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修羅狩り刃  作者: 辻 信二朗
第四章 悪鬼の巣窟

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第二十七話 端緒

 上流に向かってしばらく歩いていると、苔生こけむした岩々の隙間から微かに水が流れているのが見えた。掌から零したように緩やかな流れだが、これが手掛かりとなる場合がある。水は生きる上で欠かすことができないため、こういった少量の沢でも人が潜伏するには充分な資源となるのだ。


 いつの時代に造られたものなのか、流水の上に朽ち果てた石造りの橋が横たわっている。かつては橋が架かるほどの水流だったのだろうか。


 石橋に付着している水分に対して、雫玖は妖力を込めた。手を差し出し、流水の一部を掌に集束させる。目の前に浮かぶ小さな水玉を見て、雫玖は顔を顰めた。


「皮脂……血液……屎尿しにょう……。人工物が混じっているわ。刃ちゃん、近いわよ」


 雫玖がそう呟くと、彼女の推理に刃も同調していた。


「ああ、そのようだな。雫玖、上を見てみろ」

「上……?」


 樹林にそびえる木々の幹が削れている。不自然に折れた枝、剥がれた樹皮、これは刃と雫玖が山を越える際の痕跡に酷似している。ここを何者かが通ったのだ。


    


 進むごとに現れる証跡(しょうせき)を頼りに移動していると、山中に(わら)を被ったような古民家を発見した。


「おっ……家だ。見たことのない屋根の形をしておるのう」

藁葺(わらぶき)……かしら。雨を通さないのか心配になるわね」


 幕府の時代まで(さかのぼ)ろうとも、民家の屋根には石瓦(いしがわら)が使われていることが一般的である。斯様(かよう)な形状の家屋を見たことがない刃と雫玖は、時代を遡行(そこう)したかのような錯覚を覚えていた。


「わしの家よりも入り組んだ場所だのう。こんな山奥に人が住んでおるとは思えぬが……」


 朱穂の領域に足を踏み入れてからしばらく経つが、領主が治める土地にあるべき石塁を見掛けることがなかった。

 だが考えようによっては賢い選択だといえるだろう。防塁が将領の存在を示すものとなり、規模が大きいほどに敵愾心てきがいしんを向けられる板挟みに悩まされるのだから。


 それにしても痕跡すら見当たらないとは、倒幕してから現在に至るまで全く手を付けていないのだろうか。実際の効果はさておき、当時は石塁こそが国防の第一歩であるという風潮が確かにあったはずだ。そんな中で手付かずとは、もし朱穂を治める者がいるとすれば初めから侵攻に舵を切った可能性が高いと考えられる。


 やはりこのようにポツンと建つ家の正体は、空き家か野盗の溜まり場でしか有り得ない。いずれにしても、真っ当に生計を立てているとは思えない。


「……誰かいるみたいよ」


 雫玖に促されて古民家の入り口に近付くと、中にいた人影が扉を開けて出てきた。見るからに歩くのも辛そうな、腰を折った老婆だ。刃はここが修羅狩りの家である可能性を期待していたが、残念ながらそうではないらしい。


「……ごめんください。山を散策していると道に迷ってしまいました。ここは朱穂で合っていますか?」

「…………」


 雫玖の問いに対して、老婆は表情を変えることなく黙ったままである。


 しかし、老婆から感じる殺意を雫玖は見逃さない。予見通り老婆は懐から匕首あいくちを取り出し、無言のまま雫玖に向かって振り翳してきた。


 焦ることなく雫玖は腰の小太刀を抜刀し、老婆の斬撃を軽く弾いた。

 羽虫の鳴き声のみが聞こえる山の中で、金属が触れる音が甲高く響き渡る。


「お婆さん。歳の割に動きがいいわね。何者? どうして攻撃をしてくるの? 私達を殺し屋だと勘違いしていない? 違うわよ。私達は修羅狩りよ」

「修羅狩り……?」


 雫玖の物言いを聞いた老婆は後退りをし、無だった表情を歪ませた。『修羅狩り』という言葉に引っ掛かったのか、枯れ枝のように痩せた身体を震わせている。


「あれ……? お婆さん、どこかで会ったかしら……?」


 歯の根が合わない老婆の顔を、雫玖は覗き込んでまじまじと見詰めた。

 雫玖は老婆の顔をどこかで見た気がしていたのだ。


「――貴様、儂の素顔を見たな! 生きては帰さん!」

「お婆さん、どうしたの!?」


「――ぐえっ!」


 再び雫玖に向かって斬り掛かった老婆に対し、刃が背後から拳打を浴びせた。

 顔を歪めながら寸刻の間を置き、気を失った老婆はその場でくずおれる。


「刃ちゃん、老人は大切にしないと……」

「襲われておいて何を呑気なことを言っておるのだ。それより雫玖、その老婆に見覚えがあったのか?」

「……そうね。他人の空似かと思ったけれど、やっぱりそうだわ。このお婆さんは槙原の城下町で織物屋を営んでいた人よ。間違いないわ」 

「ほう……滅びた地の者がこんな場所に……のぅ……」


 刃はいぶかしみ、古民家の中を観察し始めた。


 雫玖はすっと目を閉じ、物事の真理を推察している。過去の事例を一つずつ思い返し、共通点を洗い出す。やがて真相に辿り着き、雫玖は私見を開示した。


「神都も地種も、外部から殺し屋に狙われたのではないわ。恐らくだけれど、既に領地で息を潜めていた殺し屋の手によって内部から破壊されたのよ!」

「むむう、そうか……。そういうことなら、奴らの情報の早さに合点がいくのう」


 雫玖の推理に無謬むびゅうはないだろう。

 その証左しょうさとして、刃は端緒たんしょとなる物を発見していた。


「やはり当たりを引いたようだのう。雫玖、家屋の中を見てみろ」

「へ? 何かあるの?」


 雫玖は身を乗り出して、古民家の窓から中の様子を窺った。ガラスに堆積した埃によって視界が悪かったが、不気味な能面が壁に掛けられているのが確認できる。

 それは間違いなく、荒れ果てた地種に落ちていたものと同様の物であった。

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