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修羅狩り刃  作者: 辻 信二朗
第四章 悪鬼の巣窟

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第三十八話 対立

「詩音、お主に助けられたな。見事な腕前だ」

「詩音ちゃん、本当に強くなったわね」

「えへへ、役に立てて嬉しい。早く二人に追い付きたいです!」


 雫玖が詩音を優しく撫でている隣で、刃は炎上する四重塔に目を向けている。


 刃の予見通り、屋根材の瓦礫(がれき)を押し退()けて立ち上がる人影があった。

 煌々と輝く炎の中、構うことなく紅蓮はメラメラと身体を燃やしている。顔を覆っていた能面は割れ落ち、風格のある面構えが露わとなっている。

 この男も僭称(せんしょう)している可能性を疑惧(ぎぐ)していたが、実力を見れば疑いようもない。


「生きておったか……」


 紅蓮の他に立ち上がる者はいなかった。

 援軍として現れた殺し屋は皆、炎の海に沈んだようだ。


 紅蓮は悔やむように崩壊した四重塔を一瞥(いちべつ)し、ゆっくりと口を開いた。


「修羅狩りども……俺の影武者から聞いただろう? もう何もかも遅い。殺し屋は血液のように日輪を覆い尽くしている。君達はどうして抗う? それだけの力を持ちながら、なぜ他者を支配しない? 理解に苦しむ……一体、何のために……?」


 ()()るような声で発せられた紅蓮の疑義に、刃は(かぶり)を振った。


「影武者と似たようなことを言いおって……。目的なく他者を手に掛けるようなお主にはわからんだろうよ。増え続ける戦災孤児、肉親を失うことの苦しみ、力なき者がどれだけ貧しく暮らしておるのかを……。これから生まれてくる子ども達が笑って過ごせるように……わしはこの地獄を変えるために戦っておるのだ」


 刃の言葉を聞いた雫玖と詩音は同調し、互いに目を合わせて(うなず)いた。

 その台詞は一同の気持ちを代弁したものであったが、返ってきた紅蓮の反応は冷淡(れいたん)なものであった。

 刃の理屈に多少の理解を示しつつも、紅蓮は再び疑問を投げ掛ける。


「貴様ら修羅狩りが持つ個々の能力は認めよう。なんと恐ろしい力か。念のために衝突を避けてきたが、その判断が正しかったことを思い知らされた。……だが解せぬ。修羅狩りともあろう天下無双の(つわもの)が、たった一国の存続に寄与(きよ)して何になる? まさかそれで乱世が終わるとでも思っているのか?」

「そ、それは……」


 紅蓮の疑問はもっともであった。修羅狩りがどれほど強くとも、無事が約束されるのは契約者ただ一人。抑止力による影響を考慮しても、安全を保障できるのは一国までなのだ。あまつさえ契約期間を終えた国が辿る末路は悲惨なものである。


 刃自身にも思うところがあった。このまま活動を続けても泰平の世が訪れるようには思えない。修羅狩りの根幹を揺るがす核心を突かれた刃は、すぐには言葉を返せなかった。


 返答に迷う刃に落胆しながらも、紅蓮は追い打ちをかけるように言葉を続ける。


「修羅狩りが幕府の頃の規模を取り戻せば、天下泰平など一朝一夕で片が付くだろう。……だが、残念ながら現状では不可能だと断言しよう。実際のところ、どれだけの修羅狩りが日輪に現存しているかをお前は知っているのか?」

「…………!」


 刃には同胞の存在について知る術を持たないが、多くの国に侵入してきた紅蓮であればその答えを知っていることだろう。刃、雫玖、詩音――他にどれだけの修羅狩りが日輪に存在しているのかを――。


 返答を待つ刃に対し、紅蓮は勿体(もったい)ぶることなく答えた。


「俺は七十を超える国々を見てきたが、修羅狩りは片手で足りるほどしかいなかった。貴様らの使命など、所詮は()の中の自己満足。全て無駄な努力だ。個人の強さなど、全体で見れば大した影響力を持たない。修羅狩り契約国を除いて、日輪に現存する国家は全て殺し屋の(かて)として生かされているに過ぎないのだから」

「な、なんだと……?」

「その気になれば日輪全土を焼き払うことなど造作もない。力のある者が世を支配する――それは、かつての戦国時代と同じ摂理だ。それに、どれだけ苦しい環境であろうと人はいつしか慣れる。そうして続いてきたこの時代。異物は貴様らだ、修羅狩り」


 紅蓮の発言が事実であれば、日輪は既に手遅れに近い領域にまで達していると言えるだろう。だが殺し屋連中があと一歩日輪を支配しきれないのは、紛れもなく修羅狩りが最後の(とりで)として存在しているからである。

