表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
修羅狩り刃  作者: 辻 信二朗
第六章 交わらざる二つの正義

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

60/71

第五十九話 断罪

 竜虎相搏りゅうこそうはくの戦いは、思わぬところで決着した。


「おい、雫玖! どうして……どうして、刀を抜かなかったのだ!?」


 刃は雫玖の顔を覆う狐の仮面を引き剥がした。露わとなった雫玖の表情は満足したように安らかであり、目尻には清冽せいれつな涙が溢れている。


 雫玖は目に見えぬ闘志を犇々と漲らせ、いかにもな素振りで殺陣を演じていた。

 だが決着の瞬間、柄に手を掛ける雫玖の腕には力が込められていなかったのだ。


 雫玖が抜刀をする気がなかったことは明らかであり、つまりは自ら刃の手に掛かり殺されようとしていたということになるのだ。


「……私、まだ生きているの? 禍人の身体って頑丈なのね。それとも手加減してくれたのかしら? ……刃ちゃん、安心して。士隆さんは生きているわ」


 刃は懐から巾着を取り出し、急いで雫玖の応急処置を始めた。


「刃ちゃん……もういいの。殺してよ。あなたに殺されたいの」

「黙れ! 勝手なことを言うな!」


 雫玖の受けた傷は酸鼻さんびを極める。人体など両断されて然るべき斬撃を受けたのだ。白皙はくせきの肌は小刻みに震え、吹き出す血液が一向に止まらない。


「刃ちゃん……聞いて……」


 刃が手当てに傾注けいちゅうしている中、雫玖は虚ろな目で親友ともを見上げた。


「……私はあなたと同じ、禍人の忌み子。禍人である両親は修羅狩りに殺されたけれど、私は刀乃から提示された条件の下で粛清(しゅくせい)を免れた……。鬼神の力を持つ修羅之子を監視し、討伐に寄与することと引き換えに……」


 刃の顔をじっと見詰めながら、雫玖は今にも消え入りそうな声で胸襟きょうきんを開いた。


「己の自由を勝ち取るために……わしの情報を刀乃に流しておったと……?」

「ええ、そうよ。昔から悪い大人の相手をしてきたから、私は他人を欺く能力には長けていたわ。でも、刃ちゃんが相手では遣り甲斐がなかったわね。あなたは私を一切疑わなかった。それどころか、私の前で堂々と眠り込む始末。殺そうと思えば、正直いつでも殺せたわ。こんな純粋で屈託のない女の子を、大の大人が血眼になって殺そうと目論む様は可笑しかったわ……」


 雫玖は痛みに顔をしかめながら、堪え切れずに微笑をたたえている。


 莞爾かんじとして笑う雫玖を見て、刃は悔しそうに顔を背けた。他人に騙されるのはこれで何度目だろうか。雫玖を疑うなど、刃は一抹も考えたことがなかったのだ。


「私はどうしたいかがわからなくなっていた……。情報を流していたのは命が惜しかったからだけれど、私は刃ちゃんを殺したくなかった……。自身の命より、あなたは大切な存在になっていたから……」


 左手を差し出した雫玖は、刃の頬を掌でそっと覆った。


「こんなに可愛い女の子なのに……戦いになると手に負えないのだから不思議よね……。こんな世じゃなければ、私達はずっと友達でいられたのかな……」

「やかましい! もうお主には騙されぬ!」

「うっ……!」

「し、雫玖! しっかりしろ!」


 雫玖は傷の痛みを感じ、我慢できずにあえいだ。


「私はもう助からないわ。このまま放っておいてよ……」


 命を簡単に諦める雫玖に対して、刃は指で額を弾いた。


「痛っ……」

「……馬鹿者。わしが殺生を避けるために、どれだけの傷を治してきたと思っておる? 愚か者め、わしの前で死ねると思うな」


 刃は応急処置を済ませ、動けない雫玖の頬に口付けをした。雫玖の身体には包帯が巻かれ、血が完全に止まっている。なんとか致命線は回避できたようだ。


「……どうして助けるの? 私を許すというの?」

「何を言っておる? 許すも何も、わしは裏切られたなどとは思っておらぬ」

「え……?」


 刃は、いつもと変わらない笑顔を雫玖に向けている。謀反とも呼べる雫玖の行いを、刃は些事さじだと断じて笑い飛ばしていた。


「悪党どもを成敗した後、わしは士隆と共に日輪の再興を目指す。雫玖、お主の力が必要なのだ。目的を失ったというつもりなら、これからはわしのために生きろ。わしより先に逝くことは許さぬ。……弟子二号にしてやってもよいぞ?」


 刃の言葉に呆れ、雫玖は手の甲を額に当てている。手では隠し切れないその表情は、いつも刃の隣にいた雫玖そのものであった。


「また信じてくれるのね……。こんなにも、嘘にまみれた醜い女を……」

「……もうよい。これ以上、わしの親友を侮辱してくれるな。雫玖、お主はわしの心の支えだった。辛い時にいつも傍にいて、わしの心を癒してくれた。お主がいなければ、わしは挫けておったことだろう。わしをまた騙すつもりなら、次は墓場まで持っていけ。決して悟られるような失策ヘマをするな」

「刃ちゃんの甘さには敵わないわね……」


 身を預けてくる雫玖の身体を、刃はそっと抱き寄せる。

 もう放すまいと力を込め、刃は慈しむように雫玖の手をギュッと握った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