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修羅狩り刃  作者: 辻 信二朗
第四章 悪鬼の巣窟

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第三十五話 交戦

「――――!」


 ――会話の最中さなかに突然紅蓮が動いた。予備動作のない超速の斬撃が繰り出されるが、紅蓮は先ほど舌戦を繰り広げた刃ではなく雫玖に狙いを定めている。


 完全に不意を突いた攻勢だったが、雫玖には紅蓮の思考が読めていたようだ。紅蓮の斬撃を半身で躱して、煽るように余裕の笑みを見せ付けている。


「これを躱すのか。修羅狩り、やはり舌を巻く……」

「不意打ちが下手ね。狙いがバレバレよ」


 どうやら紅蓮には、問答を交わす気がないらしい。


 だが今の一撃で確信した。紅蓮という男、あっさりと沈められる水準レベルではない。

 怖気づく周囲の小物とは違い、単独で一国を堕とせるほどの猛者である。

 修羅狩りの誇りに賭けて、これほどの脅威を放置するわけにはいかない。そして何より日輪の平和のために、ここで紅蓮の始末をつけなければならない。


 紅蓮は斬撃と共に炎を従え、戦場を蹂躙していく。狙いは一人に絞られているようで、距離を取る雫玖を執拗に追い回している。


 繰り広げられる怒涛の剣戟を見て、詩音は助太刀の機会を窺っていた。


「詩音!」

「はい、師匠!」


 刃に呼ばれ、詩音は振り返った。


「あ奴は、わしと雫玖で仕留める。お主は下がっておれ」

「あぅ……」


 わかりやすく肩を落とす詩音を見て、刃が真意を伝える。


「詩音、お主の実力不足ではない。多対一の戦闘では練度が物をいうのだ。相応の訓練をせねば、多勢の利点を活かせぬどころか互いが邪魔になってしまう。抜き身を振り回すのに、味方に斬られては敵わぬからのう。雫玖一人で十分な相手だが、わしも加勢する。これも勉強だと思って、わしと雫玖の連携をよく見ておけ」

「はい、わかりました!」


 そう告げるなり刃は飛び出し、雫玖と紅蓮の斬り合いに加わった。


 刃の斬撃が弾かれると、雫玖が背後から紅蓮を斬り付ける。紅蓮が背後の雫玖に太刀を振るうと、刃の斬撃が紅蓮に襲い掛かった。


 刃と雫玖がこうして共闘することは七年振りだが、過去の訓練が身体に刻み込まれている。手数を増した攻撃は華麗で流麗、まるで二刀流のようだ。

 息の合った二人の斬撃は互いに阻害されることなく、着実に紅蓮を追い詰めた。


「ぐっ!」


 紅蓮は二つの斬撃を凌ぎ切れず、敢えなく距離を取った。連携攻撃が効いているようで、紅蓮は血が流れる脇腹を押さえて呼吸を乱している。


「とどめよ、紅蓮。あの世で(おの)所業(しょぎょう)()いるのね」


 もはや虫の息である紅蓮に対して、二人は一切の慈悲を持たなかった。確実に仕留めるべく距離を詰め、紅蓮の急所を狙って刃と雫玖は同時に斬り掛かる。


 しかし、紅蓮は全く衰えていなかった。なんと紅蓮は、二方向から浴びせられる斬撃をそれぞれ太刀と鞘で受け止めたのだ。


「クク……。ガキども、詰めが甘いぞ!」


 一方の斬撃を鞘で弾いた刹那、紅蓮は雫玖の腹に蹴りを入れて壁まで吹き飛ばした。刃が単独で応戦するが、紅蓮はそれを片手で全て捌き切る。

 紅蓮が息を荒らげていたのは、油断を誘うための演技であったのだ。


 受け身と同時に、雫玖が手を天に翳している。屋外にある水溜まりの水分が、引き寄せられるように雫玖の手に集束していく。


 刃は雫玖の意図を汲み取り、詩音に身体を伏せるよう目で指示を出した。


 仲間の避難を確認した雫玖は安心して頷き、妖力を漲らせる。

 そうして放たれたのは、水分を太刀に纏わせた横薙ぎの一閃。研がれた水が鋭利な刃となり、紅蓮に向けて真空波のような斬撃が襲い掛かる。


 しかし紅蓮は高く跳躍しており、流水の斬撃を躱されてしまった。


 見渡すと、壁から一筋の光が零れている。水の斬撃により外壁が断ち切られ、上階がずれて傾いているのだ。雫玖が放った一文字の斬撃は得物の長さを超越し、紅蓮がもし後ろに逃げていれば躱すことができなかった技である。


