第五十四話 決意
「…………!」
――遠くで叫ばれた悲鳴に逸早く反応したのは詩音だった。
焦げた臭いが鼻孔を刺激し、周囲では火の手が上がっていく。
大地がこうして捉えられている様を見て、領民に化けていた殺し屋が動き出したのだ。朱穂の殺し屋は本性を現し、手当たり次第に領民を斬り付けている。
しかし、修羅狩りである刀乃に動く様子はみられない。阿鼻叫喚の地獄絵図を気に掛けることなく、変わらずに刃達に視線が向けられている。
少女達は動揺を隠せなかった。まさか刀乃は、このような人民の危機を放置するつもりなのだろうかと。今すぐに対処しなければならないが、刃達は拘束されていて動けない。佐越の窮地を救うべく、まずは刀乃の真意を問い質した。
「父上の謀反、禍人の危険性、修羅狩りの大義――。お主の行動理論は理解した。刀乃、お主は間違ってはおらぬ。だが、わしら修羅之子を狩り、禍人を駆逐し、その後はどうする? 日輪はどうなる? 殺し屋が暴れ始めた現状、これがお主らの望んだ光景だというのか? わしら禍人を狩るのは、修羅之子の脅威から民を護るためではなかったのか?」
詩音と大地は、刃の追及を聞いて頷き合う。自分が考えていたことを刃が述べてくれたため、一同は刀乃を見据えて返答を待った。
「必要な犠牲だ。禍人の粛清が修羅狩りの第一目的。そのためならば手段を選ばない。俺は、修羅之子であるお前らを確実に殺せる時を待っていたのだ」
だがその返答は期待していたものではなく、あまりにも狂気じみていた。刀乃が見据えるのは刃の瞳に絞られており、現れた殺し屋に対して全く見向きもしない。
「必要な犠牲……だと……? てめぇ、正気か!?」
大地は激昂し、腕を縛る縄がミシミシと悲鳴を上げている。
殺意に呑まれかけた大地であったが、寸時で我に返った。隣で自身以上の怒気を感じ取ったからだ。
刃の殺気に、周囲の木々に留まる小鳥は急いで飛び去っていった。
「……やれやれ、目先の目的に執着するあまり、修羅狩りの本質を見失っておるのう。日輪の和平を求める大義は、わしらと同じかと思ったのだが……。これでは有象無象の殺し屋と何も変わらぬ。君主を失い、野に放たれた薄ら馬鹿どもめ。必要な犠牲など……あっていいはずがないだろう!」
「違う! 我々は――」
「――もうよい! 父上の行ったことに弁解の余地はない。だが、このままでは日輪に救いはない! わしは修羅狩りとしてお主の蛮行を止めさせてもらう。これ以上、罪のない領民の血を流させるわけにはいかぬ!」
刃は抗う決意をした。幕府の意向など知ったことではない。
あくまで佐越の修羅狩りとして、守るべき責務がある。日輪のため、故郷のため、契約者である士隆のため。刀乃の主張のままに殺されるわけにはいかない。
己に向けられた殺意から察するに、ここまで言っても刀乃の意志は揺るがないようだ。あくまで幕府の修羅狩りとして、刃達の始末を優先する気である。
「黒斬刃! 何と言われようと、その血に宿る忌まわしき妖力を滅するまで俺は死ねんのだ! 俺が統治者となり、この手で日輪を一つにする! 国家の再建に当たって、まずは修羅之子であるお前達を亡き者にしなければならない!」
刀乃は堂々と言い放ち、縛られて動けない刃に向かって太刀を振り下ろした。
「――――!」
しかし眼前に土壁が立ち上がり、刀乃の斬撃を弾き飛ばしている。
大地は刀乃の驚く表情を見て、してやったりと笑みを浮かべた。
「よくわからねぇが、先祖の禍神には感謝だぜ。地上は全て、俺様の領域だ」
――大地の妖術は岩。地殻を形作る鉱石を自在に操ることができる。砂礫や粘性土であろうと、操れる粒子の大きさに際限はない。
腕を縛られながらも、大地は反撃の機会を窺っていたのだ。
「よくやった、大地。相変わらず、規格外の妖術だのう!」
大地は爪を鋭利な岩に変化させ、自身を縛る縄をあっさりと引き裂いた。続けて刃と詩音の縄も同様に切り裂き、二人を解放することに成功する。
更に口を縛られている詩音は、急いで大地にその旨を手振りで伝えた。意図を理解した大地は詩音の眼前に太刀を振るい、口を縛る縄のみを斬り落とす。
「怖っ! 大地さん! 助かりましたけれど、もっと優しく解いてくださいよ!」
「チビッ子、ピーピーうるせぇ。助けられて文句を言うな。足を引っ張ったら見捨てていくぞ? 当てにはしてねぇが、ちょっとは力になってみろよ」
三人は解放され、それぞれ抜刀した。修羅狩り一同、任務開始である。
「抵抗するのか!? こちらには人質がいるのだぞ! 歯向かえば領主を殺す!」
人質を盾にする刀乃だが、大地は冷静だった。
「無駄だぜ。お前の目的は禍人の抹殺、そして日輪の和平だ。なら士隆を殺す道理はないだろう? つまらねぇ小細工はやめて、真っ向から俺様に抗ってみろよ」
挑発する大地に対して、刀乃は血相を変えて襲い掛かってきた。土壁を破壊しながら振るわれる豪剣には、途方もない憤激の意が込められている。
鎌を掛けたが当たりだったようだ。流石に領主を手に掛けるまではしないだろうと大地は読んでいた。百年以上も続いた幕府が、このような殺生を許すはずがない。幕府に忠実な刀乃だからこそ、その思考を読むことは容易かった。
「大地、少し時間を稼げ」
「わかった。任せろ」
大地は妖術を発動し、刀乃の足元を隆起させた。上昇する地盤に平衡を崩した刀乃は躓き、後方に大きく倒れ込んでいる。
その隙を見て、刃は詩音の肩を抱いてぐっと引き寄せた。
「し、師匠……!?」
「詩音、お主に頼みがある」
刃は耳打ちで詩音に腹案を伝えた。
刃の依頼を聞いた詩音はすぐさま踵を返し、急いでその場を後にした。




