第三十六話 共闘
雫玖と詩音は背中を合わせて殺し屋集団と相対した。
連携の鍵は仲間を知ることであり、まずは双方の戦いを近くで見ることによって互いに理解を深めていくのだ。
そうして戦いを続ける中、雫玖が操る独特の剣術に詩音は心を奪われていた。
――剣術に於ける〝構え〟とは、攻撃、防御、回避、全ての行動に備えた姿勢であり、技量や流派を問わずこれを経由して次の行動に移すことが常である。
しかし、なんと雫玖の剣には〝構え〟がない。だらりと伸ばした手に小太刀を握り、緊張をまるで感じさせず飄々と立ち回っている。
雫玖は舞うように戦場を駆け、敵方の急所を的確に突き刺していく。
殺し屋は寄って集って太刀を振り回すが、雫玖には全く掠りもしない。
雫玖に向かっていった者は皆、血飛沫を撒き散らせて倒れていく。
「さぁ、掛かっておいで。順に殺してあげるわ」
刃の剣を〝剛〟と称するならば、雫玖の剣は〝柔〟であると言えるだろう。
攻撃を受け流して反攻に転じる技術の高さでは他の追随を許さない。敢えて敵陣の中心に突っ込み、襲い来る者どもを返し技で斬り捨てるのだ。
攻撃を受ける際には必ず反撃の好機が訪れるため、こうして後の先を取り続けることで敵方の防御を崩す必要がなくなるのである。
しかし斬撃とは、そんな単純なものではないはずである。
上段、中段、下段。唐竹、薙ぎ、袈裟。他にも刺突、小手、武器破壊など、斬る方向や角度で細分化すると斬撃には無限に近い数の技が存在している。
それぞれに有効な対処方法があるものの、戦いの場で斬撃を見切って返し技の正解を導き出すことは常識的に考えて不可能である。そうであるが故に、防御や回避といった動作が戦いには必要となってくるのだ。
ところが雫玖は後出しで全ての斬撃に対応し、敵方の攻撃に合わせた返し技を的確に繰り出すことができる。その傑出した精度たるや、多対一であろうとも全く問題にならない。雫玖の卓越した知識量と動体視力、身体に染み付いた技術によって為せる技である。
反撃を恐れて固まる相手には、更なる隙を曝して攻撃を誘うことも辞さない。余所見や瞑目を駆使して無防備を装い、勝機を見誤った者へ死の返礼を与えるのだ。
だが達人である雫玖にとっては、得意の返し技に頼らずとも殺し屋を屠るなど造作もないことである。時には自ら攻め入り、羅刹の如く戦場を蹂躙していく。
一方で、雫玖は詩音の剣術を感心して見ていた。
詩音は剣の技量や身体能力が特別に優れているわけではなく、他に突出した特長を持っているわけでもない。しかし、相対する者を一太刀で確実に沈め、多数の殺し屋を相手にしても全く崩れる様子を見せない。修羅狩りとして従事した期間は極めて短い詩音であるが、この危険な任務に挑む上での腕前は確かであるようだ。
そして何より驚かされたのは、剣を振るう詩音の動きが刃にそっくりであることだ。特に体捌きの再現度が凄まじく、複数人に囲まれようとも踏み込みに迷いが感じられない。
剣術の指導をしている時間が刃にあるはずもなく、詩音は独学で研鑽を積んできたのだろう。その姿はまるで幼い頃の刃を見ているようで、拙いながらも似せようという地道な努力が伝わってくる。見様見真似でこの領域まで辿り着いたのかと思うと、詩音の飽くなき熱意に尊敬を禁じ得なかった。
そうして戦いは続き、二人の動きが少しずつ共鳴していく。
初めての共闘ではあるが徐々に統制が取れ始め、目を合わせるだけで互いの意図を読み取ることができるようになった。
しかしどれだけ数を減らそうとも、四重塔に蝟集する能面の殺し屋は次々に湧いてくる。
「敵の数が多いわね。詩音ちゃん、私には構わず音の妖術を使ってもいいのよ」
