第二十九話 隠密
荘厳な外観を持つ四重塔の内部は、なんと四層一階の平屋であった。中の広さは百畳近くもあり、こんな山奥にどうやって建築したのかは不明である。
外装や仕上げ材の劣化具合から察するに築年数はかなり古く、恐らくは劉円の時代以前に建てられたのだろう。木で作られた簡易的な間仕切り壁で部屋を区画し、まるで迷路のように入り組んだ間取りとなっている。
界壁の役割を果たさない間仕切りは一層目にも満たない高さしかなく、上から見れば住人の行動は一目瞭然である。連中はここを主な根城としているようで、建物の中には差料を携えた能面の殺し屋が彼方此方で彷徨いている。
「立派な四重塔かと思いきや、意外にも中は吹き抜けだったのう。ここの住人は相当な見栄っ張りとみた」
「それより私達……わざわざ四層まで来る必要ってあったの? こんな高度の天井裏では、領主は見付からないわよ」
刃と雫玖は身を潜めていた。なんと――最上階の天井裏に。
二人とも、こうした潜入は得意ではない。というより、今回が初である。
こうした潜入任務が初経験であることを互いが明かさず、さも場慣れしているかのように振舞ってしまった。よって聞き齧った知識を実行することとなり、あろうことか屋根裏にまで辿り着いてしまったのである。
刃は見様見真似で忍者を模倣し、率先して誤った手法を披露していた。雫玖にも潜入の知識がなかったため、刃を信じて不手際だらけの隠密行動を取っていた。
なんと内壁をよじ登って侵入したのだ。見付からなかったことが奇跡である。
何はともあれ、会敵の心配がない位置にいることは事実だ。二人はこれを機に、ひとまず今後の行動についてを話し合っていた。
「そういえば、この任務の達成条件は何? 領主の暗殺?」
「とりあえず、領主との対話を試みる。殺し屋とはいえ生き物だろう。話せばわかる奴かもしれぬ。殺しをやめないなら天誅だ!」
「説得に応じる殺し屋がいるとは思えないけれど……。とりあえず詩音ちゃんが護衛している対象が領主ね。探しましょう!」
「ああ。詩音にも契約者は選べと教えてやらねばならぬ……」
「詩音ちゃん、依頼書が来たときは舞い上がって喜んでいたわよ」
依頼を受けた詩音が喜びに転げ回る姿が想像でき、刃は頭を抱えた。初任務を断る選択ができるはずもなく、詩音は二つ返事で依頼を承諾したことだろう。
「頭が固く、純朴で騙されやすい奴だからのう。初めて会った時も、あ奴は本気でわしに勝つ気で戦いを挑むような愚鈍だった。恐らくは組の頭に言われるが儘に行動していたのであろうが、疑うということを知らぬのであろうな」
「へぇ、刃ちゃんに挑むなんて勇敢なのね。……でも騙されやすいことに関しては刃ちゃんが言えた口かしら?」
「ぐぬぬ……。そう考えると、詩音はわしに似ているのかもしれぬのう」
修羅狩りが殺し屋と契約をすることは御法度であり、罰せられるなんてことは現状ないが絶対に避けなければならない禁則事項である。
詩音は修羅狩りとして駆け出しであるため、そういった分別がついていない。早々に詩音を指導しなければ、修羅狩り全体の沽券に関わってしまうことだろう。
「――何者ですか!?」
「「えっ――」」
突然下層から誰何され、刃と雫玖は身を硬直させた。ここは四階の天井裏であるため、聞き違いかと二人はじっと顔を見合わせている。
空耳かと思った矢先、足元に網状の亀裂が入った。天井材はピシッ――と音を立てて儚くも破れ、刃と雫玖は九間を優に超える高度から落下してしまう。
上がり続ける落下速度を気にする様子もなく二人は羽毛のようにふわりと着地し、すぐさま体勢を整えて敵の追撃に備えるべく背中を合わせた。




