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修羅狩り刃  作者: 辻 信二朗
第四章 悪鬼の巣窟

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第三十一話 固執

 刹那せつな静寂せいじゃくを破り、刃は弾丸の如き速度で紅蓮に斬り掛かった。刃先を返して脇差の峰を対象へと向け、狙いは急所ではなく膝の関節に定められている。


 ここで相手を殺めることは容易いが、刃は牽制けんせいの一撃を放った。

 即死を狙わなかったのは、どうしても紅蓮の心裡しんりを暴きたかったからだ。修羅狩りを前にして、紅蓮がこうも落ち着いていられる種が何であるのかを探るために。


 その種が高い実力からくるものであれば、この斬撃は何かしらの対処をされることだろう。受けるのか、弾くのか、あるいいは返し技を繰り出すのか。


 もし屋敷に何か仕掛けがほどこされていようとも、強力な後詰ごづめが控えていようとも、紅蓮に向けて放たれた刃の斬撃への対応はどう考えても間に合わない。

 いずれにしても紅蓮の余裕を崩すことができるだろう。この攻撃によって紅蓮は、間違いなく激痛を伴う重傷を負うこととなるのだから。


 ――しかし間に入った詩音によって、刃の斬撃が紙一重で防がれた。刀と刀がぶつかり合う衝撃音が、まるで雷が落ちたかのように響き渡る。


「詩音……お主……!」

「わたし、まだ契約が残っているのです!」

「この頑固者! そこをどけ!」


 刃が乱暴に押し退けようとするも、詩音は全力を以て堪えている。詩音は契約者を護ることに心血しんけつを注ぎ、あろうことか刃の言うことを聞かない。


「クク……これが修羅狩りか。素晴らしいな。神楽詩音、君と契約ができてよかった。これからもずっと、目の前の殺し屋から私を護ってくれ! ハハハ!」


 紅蓮の哄笑(こうしょう)に呼応するように、周囲に続々と能面の殺し屋が集まってきた。

 その数――およそ五十名。修羅狩りへの対抗手段として人海戦術を取るつもりだろうか。武力の差もわからずに勇敢、否、無謀なことだ。


 更に目を引くのは、全員が重量級の甲冑(かっちゅう)を身に纏っていることである。能面と甲冑の組み合わせは酷く滑稽(こっけい)で不気味な上に、そんなもので身が護れると考えようとは()められたものだ。


 刃と紅蓮のいさかいに水を差されぬよう、雫玖が間に立って親友の背を護った。

 大勢の殺し屋を前にしても、雫玖は悠然ゆうぜんと構えている。


「刃ちゃん。全部殺してもいいの?」

「構わん。殺れ」

「はーい」


 殺し屋の軍団は喊声かんせいを上げて押し寄せてきたが、動きに急制動を掛けて立ち止まった。己の行動を後悔するように、足をガタガタと震わせている。


 一瞥いちべつで事足りてしまった。連中は雫玖の放つ殺意を感じ取ったのだ。


 水の妖気を纏った雫玖は、動けない殺し屋を見据えている。

 優しい雫玖の瞳が冷酷に吊り上がり、次第に煌めきを失っていく。


 雫玖は左手の掌を上側に向け、弾くように指を立てた。すると大量の細い水柱が地面から立ち上り、取り囲む殺し屋全員の心臓を正確に貫いた。


「な……なんだと!?」


 紅蓮は先ほどまでの余裕を失い、驚愕のあまり声を荒らげた。あまりに迅速な攻勢、一切躊躇のない殺意。雫玖の行動は、紅蓮を黙らせるには充分であった。


 ――雫玖の妖術は水。周囲の水を支配し、自在に操ることができる。

 殺し屋を一掃したのは、雨で生まれた泥濘でいねいの水分を圧縮して槍のように放出した水柱。雫玖の妖力によって研がれた水は、触れる物質を見境なく貫通するほこと化す。加圧された水の刃は音速を優に超え、その威力は八千気圧にも達するという。


