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修羅狩り刃  作者: 辻 信二朗
第四章 悪鬼の巣窟

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第三十七話 崩落

 紅蓮によって放たれた炎弾がうなりを上げ、四方八方から刃に向けて襲い掛かる。


 だが妖力の通う術など、刃にとっては牽制にしかならない。刃の斬撃は黒の妖気を纏い、襲い来る炎を切り裂きつつ対象へ攻撃を届かせることができるからだ。


 しかしながら刃の妖術も、紅蓮によって対策されているようだった。炎を斬った先に紅蓮の姿はなく、気が付けば他方から出現して攻撃を繰り出してくる。炎を搔き消されることを前提に立ち回る、その狡猾こうかつさには驚かされるばかりだ。


 上空に殺気を感じて飛び退ると、紅蓮の上段斬りが刃の頬を掠めて床に叩き付けられた。炎によって加速した斬撃には猛烈な風切り音が伴っており、繰り出される連撃の速さが相俟って旋風の暴威に曝されている感覚に襲われる。


 そうして戦いが膠着こうちゃくしたことで、互いが一時的に攻撃を止めて向き合った。


「……したたかな奴だ。ここまでわしと斬り合える者はなかなかおらぬ」


 刃はそっと頬の傷に触れ、手に付着した血液に舌を這わせる。


「……同じことを考えていた。ここまで俺と殺し合いができる者はいなかった。君の小さな身体のどこにそんな力があるのか、興味が絶えない」


 お互いに一言の賛辞を呈し、刃と紅蓮は再び斬り合いを始めた。


 紅蓮は灯火ともしびのようにゆらゆらと揺らめき、刃の斬撃を巧妙こうみょうなしている。

 動きに捉えどころがなく、見失った時には正確に急所を狙われているのだ。食らえば致命傷など生易しいものでは済まず、判断を誤れば即座に黄泉よみ送りである。


 刃と紅蓮は鍔を押し合い、至近距離で睨み合った。


「これまで行ってきたお主の所業を許すことはできぬ。だが、やり直すなら今しかない。修羅狩りになれ、紅蓮。わしが導いてやる。日輪の再興に手を貸せ!」

「とうとうおかしくなったか? 殺し屋を誘うなど考えられんな。俺がどれだけの命を絶ってきたかを聞かせてやろうか?」

「前科など知ったことではない。もう形振り構っていられる状況ではないのだ!」

おごるな、小娘。何も知らねぇガキは気楽で楽しそうだな。いつまで無駄な足掻あがきを続けるつもりだ? 日輪はもう手遅れなんだよ!」

「できるか、できないかではない! 復興できるまで続けるのだ!」

「なら俺がここで断ち切る。君の首を大衆に曝し、邪魔臭い修羅狩りの時代を終わらせてやる!」 


 刃は紅蓮の圧力に押し切られていく。単純な腕力では刃でも敵わないようだ。刃は太刀を弾いて距離を取り、かすみの構えで迫撃はくげきに備えた。


 四重塔に燃え広がる炎がみるみる紅蓮の掌に集束していく。そうして途方もない妖力を持つ炎は、次第に鷙鳥しちょうの姿を形成した。紅蓮と同等の体躯を持ち、烈火の如く燃え盛る姿はまるで不死鳥。紅蓮の手の上で烈々たる咆哮ほうこうを響かせている。


 あまりの輝きに網膜もうまくを焼かれ、刃は直視することができなかった。


「消え失せろ、修羅狩り。業火に焼かれ灰燼かいじんせ」


 紅蓮の妖術によって生み出された炎の猛禽もうきんは頭上を飛び回り、刃に向かって突撃した。刃は抵抗する間もなく飲み込まれ、忽然こつぜんと戦場から姿を消したのだった。


 刃を食らった不死鳥は、勝利を喜ぶように上空で踊り狂っている。


「…………!」


 ついに憎き修羅狩りを討ったはずの紅蓮だが、勝利を喜ぶ様子は見られない。それどころか歯を食いしばって慄然りつぜんとし、刃を食った不死鳥をじっと見上げている。


 消えたはずである刃の妖気は一向に衰える気配がなく、むしろ存在を主張するかのように強烈な殺意で紅蓮の身体を縛り付けていたのだ。


 火の鳥は苦しむように身体をくねらせると、次第に身体が黒に染まっていく。刃の妖気が炎を飲み込み、不死鳥はあっさりと掻き消された。

 そうして何事もなかったかのように、刃は再び戦場へと舞い降りた。


「……お主の火遊びなど、恐るるに足らず。さぁ続けようか小悪党。よもやこの程度で打ち止めではあるまいな? 剣の腕には覚えがあるのだろう?」

「ば、化物め! 貴様、不死身か……?」

「修羅狩りは百世不磨ひゃくせいふま。殺し屋如きが、わしを力でぎょせると思い上がるな」


 刃と紅蓮はにらみ合い、再び剣をまじえた。

 先ほどまでの防戦からガラリと戦型を変え、次は刃のほうから攻めていく。


 少し手間を取ってしまったが、刃は紅蓮の剣技を見切りつつあった。

 既に勝利への道筋は見えており、もう命がおびやかされることはないだろう。護る対象がいないとこうも楽に戦えるのかと、刃は久々に気付かされていた。


「師匠、先輩! 屋根が堕ちます! 外へ飛んで下さい!」


 激しい打ち合いの最中さなか、詩音からの忠告が刃の耳に届いた。


 音を操るが故に発達した詩音の異常聴覚が、燃え盛る棟木(むなぎ)の限界を察知していたのだ。木造建築の各部材は悲鳴を上げ、今にも崩れ落ちるところであった。


 詩音の助言を聞いた刃と雫玖は、眼前に迫る敵の存在など目もくれず外へと駆け出した。


「修羅狩りども……逃がさん!」

「こちらこそ、あなたを逃がすつもりはありません!」


 追撃に(のぞ)む紅蓮に対して、詩音は指を弾いた。放たれた音の衝撃波により紅蓮の中耳(ちゅうじ)が破裂し、左耳から鮮血が弾け飛ぶ。


「くっ、えぐい技を持っていやがる……!」


 紅蓮は激痛に(あえ)ぎ、耳を押さえて(ひざ)を突いた。すぐさま立ち上がろうとした紅蓮だが、突如として飛来した矢に足首を(つらぬ)かれて再び倒れ込んでいる。

 雫玖が返り血と血溜(ちだ)まりを凝固させ、追跡を防ぐために散弾の雨を降らせたのだ。


「そのまま平伏(へいふく)していなさい」


 動けない紅蓮を尻目に、三人は四重塔を(だっ)した。直後にガラガラと屋根が崩れ、紅蓮を含む殺し屋の集団は炎上する屋根の下に沈んだ。

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