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修羅狩り刃  作者: 辻 信二朗
第四章 悪鬼の巣窟

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第三十四話 黒幕

「――むっ?」


 刃のすぐ傍らを横切る人影があり、一同は咄嗟に振り返った。周囲を取り囲む雑兵と同じく能面で顔を隠した男だ。この者も集落の殺し屋に違いないが、何か奇妙な気配がする。一同は瞠目し、突如として現れた殺し屋を目で追っていた。


 新たに現れた能面の男が蹲う紅蓮の前に立つと、狸寝入りをしていた男は目を覚まして立ち上がった。紅蓮は拙い足運びで壁に背を預け、呼吸を乱して肩で息をしている。どうやら酷く怯えているようだ。


「お、お待ちください! 私は敗れておりませぬ! まだこれから――」


 弁明の途中、紅蓮の身体が急に発火して燃え始めた。

 その温度は焚火などとは比較にならず、離れた位置に立つ少女達でさえ肌に痛みを感じるほどだ。発せられる炎の出力は留まることを知らず、苦痛を喘ぐ暇もなく紅蓮は劫火に焼かれて塵となった。


 一人の人間を燃やし尽くしても消えない炎は、新手の男から発せられているようだった。男が掌を翳すと、妖気の高まりを感じると共に立ち上る炎は消化されていく。そうして炎を操る男はゆっくりと振り返り、少女達に向き合った。


「修羅狩りの真価を見せてもらった。俺の名は〝紅蓮〟。影武者をここまで護ってくれるとは信用できそうだ。修羅狩り――神楽詩音、これからは俺に付け」


 能面によって籠った不気味な声が少女達に投げ掛けられる。


「お断りします! 殺し屋とは契約ができません!」


 奇怪な男に臆することなく、詩音が真っ先に言葉を返した。


「……そうか、残念だ。君は殺すには惜しい」


 能面の男は手で顔を覆い、落ち込むように肩を落としている。


 先ほどまで頭領を名乗っていた男は影武者であり、この男が真の長であるようだ。本名であるか定かではないが、男は『紅蓮』と影武者と同様の名を名乗っている。修羅狩りを試す手法をこうして殺し屋に使われようとは考えもしなかったが、姿を現した以上は引っ捕らえるだけだ。


 実力に自信があるのか、または何か策があるのか、影武者と同じく修羅狩りを前にしても男は焦る素振りを見せない。


「修羅狩り諸君、うちの者を随分と殺してくれたようだ」


 紅蓮の声掛けにより、禍々しい殺気が矢のように放たれた。

 脅威を感じ取ったが、修羅狩りの少女達に怖気づく気配はない。


「あなたもここで死ぬのよ。それとも、叶わない仇討ちでもしてみる?」


 詩音を下がらせて、雫玖が堂々と紅蓮の前に立った。


「水姫雫玖……。君に殺された仲間は百や二百では利かない。ここで亡き同胞の復讐をするのも悪くない……」

「へぇ、できるかしら? 私と立ち会う勇気があるの?」


 挑発をする雫玖の肩に手を置き、続いて刃が前へ出た。

 刃は紅蓮の正面に立ち、睨みを利かせて脇差を抜き放つ。


「炎の妖術……。紅蓮と言ったか。近隣諸国を焼き払ったのはお主だな? 単なる火矢では、あれほどの規模を焼くことはできまい」


 早々に刃が核心に迫ると、紅蓮は嘲るように口角を吊り上げた。


「ご名答と言いたいが、気付くのが遅過ぎたな。地種での仕事振りはお笑いだったぜ。あれでは領地を護れない」

「……なんだと? お主、どこかで会ったか?」


 紅蓮は懐から巾着袋を取り出し、見せびらかすように顔の前で振った。


「これが何かわかるか? 愚鈍な修羅狩りよ」

「それは……!」


 差し出された薄汚れた布袋を見て、刃は全てを理解させられた。地種で築城の手伝いをしていた時のことが脳裏を巡り、当時の出来事が鮮明に蘇る。紅蓮が持っている布袋は間違いなく、道明が能面の男に対して投げ渡した物であったのだから。


「お主……あの時の殺し屋か!」

「黒斬刃、君は道明に惚れていたらしいな。男を知らない小娘は単純で面白い。奴からお前への暗殺依頼が届いていたぞ。修羅狩りは勘弁しろと断ったがな。不憫な君のために、道明は俺が討った。感謝の一言でも言ったらどうだ」

「お主が道明を殺したのか……」


 静かに激昂する刃は、打ち震えるほどに拳を握り締めた。


 この怒りは道明が殺されたことに起因するものではない。死者への冒涜ぼうとく、更には修羅狩りに対して殺生を嬉々として語る傲慢さに矜持を刺激されていた。

 刃を突き動かす原動力は決して仇討ちなどではない。刃が見ているのは常に未来であり、殺された者達へのはなむけなど自己満足に過ぎないのだから。


 紅蓮は潜入型の殺し屋を組織し、自身も各地を転々として獲物を探している。

 既に寄生されている国もあるだろうが、紅蓮を止めなければ日輪に立ち上る暗雲が晴れることはない。それに隠密に長ける紅蓮をここで逃がせば、尻尾を出すことは二度とないだろう。これ以上の勝手は許さない。殺し屋の手に掛けられる者をなくすために、ここで確実に紅蓮を処理しなければならない。


 刃は明確な殺意を以て、紅蓮へ開戦の意志を表明した。


「地種でわしとの対戦を避けたお主の判断は正しい。だがこうしてわしの前に立つとはどういう了見だ? どう足掻いても敵わない修羅狩りに怯え、おめおめと逃げ隠れておけばよいものを……。そのふざけた能面を外し、馬鹿面を拝ませろ」

「殺し屋を侍と勘違いしているのか? 面は取れない。修羅狩りに顔を覚えられるわけにはいかないのでな」


 紅蓮は刃の殺意に気圧けおされることなく、真っ向から口撃に応じた。


 修羅狩りに歯向かう殺し屋は珍しいが、稀にこうして突っ掛かってくる連中が刃の前に現れる。狭い世界で頭角を現し、己が最強であると勘違いした愚か者である。勇み立って修羅狩りに挑戦するも、結果はいつも変わらない。

 自信に満ちたこの男も同様に、敗北を知って絶望に顔を歪ませることだろう。


 刃は挑まれることに飽いていた。女であること、十六歳という若さ、そして、《不殺》の心得。考える中で、戦いを申し込まれる理由は以上の事柄であろう。


 刃は自分の甘さを断ち切るために、手を下す最初の犠牲者を紅蓮に定めた。

 もう迷わない。修羅狩り――黒斬刃として、己が使命を果たすのみ。


「まさか逃げられる気でいるのか? 紅蓮、お主はここでお縄だ」

「君こそ、俺を見縊みくびらないことだ。修羅狩りとやらがどれほど偉いのかは知らんが、世間知らずの小娘が世界を知った気でいるなよ」

「あくまでわしに戦いを挑むと言うのだな? その気ならさっさと掛かってこい。つまらぬ御託は聞き飽きた。お主がどれほど取るに足らぬかを教えてやる」

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