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修羅狩り刃  作者: 辻 信二朗
第四章 悪鬼の巣窟

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第四十一話 交錯

 情報を共有すべく、一行は四阿しあに腰を掛けていた。いつの時代に作られたのか支柱の木が腐っており、こうも朽ち果てた屋根では雨風を凌げそうにない。


 刀乃と荒士は一国に留まることなく、あえて野良の修羅狩りとして活動しているらしい。日輪に蔓延する殺意を駆逐すれば平和が訪れると信じて、殺し屋を狩るために世界を回っているそうだ。彼らの存在によって、殺し屋を営むことの危険性を世に知らしめることとなるだろう。


 修羅狩りは各地で知見を広め、乱世の趨勢(すうせい)を占っている。一同に会した五名の修羅狩りは、各国の状況について知る限りの情報を公開した。


 小国ながら清貧な暮らしで存続している国、殺し屋を雇って異国の侵攻を目論(もくろ)む国、そして、既に殺し屋の手に掛かり滅亡した国――。

 国の在り方は百人百様に乱れ、王政や奴隷制が敷かれている国もあるようだ。規範のない日輪に於いて、何が正しいのかを決めるのは各国の領主であるのだから。


 各地は多種多様な情勢にあるが、共通していることがある。それは、他国と協力をしようと考える領主は誰一人としていなかったということだ。

 誰もが自国で手一杯なのだ。自国の平穏を優先し、日輪全体へ目を向ける余裕がないことは至極当然なことなのかもしれない。


 天下泰平の実現は雲を掴むが如く、まさに千荊万棘せんけいばんきょくの道であるといえよう。各人の情報に明るい知らせはなく、空気は重くなるばかりであった。


「刀乃、荒士、聞け。朱穂の長はお主らが討った。だが問題はここからなのだ」


 刃には朱穂のことで、新手の二人に共有しておきたいことがあった。

 有力な殺し屋以上に、厄介な存在と成り得る者どもがいることを――。


「……どういうことだ?」


 刃の問題提起に、刀乃は怪訝な顔で尋ねる。


「朱穂の殺し屋は既に津々浦々に潜入しておる。百姓に紛れ、家臣に紛れ、内部から勢力を滅ぼすべく各地で動いておるのだ」

「何だって!? そんなことが有り得るのか……!?」


 刀乃と荒士は事の重大さを受け止め、閉口している。


 刃も雫玖も詩音も、弑逆しいぎゃくを狙う殺し屋には手を焼かされてきた。

 実力行使で解決する問題ではなく、奴らには修羅狩りの精髄が通じない。


「各地に知らせても効果は得られないでしょうね。国中が疑心暗鬼になれば国勢の存続は不可能でしょう。領民との見分けがつかないもの。本当に厄介よ……」


 雫玖は目を伏せ、過去の名状し難い惨状に思いを馳せた。


「わしや雫玖が契約した地は、契約が終わると次の日には火の海だ。長がいなくなっても奴らは動きを止めない……。重々気を付けてくれ」

「忠告、感謝する。にわかには信じ難いが、情報の有無で立ち回りも変わってくる。今後の活動の遣り方を考えさせられるな……」


 はやる気持ちに突き動かされたのか、刀乃と荒士は立ち上がった。彼らも多忙な修羅狩りなのだ。恐らくは既に次の依頼が届いていることだろう。


「そろそろ俺達は行くよ。刃君、雫玖君、詩音君、武運を祈る!」

「お主らも壮健でのう。わしら修羅狩りは日輪の希望だ。無駄死にするなよ」


 最後に握手をして別れ、刀乃と荒士は殺し屋の犇めく集落のほうへ走り去った。


 ところが刀乃と荒士の二人を見送って数秒後、刃はあることを思い出していた。紅蓮の配下である殺し屋が、集落には(いま)だ一国の規模で生き残っていることを。


「ちょ、ちょっと待て! 刀乃! そっちにはまだ――!」


 殺し屋といえども、その中には子どもや赤ん坊も混じっているのだ。少し話しただけでわかったが、刀乃の性格なら皆殺しにし兼ねない。


 刃は急いで刀乃に追い付き、集落の惨状を見て絶句した。


 割れた能面が無残にも散乱している。集落に残っていた殺し屋は一人残らず殺された後だったのだ。老若男女問わず四肢を刻まれ、凄惨な有様であった。


 言葉を失くす刃に対して、刀乃の手がそっと肩を撫でる。


「……刃君、どうした? こいつらは俺達が始末しておいた。もう大丈夫だ」

「お主らが全員殺したのか……? どうして……?」


 刃の問いを聞き、刀乃は首を傾げた。


「どうして……だって? 質問の意味がわからない。それが修羅狩りの職務だからだ。違うかい?」


 刀乃は曇りのない眼で刃を見据えている。殺し屋を擁護するつもりはないが、こうして皆殺しにすることは間違っていると刃の本能が叫んでいた。


「こ奴らは……この世相の犠牲者でもある。殺すだけでは何も変わらない……。先んじて世の仕組みを変えねばならぬ……。中には更生できる者も――」

「――更生だと? 何を言っている?」


 刃から零れた苦し紛れの物言いは、刀乃の逆鱗に触れたようだった。


 刀乃の恵まれた体躯からは、自然と殺意が漏れ出している。

 爽やかな印象だった刀乃は血相を変え、怒気を剝き出しにして刃に詰め寄った。


「刃君、君は世の仕組みを変えると言ったな? それはいつになったら成し得ることだ? 悠長に構えている間に殺される命を、俺に黙って見過ごせと言うのか? 姿形に惑わされてはいけない。殺し屋は全て諸悪の根源たる化物だ。更生する者などいやしない。それに、殺し屋はどこまでいっても殺し屋なんだ。犠牲者の無念の置場はどうする? 改悛かいしゅんしたから許せとでも言うつもりか?」

「そ、それは……」


 刀乃の激しい弁駁べんばくに、刃は言葉を詰まらせた。

 刀乃の主張に反論の余地はなく、刃は返す言葉が見付からない。刀乃の眼は殺し屋に対する憤怒に満ちており、圧倒された刃は無意識に口を噤んでいた。


 背後で詩音が刃の手をギュッと握っている。縋るように力なく、詩音の手の温もりが刃の掌に伝わっていく。詩音の胸懐きょうかいを察し、刃は優しく手を握り返した。

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