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修羅狩り刃  作者: 辻 信二朗
第六章 交わらざる二つの正義

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第六十一話 相剋

 雫玖を安全な木陰で寝かせた後、刃は大地の下へと急いで馳せ参じた。


 土塀の上に立って戦場を見渡すと、不可解な状況に目を疑った。どういうわけか刀乃から妖気の気配が感じられ、なんと炎の妖術を自在に操っているのだ。


 刀乃の炎術を避けながら攻撃の機会を窺っている大地を発見し、刃は腹積もりを伝えるべく接近を試みる。炎の動きを捉え、一足飛びで大地の目の前に着地した。


「刃……何をしに来やがった? お嬢の始末はつけたのか?」

「ああ、片はつけた。言葉を返すが、お主のほうはどうだ? あまりに決着が遅いと思ったら、どうやら苦戦しておるようだのう。大地、助太刀が必要か?」

「要らねぇ。どっかいけよ。邪魔すんな」

「強がりおって……。お主が領地を護りながら戦っておることは知っておる。くたばる前に休んでおれ。このままでは戦況が好転するとは思えぬ」


 佐越の境界には現在、高い岩壁がそそり立っている。混乱に乗じて佐越を攻めてきた殺し屋を、大地が遠隔で堰き止めていたのだ。侵入者への警戒をしながら刀乃を相手にすることは、相当に精神を擦り減らす作業であったことだろう。


 刃にその事実を知られていたことに一度は驚いた表情を見せたが、大地は綻ぶ顔を隠すように顔を背けて呟いた。


「……知っているなら、さっさと手伝え」

「素直じゃないのう……。まぁここは任せろ。わし一人で充分だ。それに、佐越の修羅狩りはお主だ。暴れる殺し屋どもに天罰を与えてやれ」

「……わかった。お前も死ぬなよ」

「心配無用だ。さっさと行け」


 大地は刃の到着に安堵し、領内で暴れる者どもの始末に急行した。大地の残虐性を知らぬ者はいない。解放されたと知れば、誰もが白旗を揚げることだろう。


 去っていく大地に向けて、追いかけるように刀乃から火球が放たれる。その煌々と輝く炎術は、まるで朱穂の紅蓮が使っていた技を彷彿させる威容である。


 すぐさま刃が間に入り、黒の妖気で火球を消し飛ばした。大地が無事に戦線を離脱するところを見届け、刃は刀乃の前に立ち塞がる。


「ほう、どこかで見た炎術だ……。刀乃、お主は今、妖術を扱えるのだな。それが禍憑(まがつき)とかいうやつなのか? その力は修羅之子とどう違うのだ?」

「………………」


 刃の糾問きゅうもんに刀乃は俯き、黙りこくってしまった。少しばかり呼吸を乱し、かぶりを振り、握った拳の爪を皮膚に食い込ませている。


 当初の威勢はどこへやら、刀乃は魂が抜けたように放心している。負の感情に支配されていることは確かだが、刃にはその心境を推し量ることができない。


「……今となっては同じなのかもしれないな……幕府を滅亡に追い込んだ力、それを我が身に宿そうとは……なんと因果なことか……」

「…………?」


 刀乃は刃の問いを否定することなく、不思議なことを言い残して再び炎の太刀を振り翳してきた。何やら自暴自棄になっているようにも見える。


 しかし黒の妖気を纏った刃の脇差は、岩をも溶かす炎の太刀を物ともしなかった。あっさりと刀身で攻撃を受け止め、刀乃の豪剣を押し返している。


「馬鹿の一つ覚えに炎を撒き散らせるだけか? お主、芸がないのう。そんなお遊びでわしに勝てると思ったのであれば心外だ。雫玖から聞いておろう? わしの前では、妖術なぞ取るに足らぬことを……」


 妖術とは、術師が司る属性に応じた物質を自在に操ることができる異能であり、工夫次第で多様な使い方が可能である。しかし刀乃の放つ炎術は単調そのもので、明らかに練度が低い。怒涛(どとう)の炎撃を繰り出し、あろうことか不死鳥をも形作ってみせた紅蓮と比較すると、その差は歴然である。