「刀で受ければ死んでいた。危険な技だ……」

慧眼けいがんね。研ぎ澄まされた水は何だって断ち切るのよ。次は外さない!」


 余裕の態度を見せるも、雫玖は内心驚かされていた。

 この技を初見で躱されたことはなかったが、紅蓮は技の発生を見てから秘められた特性を見抜き、後方への回避と武器での防御が死路であることを看破したのだ。


 紅蓮には言葉を交わす余裕があるようで、その自信に裏付けられた実力の高さが窺える。更には修羅狩りの力に敬意を表しており、紅蓮に油断や慢心は一切みられない。この一戦は想定以上に厳しいものになることだろう。


「俺は少し見誤っていたようだ……。これが修羅狩り、何と強く恐ろしいことか。不敗神話は流言りゅうげんではなかったのだな。噂に尾鰭おひれが付いたものかと思っていた……」


「神話……?」


 紅蓮の呟きに首を傾げる詩音に対して、刃はその台詞の意味について答えた。


「詩音、修羅狩りが殺し屋に敗れたことがない事実が修羅狩り稼業の信頼を支えておる。それを世間は伝説としてまつり上げておるのだ。お主も絶対に戦いで敗れてはならぬ。何度も言うが、わしら修羅狩りは最強でなくてはならんのだ」

「は、はい! 師匠、わかりました!」


 刃、雫玖、詩音の三名は、紅蓮を取り囲むように隊伍を組んだ。


「紅蓮よ、悪いがここで仕留めさせてもらうぞ。お主は改心を期待して放置できるような小物ではなさそうなのでな」


 この男は、今までに見てきた殺し屋とは次元が異なる強さを有している。

 修羅狩りを前にしても紅蓮は昂然としており、焦慮は一切感じられない。


「……決着は同意だ。俺も君達を逃がすつもりはない」


 宣戦布告と共に紅蓮が拳を天高く掲げると、取り囲んでいた大勢の殺し屋が鯨波げいはを上げた。怖気づいていた者達は皆、頭領の鼓舞により士気を取り戻したようだ。


「さぁ、殺し合おうか修羅狩り。君達との因縁は今日ここで終わらせる。修羅狩りの伝説は脆く崩れ去るだろう」


 大量の雑兵によって混戦となる前に、刃は雫玖に対して目配せで指示を出した。


 刃の意志を汲み取った雫玖は、無言のままに笑みを浮かべて頷いている。そうして雫玖は詩音の頬を背後から両手で包み込み、外の集団に目を向けさせた。


「せ、先輩……?」

「詩音ちゃんはこっち。私と一緒に大掃除よ。周りの下っ端連中を、刃ちゃんの戦いに近付けさせないで。私との連携も練習しておきましょう!」


 詩音の眼前には、闘志を燃やす者どもが犇めいている。肌を刺すような苛烈な殺意が感じられ、中には結構な手練れも混じっているようだ。


 詩音は妖気を高め、小太刀を抜き放った。紫の妖気が詩音を包み、空間に歪みが発生していく。手加減は無用だ。為すべきことは一つ。殺し屋を屠り去るのみ。


「わかりました! 先輩、よろしくお願いします!」


 雫玖と詩音は、吶喊とっかんを始めた殺し屋の集団と相対した。


 四重塔には、紅蓮の妖術による火の手が上がっている。周辺の草木にも燃え広がり、瞬く間に建物は炎に囲まれてしまった。

 四重塔が崩壊するより先に決着をつけ、燃える館から脱出しなければならない。

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