第五十話 釈明
腕を縄で拘束されたまま、刃達三名は木の幹に縛り付けられていた。
これは金属の繊維が混じる特殊な縄で、屈強な下手人に対して使われるものである。力任せに引き千切られる代物ではなく、捕縛されて逃げられた者は未だかつて存在しない。詩音は音の妖術を使用するため、加えて口を縄で縛られている。
刃は沈黙を続ける雫玖に対して、この大逆の意義を問い質した。
「せめて最期に話を聞かせろ。雫玖、これも修羅狩りの仕事――とはどういうことだ? わしらを殺すことと士隆の護衛を解いたこと、修羅狩りとはあまりにも真逆で、殺し屋の所業としか思えんがのう。この職務放棄をどう説明するのだ?」
「…………」
雫玖は顔を伏せて答えない。そこに刀乃が遮って前へ出た。
「……いい、俺から説明をする。死にゆくお前達には意味のないことかもしれないが、俺達を殺し屋だと思ってもらっては困る。まずは認識を改めてもらおう。お前達は大きな思い違いをしている。修羅狩りのことを何一つわかっていない」
刀乃の台詞は大地の逆鱗に触れ、縛る縄がギリギリと軋みを上げていた。
大地は犬歯を剥き出しにし、力尽くで縄を解こうと躍起になっている。
「何だと? てめぇ……誰が修羅狩りをわかってねぇって? 俺様は五年間、この地を護ってきたんだぜ? つまらねぇことを言いやがって……。ぶち殺すぞ!」
「大地、黙れ。とりあえず聞くぞ。……では刀乃よ、修羅狩りについて教えてもらおうか。わしらの思い違いとは、一体何のことであるのかを……」
逆上する大地を箝口させ、刃は刀乃に話を進めるよう促した。
刀乃は殺し屋に寝返ったのではなく、あくまでこれは修羅狩りとしての行動であると言う。詩音と大地の過去が要因でないというのなら、刃は刀乃の行動理論を把握しなければならない。でなければ易々と殺されるわけにはいかない。
刀乃は大地を忽略し、淡々と言葉を続けた。
「要人を護衛し、領地を脅かす者を排除する――お前達の行いは、日輪にとって重要なことだ。だがこれは後から加わった業務であり、修羅狩り本来の使命は他にある。修羅狩りとは、《禍人》を抹殺するために作られた神都幕府の特務機関だ。天下人であった劉円様は代々、禍人の排除に注力していた。倒幕以降、この役職は失われてしまったがな……」
刀乃は苦虫を噛み潰したように慄然としている。彼は幕府が健在であった頃から、これまで修羅狩りとして務めてあげてきたのだ。主君を失うことの絶望を刃は何度も経験しており、刀乃が震える感情にも共感ができる。
「禍人……?」
だが刃は、彼の説明をよく理解できなかった。現代に於ける修羅狩りの本質は、幕府の頃とは異なっていると刀乃は言う。
刃は聞き慣れない言葉に眉を顰め、次なる刀乃の解説を待った。
「一つ問う。お前達は人ならざる力――妖力をどうやって手に入れた? どうやって発動している?」
刀乃は、縛られた少女達に質問をした。
「「「…………」」」
少女達は刀乃の問いに即答できず、数秒の間が空いた。己に宿る妖力について、少女達は何も知らなかったのだ。なぜ自分が妖力を持って生まれてきたのかを。
刃が縛られた手に力を込めると、黒の妖気が身体に渦を巻いていく。
「……どうして妖術が使えるのかはわからぬ。この力は生まれ持ってのものだ」
刃の回答に、詩音と大地も同感である。念じれば使える便利な力、その程度の認識であった。
「全てを無に帰す黒の妖力。それは《禍神》の頂点に君臨する――《阿修羅》と呼ばれる鬼神の力だ。禍人であるが故に、お前に宿った忌むべき力なのだ」
「禍神……? 阿修羅だと……?」
刀乃の言っていることが何一つとして理解できず、少女達は知らない単語を繰り返すことしかできなかった。何を聞かされているのか、どうしてこのような状況にあるのか。密事が度重なって明るみとなり、事態の理解が一向に追い付かない。
言葉を並べる毎に刀乃は語気を強め、怒りや恨みといった負の感情が全身から滲み出ている。少しの間を置き、呼吸を荒らげながら刀乃は言葉を続けた。
「殺し屋の中にも妖力を持つ者を多数確認したが、全ては《禍憑》、または《半妖》だった。日輪中を渉猟した結果、修羅狩りが滅尽を目的としてきた悪鬼――禍人は数名に絞られた。何があろうとも禍人を生かしておくわけにはいかない。それが劉円様の悲願であり、修羅狩りとして為すべき使命だからだ!」
「一体……お主は何を言っておるのだ……?」
刃達を睥睨する刀乃の鋭い眼には、一切迷いのない殺意が込められている。刃が殺し屋に対峙する時と同じく、己が正義であると確信を持った瞳だ。
そして――刀乃から衝撃の事実が告げられる。
「黒斬刃、神楽詩音、磐座大地。お前達は人間ではない。修羅狩りの第一目標である妖怪の王――禍神に連なる血族なのだ」




