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修羅狩り刃  作者: 辻 信二朗
第六章 交わらざる二つの正義

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第五十七話 発現

 大地は刀乃を圧倒していた。剣術の技量では僅かに勝る刀乃であるが、他に類をみない戦術を得意とする大地の攻撃を見切ることができない。


 斬撃が(かわ)されると、大地は必ずと言っていいほど続けざまに拳打や足刀を放っている。素手での戦闘を得意とする剣客は珍しくないが、ここまでの頻度で体術を実戦に組み込む例は大地の他にないだろう。


 雫玖に懐柔かいじゅうされるまで森で育った大地は、鍛え抜かれた肉体を武器にその身一つで戦場を生き抜いた経緯けいいがある。当時から大地の主な戦型は体術にあり、握られた刀剣は本命の身技みわざを敵方へ届けるための牽制けんせいに過ぎないのだ。


 万力まんりきの握力によって繰り出される拳撃の殺傷力は斬撃に勝るとも劣らず、鋼鉄こうてつの城門をも易々と貫く威力を誇る。もはや急所などを狙う必要がない。その拳を受けた者は例外なく、ぜるようにして臓腑ぞうふき散らせることとなるだろう。


「俺様が修羅狩りである以上、この戦いは俺様が勝つようにできてんだよ。さっさと筋書き通りに死んでくれ。俺様はてめぇに構っていられるほど暇じゃねぇんだ」

「ぬかせ、悪鬼め! これ以上の侮辱(ぶじょく)は許さん!」


 余裕の表情で暴れ狂う大地に対して、刀乃は気後れを隠しきれなかった。敗北は元より、苦戦を()いられた経験さえ持たない刀乃は目の前の脅威を受け入れることができない。


 縦横無尽に放たれる大地の怒涛(どとう)の連撃に、刀乃は守勢に回ることが精一杯であった。いくら回避を続けても、猛獣の如き大地の激しい攻勢は一向に衰える気配を見せない。もはや戦場は大地の独擅場(どくせんじょう)であり、あまりにも一方的な戦況が続いていた。


 それでも歴戦の猛者(もさ)である刀乃は大地の攻撃を()(くぐ)り、(わず)かな(すき)をみて幾度(いくど)か返し技を放っている。ところが、何度斬り付けられようとも大地は意にも(かい)さない。


 ――どれだけ肉体を鍛えようとも、刃物が皮膚に食い込めば人は死ぬ。これは身分や剣の技量を問わず、命ある者が抱える共通の摂理である。


 しかし、大地にそんな一般論は通じない。妖術によって高密度に硬化された彼女の肉体は、打撃や斬撃を一切通さないのだ。その硬度を測るに当たって比肩する物質はこの世に存在せず、自然石であれば容易に断ち切る刀乃でさえ大地の身体には傷を付けることができない。


 如何(いか)なる名刀も、彼女の前では棒切れと変わらない長物(ちょうぶつ)と化す。斬撃に宿る必殺の性質は失われ、剣の技術に()ける者ほど大地の動きに()まれてしまうのだ。一本の太刀でしか攻撃手段を持たない刀乃は攻め(あぐ)ね、斬撃が効かない以上はもはや為す術がない。


 攻撃を食らう前提(ぜんてい)で立ち回り、相手の動きなどお構いなしに急所を狙い続ける大地の姿はまさに野生の獣そのもの。剣術と体術を遺憾(いかん)なく組み合わせた迫撃(はくげき)だけでも厄介だが、あまつさえ人外の妖術をも操る大地の本領は全く底が知れない。


「何をやっても無駄だぜ! てめぇの攻撃なんざ、痛くも(かゆ)くもねぇんだよ!」


 そうして大地は隙を見て懐に入り込み、刀乃の腹を思い切り蹴飛ばした。

 吹き飛ばされる刀乃の巨躯は地表の摩擦まさつでは止まらず、背後にそびえる石垣の壁に叩きつけられる。


「弱ぇな。幕府の修羅狩りっていうのはこんなもんかよ。ちょっとは楽しめるかと期待して損したぜ。この程度の連中なら、何人いようが俺様の敵じゃねぇ」


 手に持つ小太刀の峰を肩に担ぎ、大地は(あざけ)るように刀乃を(あお)った。

 あれほど激しい動きを続けてきたにも拘わらず、大地は息一つ乱さず平然としている。大地は無尽蔵の体力を以て長期戦を得意としており、戦いが長引くほど相手は挽回し得ないドツボに()まっていくのだ。


 だが戦いを長引かせる気は毛頭なく、大地はすぐさま次の手を打っている。


 大地は枯山水(かれさんすい)微細(びさい)な粒子で刀乃の目を(くら)ませ、岩の突起を次々に隆起させた。転がる岩々を次々に支配し、それらを自在に操ることで戦闘を優位に進めている。

