第四十七話 会食
刃と大地の諍いが落ち着いたところで、食事にしようと士隆が提案した。
しばらく何も食べていなかった一同の中に異を唱える者はおらず、全員が意気揚々と食堂へ足を運んでいく。相変わらず食べる量が多い修羅狩り一行に対し、それを見越して大量の料理が運ばれてきた。
「大ちゃん、行儀が悪いわよ。箸を正しく持ちなさい」
「うるせぇよ、お嬢。飯なんて口に入れば同じじゃねぇか……」
「何か言ったかしら?」
「……何でもねぇよ」
大地は食べ方が汚く、あまりの不作法に雫玖は呆れて溜息を吐いていた。
「大ちゃん、せめて口を閉じて噛んだらどう?」
「……はいはい」
「雫玖、いつものことだ。僕も慣れてしまったよ」
士隆は大地の行状を気にしていないようだ。五年間もこの調子で食事をしてきたのかと思うと、雫玖は幼馴染として汗顔の至りであった。
「流石は佐越。故郷の味だのう!」
刃は料理が気に入ったようで、留まることなく口に運んでいく。
「刃、キャベツとレタスの区別はつくようになったのかよ」
「やかましい。似たようなものを、わざわざ区別する意味がわからぬ」
「全然似ていないだろうが……」
何かと口論を始める二人を見て、詩音には笑みが零れていた。
「お二人は仲が良いのですね」
「どこがだ……詩音、こ奴には気を付けろ。絡むと面倒だ」
「わ、わかりました……」
気付くと大地が詩音をジロジロと睨め付けている。
大地は喧嘩の標的を、刃から詩音に変えたようだ。
「んー? というか、こんなガキが修羅狩りなんてやっていやがんのか? お前に務まるのかよ。向いてなさそうだから辞めたほうがいいぜ」
詩音を威圧する大地に対し、うんざりしたように刃が間に入った。
「……また始まったか。お主もガキだろうが。詩音は強い。わしのお墨付きだ」
刃の助け舟に耳を貸さず、大地は詩音に詰問を続ける。
「お前、元殺し屋なんだってなぁ? お前が今も殺し屋ではないことを俺様はどうやって信じればいい? 腹の中では、いつ裏切るかを企んでいるんだろう?」
居丈高に罵る大地から、詩音は疑いの目を向けられている。
だが修羅狩りであることは刃に認められており、詩音の疑いは晴れたのだ。他人に往事を掘り返されることが意に染まず、詩音には苛立ちが募っていた。
「大地さん、好き勝手を言わないでください! わたしは殺し屋から足を洗いました! 師匠に憧れて修羅狩りになったのですから!」
詩音が言い返したことにより、大地は鬼の首を取ったかのように口角を吊り上げた。挑発するように詩音を睨み、ニタニタと笑みを浮かべている。
「鎌を掛けたが当たりだったか。お前からは血の匂いがしたんだよな。おいチビッ子、出ていけよ。殺し屋に食わせる飯はねぇ」
詩音を虐める大地に呆れ、刃が痺れを切らせて口を挟んだ。
「……詩音、こ奴の相手をするな。偉そうなことを言っておるが、大地も元殺し屋だ。雫玖に半殺しにされて無理矢理に更生させられた奴だからのう。お主と同じ穴の狢なのだ。真面目に話を聞くだけ無駄だぞ」
大地は過去を曝されて、口に含んでいたお茶を吹き出していた。
「ば、馬鹿! 刃、それを言うんじゃねぇよ!」
「なるほど。雫玖先輩を『お嬢』と呼ぶのはそういう理由ですか……」
大地の横柄な態度は目に余り、とうとう坐視していた士隆からお叱りを受けた。
「大地、詩音を揶揄うことはやめなさい。せっかく佐越の危機に駆け付けてくれたのだ。修羅狩り同士、いがみ合うことはないだろう?」
「へーい」
「よろしい」
倨傲な大地も、領主である士隆には従っているようだ。大地の場合は、相手が領主というより親代わりだということが大きいのかもしれない。
