第五十一話 本質
妖力と呼ばれる異能を有する者は、五つの種族に分類される。
一、妖怪。古より日輪に生息する怪異、妖怪変化の総称。
二、半妖。妖怪と人間の混血。姿形は人間と変わらない場合が多い。
三、禍神。比倫を絶する力で世界を支配した、妖力の根源たる魔王。
四、禍人。禍神と人間の混血。邪淫による呪われし忌み子。
五、禍憑。禍神と契約を交わし、妖力を与えられた人間。
日輪の東部に聳える冥崖山脈の裏手に、月輪と呼ばれる広大な地が存在する。
戦国時代より遥か昔、日輪と月輪は元々一つであり、《陰陽》という名の大陸であった。陰陽はかつて妖怪に支配されており、人間は日陰者であったという。
妖怪が跳梁跋扈する陰陽に於いて、その中でも特に危険な妖怪を〝禍神〟と呼んでいた。王の如く陰陽に君臨し、古くから災厄として認知されてきた存在である。
禍神の力は常軌を逸しており、能動的に天災を起こすことができた。地震、落雷、竜巻、雪崩など、気紛れで天変地異を引き起こし、世界を恐怖のどん底に陥れていた。扱える力の規模がまるで異なり、人間などが敵うはずもなかった。
そんな化物が陰陽を席巻し、領地を巡って争っていた時代がある。禍神の群雄割拠に人間が入り込む余地はなく、人はいつ殺されるのかと怯えながら隠遁の如く詫び住まいを強いられていたという。
禍神の児戯により、人間と媾うことで生まれた子孫には妖力を宿すことがあった。禍人とは、禍神の血を引く人間を指している。
禍人が必ずしも妖力を持つとは限らない。しかしどれだけ禍神の血が薄くなろうとも、禍人から生まれた赤ん坊には妖力を宿す場合があった。
幾千もの刻を経て人間同士が交配を繰り返そうとも、片割れが禍人であれば禍神の血が完全に消え去ることはない。そうして知らず知らずの内に禍人となった人間が懐妊した時、低い確率を潜り抜けて赤子に妖力が発現してしまう場合がある。
その突然変異体を――《修羅之子》――と呼ぶ。
そういった言い伝えから、天下人――劉円は開幕当初から妖力の根絶に注力することとなる。妖怪を弾圧し、妖力に連なる者を一切合切排除した。
しかし戦国時代以降の日輪には、妖怪の存在はあれど禍神の現存は確認されていない。猛威を振るった禍神が一体どこへ消えたのか、真相は謎に包まれている。
これについては多くの考察がなされており、『既に天災地変によって絶滅した』、『人間との生存競争に敗れた』、『そもそも禍神など存在していない』などと諸説あるが、どれも具体的な確証がなく信憑性を欠いているといえるだろう。
識者によると現在では『禍神は月輪にのみ生息している』という説が有力とされているが、この説にも不可解な点がある。陰陽を二分する冥崖山脈はどのようにして形成されたのか、そして、どうやって強力な禍神を月輪に追い遣ったのか――。
月輪については劉円の時代に禁足地とされており、その名残から立ち入る者はいない。そもそも地上から山巓を拝めないほどの高度を誇る冥崖山脈を越えることが現実的ではないため、月輪の状況が解明されることはないだろう。現代人は月輪を開拓しておらず、未開の地への幻想が膨らみ続けているといっていい。殺し屋が蔓延り、迂闊に出歩けない世相であることも通説に拍車を掛けている。
半妖も妖力を持つ場合があるが、あまりに微力であるため捨て置かれていた。扱える妖力が戦闘で役に立つ水準でないため、脅威にはならないといった判断だ。
幕府が主に警戒していたのは禍人、つまり修羅之子である。姿形は人間だが、妖怪とは比較にならない妖力を有する異質な存在。修羅之子が幕府を転覆させる要因となると恐れられ、禍人は禍神が人に化けている姿だとも考えられていた。そのため赤子の内から禍人を処理しようと、徹底した体制が整えられていたのだ。
劉円が発行した式目には、次のように定められていた。
式目第五条――禍人の根絶。『出生を幕府に報告する義務を負う。修羅狩りの手により赤子を調査し、妖力が確認されれば一族全員が抹殺対象となる』
人間の力を結集して組織された修羅狩り。『修羅』――すなわち修羅之子。修羅狩りは治安維持のために奔走するが、主たる目的は修羅之子の排除であった。
禍人を――この世から一人残らず抹消するために。