 取り囲んでいた殺し屋は一人残らず絶命している。

 雫玖はあざけるような顔を見せ付け、紅蓮に対して苦言を呈した。


「さっきから聞いていれば、随分と修羅狩りをコケにしてくれたわね。これで思い知ったかしら。所詮、修羅狩りと殺し屋は捕食者と被食者。兎が幾ら集まっても獅子には勝てないのよ。昨日に雨が降ったことは不運だったわね」

「くっ! 生意気な!」


 紅蓮は己の発言を逆手に取られ、歯の根を震わせている。

 またも周囲に能面の殺し屋が続々と集まってきたが、雫玖の妖術に怯えて動けない。鉄でできた甲冑では、水の妖術を防ぐ手段には為り得ないのだから。


 雫玖の戦闘を初めて間近で見た詩音は、あまりに流麗な技に昂奮していた。


「先輩……す、凄いです!」

「詩音ちゃん、褒めてくれるのは嬉しいけれど、そこをどいてくれないかしら。あなたを殺したくはないのよ。あらぬ疑いをかけられてしまう前にやめなさい」


 雫玖の詩音に対する口調は冷ややかなものであった。


 殺し屋を護るという、修羅狩りとしてあるまじき愚挙ぐきょ。早々にやめさせなければ、詩音は二度と修羅狩りを続けられない可能性が出てくるのだ。


 鳩鷹は日輪中を飛び回っており、修羅狩りに関すること以外にも情報の発信を担っている。修羅狩りを騙る殺し屋は鳩鷹によって周知され、この世から駆逐されてきた。この光景が鳩鷹の目に届き、詩音がそのように判断されてしまった場合、もう二度と契約を受けられなくなってしまうことだろう。それどころか詐欺師として喧伝され、指名手配に近い扱いをされてしまう可能性だってあるのだ。


「詩音、お主の修羅狩りとしての信念は、しかと受け取った。もうよい。刀を置け。わしら二人を相手にするつもりか?」


「詩音ちゃん、あなたは間違っているわ。依頼があれば誰彼構わず護っていいわけじゃないのよ。殺し屋にくみするなんて……決して許されることではないわ」


 二人は質朴しつぼくな後輩をさとすが、詩音は立ち塞がったまま動かない。


「『其之壱――修羅狩りはいかなる時も契約を全うすべし』……。『其之弐――己が命を擲って契約者を護るべし』……。『其之参――契約を反故にした修羅狩り、命を以て償うべし』……」

「詩音ちゃん……?」


 詩音は涙を流しながら、刃が教えた訓示を唱えていた。詩音はそらんずるほど汲々(きゅうきゅう)とし、愚直に教訓を守っていたのだ。しかしその教えを説き、憧憬どうけいの修羅狩りである刃を前にして、何を優先すればいいのかがわからなくなっていたようだ。


 その様子を見た刃は意を決して脇差を構え、詩音の前に立った。


「……相わかった。詩音、一騎討ちだ。お主は修羅狩りの責務を全うしろ。わしは契約者を殺しに来た者だ。速やかに排除してみせろ」

「わ、わかりました!」


 詩音は応じて刃に正対し、小太刀を正眼に構えた。


「……雫玖は手を出すな。わしがこの馬鹿を教育する」

「まったく……過保護ね。いいわ。好きになさい」


 雫玖は呆れるように手を広げ、一歩後ろに下がった。殺し屋による横槍が入らないよう、取り囲む集団への警戒も雫玖は当然怠らない。


 図らずも修羅狩り同士の対戦が幕を開けることとなってしまった。

 雑音のように取り囲む殺し屋など、既に二人の視界には入っていない。


 朱穂を巣くう殺し屋集団――その頭領である紅蓮、そして下っ端連中は固唾かたずを飲んで開戦を見守っている。当然ながら、彼らが修羅狩りの戦闘に入り込む余地などあるはずがない。まるで存在しないものとして扱われているようだが、逃げることはできない。雫玖が決してそれを許さない。

 雫玖に睨みを利かされた紅蓮は、笑みを零す余裕もなくなっていた。

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