「それとも借り物の力を捨てて、わしと剣術のみで張り合う度胸があるか? 幕府の力はそんな程度ではないだろう?」


 見るに見兼ねた刃は、遠回しに刀乃を(さと)した。

 一つの方法に頼り切った攻撃など何ら脅威ではなく、刃のような熟練者にとってはむしろ非常に御しやすい状況であることを。


「…………!」


 刃の舌鋒を聞いて、刀乃は何かに気付かされたようにハッとしている。禍人への憎悪に飲み込まれていた刀乃が、なぜか高揚したように口角を吊り上げた。


「面白い……俺も剣術では負ける気がしない。その誘いに乗ってやろう」


 意外なことに、刀乃は刃の挑発に乗った。刀乃からは薄れかけていた気勢が蘇り、隙のない構えで刃をじっと見据えている。


 大上段の構え。妖力に頼ることをやめた刀乃は、構えが大きく異なっている。一刀の威力を重視し、戦国時代より最強とされてきた流派――《扇流おうぎりゅう》である。


 修羅狩り――太刀川刀乃。

 少しばかり剣を交えただけだが、刃はその底知れぬ強さを感じさせられた。神都幕府が誇る最高戦力であり、日輪を武力で掌握したその力は本物だ。殺しを生業とするような愚物では、どうしてもこの領域までは辿り着けない。


 幕府最強の剣客が身に纏うのは、純粋な剣気。妖力をかなぐり捨てたことで、眠れる龍を呼び覚ましてしまったようだ。先ほどまでとは気迫がまるで違っている。


 ――修羅狩りにとって、契約は命より重いものである。

 力なき者の盾として、如何なる犠牲をもいとわず責務を全うしなければならない。

 修羅狩りは完全無欠であり、誰よりも強くおそれを纏う者でなければならない。

 敗北は絶対に許されない。たとえ相手が修羅狩りであろうとも。


 構える修羅狩り、そして、その前に立つのもまた修羅狩りである。

 最強を自負する達人が二名。戦場に巻き起こる矛盾。互いが自身の勝利を微塵も疑わず、難敵を処理すべく睨み合っている。


「神都幕府特務機関、修羅狩り筆頭――太刀川刀乃、いざ参る!」


 刀乃は名乗りと共に、刃に向かって太刀を振り下ろした。


 流石は扇流、見事な剣閃だ。振り下ろされた初太刀は二の太刀への布石となっており、振るう毎に威力を増していく斬撃が扇のように弧を描く。流れるような斬撃の舞に隙はなく、間合いに入る者を容赦なく両断する。


 だが刃は、落ち着いて刀乃の斬撃を受け切っていた。相手が誰であろうと、やるべきことは変わらない。まずは攻撃を見切り、敵の技を知ることだ。


「……後の先を取る戦法は情報通りだな。それでは俺の斬撃は受けきれない」

「お主が雫玖から何を聞いたのかは知らぬが、喋っていないで実力でわしを黙らせてみたらどうだ。そんなにわしのことが知りたければ何でも教えてやるぞ?」


 流派を持つことは強くなるための近道である。だが修羅狩りの水準まで強さを極めると、流派の型が足枷となる場合もある。決められた動きは読まれやすく、不測の事態への対応が遅れてしまうことがあるからだ。人間との戦いを想定したものが剣術の基本であり、妖怪などの異形には梃子摺てこずってしまうことも不利な点である。


 こういった理由があり、刃は特定の流派を持たない。

 父から扇流を教わったことがあるが、刃はすぐに断念している。扇流は大上段の構えを基本としており、小柄な刃には合わなかったからだ。


 あらゆる流派を取り入れて、刃が独自で編み出した自己流剣術。故に型なし――否、無数の型があるといっていいだろう。特筆すべきは凌ぎの技術だ。ありとあらゆる流派から防御の技法を取り入れており、敵の戦型に合わせて技を繰り出すのだ。これに洞察眼が加わり、どんな豪剣であろうとも彼女の前では無力と化す。


 だが戦いに時間を掛けてはいられない。こうしている間にも佐越で殺し屋は暴れており、士隆の安否も未だに確かではないのだから。


 命を大切にするが故に、殺し屋にさえ情けをかけてしまうという彼辺此辺あべこべ

 しかし修羅狩りには、引き金を引くことを躊躇ためらってはならない場面がある。


 今こそ殻を破り、己の弱さを断ち切る時だ。立ちはだかる者を早々に排除し、修羅狩りとして事を為さなければならない。


「危急を要する故、悪いが容赦はせぬ。わしには護らねばならぬ者がいるのだ」


 刃は威嚇のために殺意をぶつけたが、刀乃は依然として闘気を緩めない。


「黙れ小娘。その程度で俺の斬撃を凌げると思い上がるな。幾多の戦場を経験し、三十年間欠かさずに研ぎ続けた扇流の神髄しんずい。お前の知る戦いとは、次元の違う闘争を見せてやろう!」


 刀乃は死ぬまで戦いをやめないことだろう。幕府によって刻み込まれた使命が、呪いのように刀乃を縛り付けている。この魔物をしずめるには、死しか道はない。

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