 たとえ小さな一歩だとしても、修羅狩りが全てを諦めていいはずがない。


 このまま紅蓮の主張を認めるわけにはいかない刃は、消沈してしまっていた気勢を(よみがえ)らせて言葉を返した。


「紅蓮、いい加減に目を覚ませ! 戦国時代などという過去に(すが)るな! あるのは未来だけなのだ! 戦いで生を得る時代は、疾うの昔に終わったのだ!」

「殺し屋は必要悪だ。殺し屋が武力を補填(ほてん)しなければ存続できない国も存在する。侵攻と国防を兼ねた殺し屋がいれば、護ることしかできない修羅狩りは無用だ」

「何を馬鹿なことを……! 殺し屋が国防だと? ふざけるな! 領民に紛れ込み、内部から各国を破壊してきたのはお主らであろう!」

淘汰(とうた)だ。殺し屋を雇う金もない貧乏な国は滅ぼされて当然だと思わないか?」


 互いの考えは平行線を辿り、話し合いで解決できる(きざ)しはなかった。だからといって異なる考えを受け入れることはできない。これは価値観の違いで済む問題ではなく、他人の生命や財産を侵害する行為はどうあっても認めてはならない。


 影武者以上にべらべらと言葉を並べる紅蓮に苛立(いらだ)つ刃だったが、無駄な論争に付き合う気はなかった。ここで切り口を変えて紅蓮に質問を投げ掛ける。


「では聞くが、どうしてお主はまんまと姿を現した? どうして逃げなかった? どうして危険を(おか)してまでわしと戦ったのだ?」

「…………」


 紅蓮の表情が変わった。声にならない吐息を漏らせ、グッと歯を食い縛らせている。淀みなく繰り出された弁駁(べんばく)応酬(おうしゅう)()み、声を詰まらせている。


「それはお主がこの朱穂の地を……それから朱穂に住まう民のことを大切に思っておるからであろう。違うか?」

「…………!」


 紅蓮の瞳孔(どうこう)が開いた。その反応を見る限り、刃の憶測(おくそく)が正しかった可能性が高い。刃は、燃え上がる四重塔を眺める紅蓮の表情に引っ掛かりを感じていたのだ。


「三人もの修羅狩りに立ち向かうとは立派な頭領だのう。故郷や身内を想う気持ちがあるのなら、どうしてお主は他人を思い遣れない? 国土に火を放ち、人民を焼き尽くすような真似がどうしてできるのだ?」

「黙れ! 他人に目を向けて何になる!? 日輪はもう……」 


 珍しく取り乱す紅蓮だったが、言葉を止めて胸に手を当てた。

 息を整えて落ち着きを取り戻し、言葉を続ける。

 

「……とんだ勘違いだな。俺はただ、殺しが好きなだけだ。幕府が堕ちてくれて本当によかった。式目なき今、誰にも(とが)められることなく存分に殺しができるからなぁ」

「お主……」


 紅蓮は猟奇的(りょうきてき)な眼で刃を(にら)み付けた。先ほどの動揺は何であったのかは不明だが、もう問答を交わすつもりはないことを(みなぎ)る殺意が雄弁(ゆうべん)に物語っている。

 紅蓮にとって刃達は根城に攻め入った侵入者であり、多くの領民を(あや)めた張本人なのだ。もう何を言っても通じない。これからは決死の覚悟で斬り掛かってくることだろう。


 仕方なく刃は紅蓮の考えを真っ向から否定し、修羅狩りの信念を押し付けることにした。紅蓮は完全に殺し屋の思想に染まっており、もう言葉で調伏(ちょうぶく)することは不可能だと判断せざるを得ない。

 

 刃の溜息と共に、身体から黒の妖気が立ち上がる。刃が脇差を横薙ぎに振るうと、揺蕩(たゆた)う黒の妖気が辺りの残火を消し飛ばした。


「紅蓮、聞け。神都幕府が健在であった頃、劉円家が発令した式目により泰平の世は訪れた。しかし何者かの手によって倒幕し、式目の存在は無に()した……」

「……昔話か? 何が言いたい?」

「式目が効力を失った現在、他人を裁ける者はこの世におらぬ。だが、このまま殺し屋に殺戮を続けられては困るのだ。わしは修羅狩りの大義の名の下で、お主らの蛮行を止めさせてもらう」


 刃は脇差の切っ先を紅蓮に向け、己の意志を明確な殺意を以て示した。もはや刃の心に慈悲はなく、対象を仕留めることにのみ神経が注がれている。


「修羅狩りの大義……か。過去に縛られているのは、君も同じではないのか? 飼い主を失った畜生(ちくしょう)ども……。幕府は疾うに滅びたのだ」

「これはわしの独り善がりだ。納得せずともよい。合意なぞを求めてはおらぬ」

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