 岩を司る妖術の合わせ技は、暴れ狂う大地の戦型に絶大な相乗効果を発揮した。


 続いて刀乃が身を預ける石垣が波浪はろうのようにうねり、形状を変えていく。そして閉まる扉のように勢いよく、対象を圧し潰すべく石垣の壁が刀乃を襲い掛かる。


「俺様は刃と違って悪人には容赦しねぇ。さっさとくたばれ、クソ野郎!」

「くっ……!」


 刀乃は石垣の壁に挟まれる前に間一髪で回避していた。流石の身のこなしだが、あまりに残酷な技の性質に刀乃は息を乱している。自由自在に形を変えられる大地の妖術の中でも、先ほどの攻撃は避けなければ確実に命はなかった。


 閉じられた石垣の扉に隙間はなく、紙ですら通さないほどに密着している。その圧力を腕力で抑えることは不可能であり、刀乃が回避ではなく防御の選択をしていれば骨ごと粉々に砕かれていたことだろう。


「――うっ!」


 刀乃は胸を抱えて膝を突き、赤黒い血液と共に吐瀉物(としゃぶつ)を口から撒き散らせた。

 耐え難い痛みが身体中を駆け巡る。致命傷と成り得る攻撃は全て回避したつもりであった刀乃は、大きく()れ上がった自身の胸部を見て驚愕している。


 これは、斬り合いの最中(さなか)に放たれた大地の回し蹴りによる作用である。避けたはずの強烈な蹴りは肌を()でるだけに留まったが、それでも幾つかの内臓を損傷させられたようだ。


「強い……これが修羅之子、やはり生身では勝てないのか……。〝この力〟は黒斬刃との交戦まで温存しておきたかったが、やむを得ん……」


 刀乃は負傷した身体を支え、ゆっくりと立ち上がった。大地は相手に絶望を刻み込んだ気でいたが、意外にも刀乃の闘気は全く衰えを見せない。


「あ? てめぇ、刃に挑む気なのか? やめとけ。あいつは俺様より強ぇぞ」


 大地の返答に何一つとして応えることなく、刀乃は全身に力を込めた。

 すると身体から赤の妖気が立ち上り、刀乃は赫々(かくかく)たる炎に包まれていく。妖力の全てを抹消すると言っていたはずの刀乃だが、驚くべきことになんと自ら妖気をその身から発したのだ。


「妖術だと!? てめぇ、どうして……!?」

「これが妖力……禍神(まがかみ)の力か……。力が溢れてくるようだ……。こんな規格外の異能を以て、お前ら禍人(まがびと)は日輪にのさばっていたのだな」


 刀乃の太刀が高温を帯び、みるみる内に赤く染まっていく。あまりの熱量に背後の樹木へと延焼し、庭木は見事な炎の花を咲かせている。


 上がり続ける刀乃の妖気に嫌な予感が拭い切れず、大地は追撃を試みた。

 地中に埋まっていた巨大な岩を刀乃に向かって放り投げたが、彼が持つ燃え上がる太刀によって巨岩は豆腐のようにあっさりと断ち切られてしまった。


「おいおい……そんなのありか? 妖力を排することこそ幕府が定めた式目の真意じゃねぇの? 抹殺の対象である禍人と、てめぇは一体どう違うっていうんだ?」

「答える義理はないな。忌み子よ、抵抗はやめて手早く死んだらどうだ? お前が早々に死ねば佐越の民は救われるのだぞ? 日輪を再び統一するために、お前のような危険生物を野放しにするわけにはいかないのだ」


 刀乃は大地を黙殺し、更に妖力を上昇させていく。じりじりと地表を焦がし、勝利を確信するように燃え盛る太刀を高々に掲げている。


 刀乃が狂った信念を曲げるつもりがないことは明白である。しかし大地としても、佐越を護るために敗北するわけにはいかない。


 途轍もない熱量を誇る刀乃の妖気は厄介だが、大地は冷静だった。修羅狩りとして培ってきた多大なる戦闘経験により、大地の心は強固に繋ぎ留められている。


「幕府は何のために禍人を滅ぼすと決めたんだ? 人民を護るためだろう? 本質を見失い、人命を(ないがし)ろにするてめぇらに修羅狩りを名乗る資格はねぇ。それに、他者を人種で隔てて排除しようとするてめぇらに、和平を築けるとは到底思えねぇな。悪いが申し出は却下だ。俺様は大人しく迫害される気は毛頭ねぇぜ!」

「………………!」


 大地の反駁はんばくに少しの反応を見せ、刀乃は惑うように視線を散らせていた。だがすぐに目線を戻して向き直り、暴れ狂う炎を大地に向かって撃ち放つ。


「それでいい。話し合いでは何も解決しやしねぇ。勝った者が正義だ!」


 大地も負けじと妖力を解放し、ぜる炎の轟音を地鳴りで掻き消した。

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