第五十二話 真相
「これまでお前達が為してきた和平への貢献は尊敬に値する。だが所詮、真似事の域を出ることはない。お前達は幕府に任命されたわけでなく、勝手に〝修羅狩り〟を名乗っていただけに過ぎないのだから。それだけであれば俺が手を下すつもりはなかったが、お前達が禍人である以上、生かしておくわけにはいかない」
「俺様が禍人……? 禍神の血を引くだと? 戯言を言うんじゃねぇ!」
刀乃の長広舌を何とか否定したかったが、大地には思い当たる節があった。己に宿る妖力の存在は無論のこと、幼い頃を思い返すと何者かに命を狙われていた経緯が確かにあったのだ。
見知らぬ大人が寄って集って襲い掛かり、大地が生まれたばかりの赤ん坊であったことに躊躇することなく刃物が振るわれた。穴に蹴落とされ、挙句の果てには爆薬を使ってまで大地を追い詰めた刺客の執念には、確固たる使命感のようなものがみられたことを思い出す。
身体中に刻まれた夥しい傷痕は、主に大地を付け狙っていた者どもによるものである。腹部や背中、更には足の裏から尻の割れ目まで全身に余すことなく痛ましい傷痕が残っており、当時に受けた攻撃の激しさを雄弁に物語っている。
大地は妖術で身体を硬質化させて赤子ながら追っ手を振り切っていたが、刀乃の話から当時を推し量ると刺客は修羅狩りの残党であった可能性が高いと言えよう。
「まさか……俺様の両親を殺したのは、幕府の修羅狩りだとでも言うつもりじゃねぇだろうな……?」
「…………」
大地の両親は暗殺されている。大地は殺し屋の手に掛けられたと思っていた。
しかし残念なことに、刀乃の沈黙は大地の問いに対する肯定を意味している。
「てめえぇぇぇぇ!!」
怒る大地は切歯扼腕し、口唇から血を垂れ流した。血走る眼光で睨み付けるが、刀乃は相手にせず沈黙を続けている。
大地の境遇は詩音にも重なっていた。詩音もまた、出生と同時に両親を亡くしている。両親の顔を詩音は見たことがなく、気が付けば殺し屋の施設に匿われていたのだ。推察するに両親は詩音を何とか逃がし、修羅狩りによる処刑を受けたのだろう。
修羅狩りの手で人生を破壊されていたことを知り、行き場のない悲哀が詩音の胸を抉った。口を縛る縄に歯を食い込ませるが、屈強な縄を噛み千切ることができない。詩音は声すら出せず、感情の赴くまま静かに涕泣した。
しかし刃は、そういった凶手に追われた記憶がない。孤児院に入るまでの八年間、刃は家族と共に平穏な日々を送っていたのだから。
刀乃はこの状況を正当化するために、刃達に対して事細かに説明を続けている。
修羅狩り、禍人、そして己の正体。刃が初めて耳にする自柄についての疑問を解消するには、今ここで刀乃に尋ねるしか手段はない。
「刀乃、わしが修羅之子であるなら、どうしてわしは生きておる? どうやって修羅狩りによる検査を免れた? わしの両親も修羅狩りが殺したというのか?」
刃の両親の消息は現在も不明である。
核心に迫る刃の質問に、刀乃は答えた。
「お前の父、黒斬剣衝は優秀な修羅狩りだった。しかし剣衝は、お前に妖力が発現したことを隠蔽した。黒斬一族が禍人であると判明してしまうと、式目により一族全員が抹殺されるからだ。禍人が子孫を残せば修羅之子となる可能性がある故、禍神の血族は絶たなければならない。剣衝は、まだ赤子のお前を殺せなかった……」
刃は顔を伏せ、亡き父を思い返していた。父からは妖術を使わぬよう強く教えられ、刃をできるだけ人目につかぬように取り計らっていたことを思い出す。
当時の記憶を辿ると、刀乃の口述が強ち嘘であるとは断言できなかった。
刀乃は続ける。
「その八年後だ。お前の弟、黒斬剣斗が生まれた。よってまた、修羅狩りによる赤子の検査が行われた。父の剣衝は任務に出ており、別の修羅狩りが赤子を調べ上げた。赤子からは妖力を確認できず、穏便に検査は終了するはずだった――。しかし、生まれたばかりの弟を調べる修羅狩りに不信感を持ったのか、その場に居合わせていたお前が妖術で修羅狩りを威圧した。おかげで黒斬家が禍人であることが発覚し、一族に連なる者は抹殺された。お前と弟、二人の子どもを除いて――」
刀乃の話は信じ難いものであった。
両親がどこかで生きていると信じていたが、己の失態によって既に殺されていたというのだ。両親の死を突き付けられ、刃は憮然としていた。
「わしの……せい……? わしが……家族を巻き添えに……」
父の剣衝は刃に対し、修羅狩りの職務を『護衛』であると教えていた。それは修羅狩りの本質を隠し、刃自身が禍人であることを悟らないようにするためだ。
修羅狩りの語源は『修羅之子を狩る者』であり、『修羅』とは殺し屋ではなく、皮肉にも刃自身を指すものであったのだ。
「幕府の修羅狩りが……わしの家族を殺したのか!? どうして……禍人は狩られねばならなかったのだ!」
声を荒らげる刃の質問に、刀乃は淀みなく答えた。
「危険因子を確実に排除せねばならぬ。妖力の危険性は歴史が証明している。分別のつかない子どもが持っていい力ではない。出奔したお前を探すため、修羅狩りは手筈を整えていた。だが……」
刀乃は後悔や未練を圧し潰すように、グッと拳を握っている。
「……だが、そんな時だった。幕府が滅ぼされたのは……。たった一人の禍人によって、劉円一族は皆殺しにされたのだ。幕府を失った修羅狩りは公的な機関ではなくなり、散り散りとなってしまった。その中には殺し屋に転向した者も出てきてしまっている。幕府を汚す裏切り者を処刑しつつ、俺と荒士は活動を続けた……」
刀乃の胸中にはあらゆる感情が去来し、震えながら息を乱している。今にもはち切れそうな怒りが漏れ出し、その睚眥は刃に向けられているようだった。
「劉円様を殺めた者の名を知る者は限られている。襲来した禍人との戦いによって、ほとんどが命を落としたからだ。……俺は……俺は絶対に許さない。神都幕府を倒幕に追い込み、日輪を闇に葬った張本人――」
その後に告げられた刀乃の返答に、一瞬だが刃の時が止まった。
「お前の父――黒斬剣衝だ」