「いいのですか? わたしの妖術は、敵味方問わずに影響を与えてしまうのです」
「大丈夫よ。私は外耳孔を水で塞ぐことで音を無効化できるから。……あ、骨伝導で脳を破壊するやつだけは控えてね。あれは水では防げないのよ」
「わたしの妖術って、意外と簡単に対策されてしまうものなのですね……」
雫玖が音を無効化できる術を持っていることに驚かされた詩音だが、それよりも続いた言葉が衝撃だった。詩音の奥の手が露見している。刃にも放った不可視の音震撃――その正体を一度見ただけで暴いたというのだろうか。雫玖の実力を疑っていたわけではないが、刃と肩を並べるだけのものは持ち合わせているようだ。
雫玖の洞察力に敬服しながらも、詩音はなんとか平静を保って戦い続けた。
詩音が妖術を行使すると、相対する殺し屋はバタバタと倒れていく。人体には聞き取れない周波数の音を使い、意識を失わせたのだ。動きの速い敵に対しては音速を超える音の衝撃波を放ち、対象の鼓膜を破って平衡感覚を破壊した。
「やるわね。かなりの数を減らせたわ」
「はい! 背中は任せてください!」
炎は屋敷中に延焼し、パキパキと建屋を形成する材木が焼ける音が聞こえてくる。吸気によって咽頭を焼き、呼吸も儘ならないほどに熱気が充満している。
「はぁ……はぁ……」
「詩音ちゃん、大丈夫?」
「だ、大丈夫です。ただ建物が燃えているせいで、なんだか上手く妖術が使えないのです……。わたしの力は喉が命ですから……」
詩音は声を嗄らし、苦しそうに喉を押さえている。
「詩音ちゃん、もしかして喉から音の妖術を出していたの!?」
「その気になればどんな音でも武器にできますが、喉を使うと上手く技を扱えるので多用しています。お陰で自然音の操作法はあまり慣れていないのです……」
「無理しないでね。私の妖術も、炎のせいでうまく使えないわ……」
紅蓮という男、かなり頭が切れるようだ。雫玖と詩音の妖術に宿る性質を看破し、戦いが始まる以前から有効な手が打たれている。
――妖術とは、無から有を生み出せるものではなく、周囲に存在する〝術師が司る物質〟を操ることができる能力である。妖力の及ぶ範囲は鍛錬によって変化し、雫玖や詩音ほどの熟練者であれば視界に映るもの全てが対象となる。
例えば、紅蓮は無から炎を生み出しているわけではなく、空気や物体の摩擦によって生じた僅かな火花を、妖力という燃料によって増幅させているのだ。
雫玖の場合は〝水〟であり、液体であれば性質を問わず操作可能である。しかしながら紅蓮の炎により周囲の溜まり水が蒸発し、操れる水分が既になくなってしまったのだ。
詩音の妖術は、自らが発する声や自然音を武器に変えることができる能力である。操作物の源泉を必要としないため、音が鳴る環境であれば常時発動することができる。しかし自らの発声で妖術を使ってきた経緯があり、自然音を操作することに慣れていないのだ。
斯様に搦め手を突いてくる相手との戦闘経験が少ない詩音は、不覚にも敵方の術中に嵌まってしまったことを悔やんだ。妖術を封じられようとも殺し屋に後れを取る二人ではないが、燃え盛る城内での戦いは気が抜けなかった。
「早く脱出をしないと危ないですね。屋根が落ちてきそうです」
「そうね。さっさと殲滅して、刃ちゃんの助太刀に行かないと。……それにしても、刃ちゃんがここまで梃子摺るなんて……。あの男は何者かしら。ここまでの強さを持ちながら、今まで鳴りを潜めていたというの……?」
視線を移すと、炎を纏う男は刃と伍して切り結んでいた。手傷を負わない立ち回りが修羅狩りの基本だが、相手が弱ければ時間を掛ける必要もないはずである。手数の少なさから察するに、刃はかなり紅蓮という男を警戒しているようだった。