士隆は隣に座る大地に対し、猫を触るように優しく撫でている。
「…………」
強暴な大地が大人しく撫でられる姿を詩音は不思議そうに凝視していた。
大地の性格を考えれば、怒り狂って手を払い除けても不思議ではない。だが大地は士隆に髪を弄られることに対して、気にも留めず食事を続けている。
大地の背丈は刃や雫玖とそう変わらない。それに口調は悪いが意外と声が澄んでいる。もし男であれば、声変わりをしていてもおかしくはない年齢である。
「何だよ、チビッ子。見るなよ」
「あれ……? もしかして、大地さんは女の子ですか……?」
「…………は?」
詩音の言葉を聞いて、大地は箸をピタリと止めた。機嫌が悪そうに頭をポリポリと掻いている。呆れているようにも、怒っているようにも見える。
詩音は異常聴覚を以てしても、大地の胸中を推し量ることができなかった。
「……見りゃわかるだろ。まさか俺様が男だと思っていたのか? どうみても女だろう。見る目がねぇぜ、チビッ子」
「そうだったのですか……。男の子だと思っていました……」
「うっ……」
詩音の悪気のない返答は、大地の急所に突き刺さったようだ。あまり納得のいかない様子の詩音を見て、大地は悲しそうに俯いている。
すると大地は何かを決意したように立ち上がり、詩音の手首をグイと掴んだ。何をするのかと思いきや、掴んだ詩音の手を自身の胸元にグリグリと押し付けた。
「ほら、いい加減わかるだろう? 俺様は女だ。ほら!」
「…………」
「……ほら!」
「ごめんなさい……触ってもわからないです……」
「……そ、そうか」
顔を歪ませる大地は、曇った表情のまま着席した。あれだけ騒がしかった大地だが、それからは黙々と食事を続けている。
「大地……お主、よくその胸の大きさで証明しようと思うたな……」
「……うるせぇよ。お前も大概じゃねぇかよ」
「ほう、やるのか? 絶壁少女」
「よぉし、俺様に喧嘩を売ったな? やろうぜ。今は暴れたい気分だ」
「食事中ぐらい、静かにしなさい!」
再び掴み合いの喧嘩を始める二人を雫玖の鉄拳が沈めた。
◇
食事を終えた一同は、数名の麾下の下で正式に契約を締結した。
「刃、雫玖、そして詩音。三名を佐越の修羅狩りとして雇い入れる。遊軍として、自由に動いてくれて構わない。佐越に潜む影の調査をお願いする」
「うむ、任された」
「お任せください!」
詩音は仕事を任されたことを喜び、拳を握って飛び跳ねた。やっと修羅狩りとしての活動ができる。ようやく役に立てると思うと、向上心が絶頂を迎えていた。
「何だか楽しそうだな。俺様もそっちがいい」
「じゃあ変わってあげるわよ。私が士隆さんに付くわ」
羨ましそうにこちらを眺める大地を見て、雫玖があっさりと提案を受けた。
「いいのかよ、お嬢」
「いいわよ。ずっと士隆さんに付いていた大ちゃんには、外から佐越を見てもらったほうがいいと思うの」
「やったぜ! 士隆に付きっきりで飽いていたところだ!」
領主の許諾も得ずに好き勝手を言う大地に対して、刃は呆れて嘆息した。
「勝手な……。遊びではないのだぞ。士隆、それでよいのか?」
「僕は構わないよ。雫玖、よろしく」
「ええ、任せて。修羅狩り――水姫雫玖の名に懸けて、領主の護衛を務めるわ」
雫玖が領主に付いたことで、詩音は刃と大地の両名と行動を共にすることとなる。食事中に発生した大地との小競り合いを踏まえて不安が募る詩音だったが、それ以上に殺し屋の調査が待ち遠しかった。孤児院で子ども達と触れ合ったことにより、詩音はより一層に佐越を護りたい気持ちが強くなっていた。




