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修羅狩り刃  作者: 辻 信二朗
第四章 悪鬼の巣窟

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第二十八話 潜入

 古民家の裏手には幾つもの建物があった。集落は思った以上に広く、青々とした樹海の奥懐おくふところとは思えないほどに古惚けた民家が林立している。


 家々は植物に冒されており、至るところにつたが巻き付いている。

 更には地形に合わせて建築されているため、傾いた物件が散見される。十全な開拓ができておらず、真面な基礎が造られていないのだろう。


 戦国の時、落ち武者が隠れ住んだ集落があると刃は聞いたことがある。ここがそうであるかは不明だが、刃にとって日輪はほとんどが未踏の地なのだ。


 あらゆる可能性を想定し、思いつく限りの想像を膨らませる。もし修羅狩りのいない統治国であるなら自身を売り込み、悪者の根城であれば駆逐する算段である。


 かつての修羅狩りは護衛だけでなく、咎人とがびとの始末も行っていたそうだ。現在は誰かに指図されるわけではないが、野良となった刃は巡邏じゅんらを自らに課している。危険な領外を歩き回れるのは、天敵のいない修羅狩りの特権であるのだから。


 今回の調査はその一環でもあった。詩音が関連していなくとも、剣呑けんのんな地を放っておくわけにはいかない。己の肌感覚を頼りに、刃はまだ見ぬ脅威を探った。


 じっくり辺りを観察していると、集落の中に住人の姿が確認できる。

 数えられるだけでも数十名。集落はまだまだ奥へと続いているため、朱穂の規模は一国に相当する可能性が高い。住人は皆、同様に怪しい能面を被っている。


「ここだけ別世界のようだのう。異世界にでも迷い込んだか?」

「なんだか気味が悪いわね。皆、同じ能面を被っちゃって……」


 中には幼い子どもも混じっているが、無垢(むく)な人間だとは思えない(たたず)まいである。

 上手く言葉では言い表せないが、今にも誰かを手に掛けそうなほど尖った情調だ。刃がこれまでの人生で見てきた殺し屋に、近しい空気を集落にいる誰もが(まと)っているように感じられる。


「ここが神都や地種を滅ぼした悪しき集団に間違いなさそうだのう。各地の勢力に紛れ込み、内部から破壊する寄生虫のような奴原やつばらだ。許せぬ……!」

「修羅狩りが去った後に動き出すなんて、気味が悪いわね。私が笑顔で会話をしていた人の中にも、朱穂の殺し屋がいたかもしれないのよね。ゾッとするわ……」


 刃達は微かな気配を頼りにこの場所を探し当てたが、一般人がここに辿り着くことは不可能だと断言できる。周囲には動物が通った痕跡すらなく、集落の場所が巧妙に隠されていたのだから。その事実が示すことは、ここが殺し屋の根城であることを裏付ける傍証ぼうしょうとなるだろう。


「わしらの存在は、先ほどの老婆にしか気付かれてはおらぬな?」

「ええ、そのはずよ。まさか、詩音ちゃんはここにいるのかしら」

「あの馬鹿……籠絡ろうらくされたのか? 雫玖、行くぞ。仕事だ。給料は出ぬが許せ」


 修羅狩りの威信に賭けて、殺し屋を生み出し続ける朱穂を看過かんかできるはずがない。刃は掌に拳を打ち付け、探索に飽いていた身体に気合を入れ直した。


「詩音にお仕置きをするついでに、修羅狩りのもう一つの顔を奴らに見せてやろう。世を乱す悪党は斬り捨て御免だ!」

「悪い顔ね。どっちが悪党かわからないわよ……」


 そうして弥次喜多やじきたは殺気を押し殺し、集落の更に深奥へと進んでいった。


    ◇


 気付かれないように進み続けると、集落の奥に立派な四重塔しじゅうのとうがあった。一見目立つ城郭だが、亭々(ていてい)たる針葉樹林の迷彩が建物の存在を絶妙に隠匿いんとくしている。


 首魁しゅかいがいるならここだろうと、刃は目星を付けた。


 四重塔を取り囲む簡素な土塀は朽ちているが、ところどころに修繕跡がある。地種で城壁の改修を習った刃は、目の前に建つ土塀の出来の悪さに落胆していた。


「何だ、この下手な仕上げは……。わしのほうが上手く直せるぞ。左官を嘗めおって……。こての使い方がなっておらぬ。雫玖、膠泥こうでいの適正な配合を知っておるか?」


 刃は呆れ返り、存在しない誰かに向かって早口でまくし立てている。

 しかし雫玖は、刃が何に対して怒っているのかを理解ができなかった。


「知らないわよ。刃ちゃん、急にどうしたの?」

「……忘れてくれ。わしがどうかしておった」


 刃は我に返り、接敵を目指して進路に目を向ける。

 そして巡回する番兵の虚を衝いて、矢狭間やざまから四重塔の敷地へと侵入した。


「やはりその辺の兵卒とは違い、殺し屋という輩は鍛えられておるのう」

「なかなか隙を見せないから潜入に苦労したわね」

「とりあえず、着物と仮面を奪うぞ。木を隠すなら森の中だ」


 他人の目を欺くため、目立たないよう己の姿を敵国の住人に似せることは潜入の基本である。朱穂の者は似たようなボロボロの着物を着用しているため、仮面と衣類を奪って変装してやろうと刃は画策したのだ。


 雫玖も刃の策に同調し、獲物を探そうと周囲を見渡している。

 するとどういうわけか、寸毫すんごうの隙に刃の姿が消えたのだった。


「あれ……? 刃ちゃん……?」

「――ほい。盗ってきたぞ」

「えぇ!?」


 急に刃が背後から現れたかと思えば、手には殺し屋の衣服と能面が二つずつ握られている。雫玖が目を離した転瞬の間に、刃は誰かからかすめ取っていたのだ。


「恐ろしく早いわね。この服の持ち主はどこに?」

「背の高い生垣いけがきの中だ。気絶させて放り込んでおいた」

「そう……恐ろしい子。友達ながら戦慄するわ……」


 雫玖は刃から変装道具を受け取り、木陰で衣類を着替え始める。

 しかし更衣の最中、ある懸念が二人の脳裏をよぎっていた。


「雫玖……これ、寸法が大きくないか……?」

「着る前から、何となくそんな気がしていたわ……」


 衣服を奪った相手は大柄な男であり、そんなダボダボな服では正体を隠せるはずがない。仕方なく二人は変装を諦めて、正攻法での潜入任務に挑むこととなった。

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