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修羅狩り刃  作者: 辻 信二朗
第六章 交わらざる二つの正義

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第五十三話 追憶

    ◆


 ――刃は、当時八歳だった頃を回想していた。


 あれは昼下がりだっただろうか。夏めく日差しが燦々(さんさん)と照り付ける中、刃は兄の剣諒(けんりょう)に連れられて佐越の城下町を足早(あしばや)に歩いていた。

 これから兄は、父の盟友である佐越の領主――神代士隆を訪ねるという。


 兄の腕の中には、生後間もない弟がいた。剣斗は大きな手拭いに包まり、瞳を閉じて安らかな寝息を立てている。


 どういうわけか、兄は深刻な表情で刃を励まし続けていた。どうやら緊迫した状況であるようだが、刃は兄に対して両親の下を離れる理由を聞くことができなかった。疲労の溜まった足をなんとか稼働させながら、刃は黙って兄に追従していた。


 そうして城下町の通りに差し掛かった時、恐ろしいことが起こってしまった。何の前触れもなく、雑踏の一人が刃に向かって刃物を振り下ろしたのだ。

 突然の出来事に、刃の身体は硬直したまま動かない。街中で危害を加えられるなど一抹も想定していなかったため、走馬灯が過ることもなく迫りくる凶器を目で追っていた。


 死を覚悟するまで思考が追い付いていなかった刃だが、兄の剣諒によって一命を取り留める。兄は腰の小太刀を抜き放ち、刃を襲った斬撃を受け止めていた。


 兄は辻斬(つじぎ)りに相対しながら、刃に古刃(ふるみ)の脇差を握らせる。

 そのまま害敵に目を向けたまま、兄は二つのことを刃に告げた。『神代士隆に保護を嘆願(たんがん)すること』、それから、『姉として剣斗を護り抜くこと』――。

 そう言い残して、兄は刃を佐越城のほうへと突き飛ばした。


 これが――兄の最期だった。


 温和な兄が放つ切迫感に圧倒されながらも、刃は必死に現状の理解に努めていた。辻斬りの足止めをしている兄の背が、もう二度と刃のほうへ振り返ることはないだろうと悟っていたのかもしれない。自然と涙が溢れていたことを覚えている。


 刃は弟の剣斗が包まった手拭いを抱え、急いで佐越城の虎口(こぐち)に向かって走り出した。背後では兄の断末魔(だんまつま)の叫びが聞こえたが、刃は脇目も振らずに駆け抜ける。生まれたばかりの弟を護るために。そして、兄の覚悟を無駄にしないために。

 賑々(にぎにぎ)しい目抜(めぬ)き通りに、刃の悲痛な慟哭(どうこく)が響き渡っていた。


 そうしてなんとか番兵の目を掻い潜り、刃は見事に士隆の下へと辿り着く。刃は気持ちの整理がつかないまま、涙ながらに士隆の胸に飛び込んだ。


 劉円の傘下にある佐越で、指名手配されている子どもを隠すことは至難。隠匿(いんとく)を暴かれた場合、死罪となることは式目で定められている。


 それでも士隆は、刃と剣斗を迷うことなく保護した。二人を自身が運営する孤児院の一室で(かくま)うことで、追っ手の目を誤魔化(ごまか)そうと士隆は考えたのだ。


 そこには既に保護され、同じ境遇を持つ少女がいた。

 こうして刃は、(えにし)となる雫玖に出会ったのだ――。


    ◆

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