の身体に、詩音は頬を擦り付ける。

 少し迷いながらも、雫玖は背に手を回して詩音を抱き寄せた。




 足取り重く近付いてくる者がいる。孤児院を襲った深編笠の男だ。

 荒れた呼吸に肩を上下させ、今にも崩れそうな身体を引き摺っている。


大嵐荒士(おおぞれあらし)、生きていたのですか……」

「禍神と契約をしたお陰かね? これだけ斬られて生きていられるのは驚きだ」


 詩音は立ち上がって腰の小太刀を抜き放ち、近付いてくる害敵を威嚇するように容赦ない殺意を漲らせた。


「おっと、待てよ。もう敵意はないぜ。ほら、自慢の太刀も持ってねぇ」

「……確かに、そのようですね」


 荒士の両手を上げる姿を見て、詩音は愁眉(しゅうび)を開いた。居合の達人であろうとも素手では何もできまい。それに、ここには最強の仲間が揃い踏みであるのだから。


「――!」


 突然、刃が跳ねるようにして荒士のほうへ顔を向けた。

 どういうわけか刃は鋭い剣幕で荒士を凝視し、目をカッと見開いている。


「……師匠? どうかしましたか?」


 詩音の疑義に応じず、刃は目にも映らぬ俊足で荒士に近接した。


「な、何を――!?」


 刃は荒士の胸部に掌を当て、そのまま黒の妖気を解き放った。漆黒の渦が荒士の胸を貫き、その肉体を黒一色に染め上げる。


「ぐああ!」


 荒士は咄嗟に叫ぶが、身体には傷一つ見られない。少しして、荒士の身体を取り巻く黒の妖気は次第に色を失っていった。


「ふうっ…………。危なかったのう…………」


 安堵した刃は、その場で崩れるように腰を下ろした。

 荒士は自身が何をされたのか理解できず、刃に触れられた胸部を押さえている。


「黒斬刃……拙僧に何かしたのか?」

「ああ。お主に宿っていた禍神の思念体を滅したのだ。また化物退治をする羽目になるかと思って、酷く焦った……。よもやお主も禍憑だったとはのう……」


 刃は両手を後ろに突いて身体を支えている。


「師匠、どういうことでしょうか……?」


 詩音は怪訝な顔で刃に尋ねた。


「先ほど戦った炎の禍神は、刀乃の身体から抜け出したものだ。禍憑の中には禍神の思念体が生きておる。禍憑が絶命、または致命傷を負うことで禍神の思念体が顕現するのだ。そこの笠男から妖力を感じた故に、化物が現れる前に消滅させてやったというわけだ。賭けであったが上手くいったようだ」


 あまりの焦燥(しょうそう)に息を切らせながら、刃は詩音の問いに答えた。


「思念体だと……? つまり、さっきの奴は本体ではなかったって言うのか?」


 珍しく大地が狼狽している。その衝撃の事実は全員が同感であった。

 燬坐魔は、修羅狩りが力を合わせてようやく斃すことができた化物だ。まだ本体がどこかで生きているなど、一体誰が想像できようか。


「燬坐魔の本体は冥崖山脈の裏手――月輪にいる。拙僧は燬坐魔の本体を見たことがあるぞ。本体の強さは思念体の比ではない。それにしても、蔑んでいた人間に思念体を滅されるなんて……山脈の向こうで怒り狂っているだろうよ」


 なぜか輪に溶け込んでいる荒士が月輪についての知識を披露した。


 詩音はあまりの恐怖に顔を引き攣らせている。戦いには自信を漲らせていたが、流石にあんな化物とはもう戦いたくないと本能が叫んでいた。


「日輪にはまだ禍憑がいる……。つまりは思念体がまた現れる可能性があるということですよね……。わたし、もっと強くならないと!」


 日輪の行く末を案じて心配する詩音の焦りを、刃は高らかに笑い飛ばした。


「その時は、また皆で協力すればよかろう。何も独りで立ち向かうことはないのだ。それにしても禍神を滅するなど、まるで幕府の時代に戻ったようだのう。あまり気が進まぬが、これも仕方がないことか……」

「何だ刃、まさか怖気(おじけ)づいたのか? 俺様は怖くねぇぜ?」


 弱気になる刃に対して、大地が意気揚々と割って入ってきた。


「はいはい、言っておれ。燬坐魔にとどめを刺したのはわしだというのに……」

「うっ……」


 痛いところを突かれた大地は、胸を押さえて刺されたような素振りをした。


「……何かすまぬ。大地、先ほどの勝利はお主の陽動のお陰だ」

「そ、そうだろう? 俺様がいねぇと何もできねぇんだお前は!」

「ちょっと(おだ)てたら調子付きおって……」


 傷だらけの修羅狩り達は勝利を喜び、共に笑い合った。

 もうこの地に敵はいない。佐越への脅威は無事に消え失せたのだ。

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