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修羅狩り刃  作者: 辻 信二朗
第四章 悪鬼の巣窟

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第二十四話 慰藉

 地種での仕事を無事に果たし、契約を終えた刃は自宅へと帰ってきた。


「あ、刃ちゃん、おかえり!」

「雫玖……? どうして、わしの家に?」


 家に帰ると、どういうわけか雫玖が台所で野菜を切っている。

 心が不安定だった刃は、親友との思わぬ再会に高揚した。


「詩音ちゃんがここに住んでいたから、私も一緒に泊まっていたのよ」

「勝手な……まぁいいが。して、詩音はどこに?」

「やっと依頼が来たようで、ついこの間に旅立ったわ」

「そうか、詩音の面倒をみてくれていたのか。すまんのう」

「ふふ、昼食を作るから座ってよ!」

「おっ! 楽しみだのう!」


 雫玖は慣れた手付きで調理を進めていく。蕎麦を茹でることしかできない刃とは異なり、料理をする雫玖の手付きは斬り合いの如く俊敏かつ正確だった。


 刃はその能力に感心しながら、台所に立つ雫玖の背をじっと見詰めていた。


 雫玖は料理が上手く、容姿端麗。天真爛漫で明るく、慈愛と包容力を兼ね備えている。結婚をすれば、雫玖は良い妻になるだろう。


 彼女もいずれは、どこかへ嫁ぐことになるのだろうか。雫玖の旦那になる人が羨ましいなと、刃は放心したように想像を膨らませていた。


「い、いかん! もうわしは二度と恋をせぬと決めたのだ!」


 こういった考えが浮かんだことを後悔し、刃は払拭するようにかぶりを振った。


「……ん? 何か言った?」

「な、何でもない……。いや、雫玖には聞いてもらおうかのう……」

「なになに? 何かあったの?」

「地種で色々とあったのだ……」


 刃は雫玖の胸に縋り付いた。久々に会う友人の温もりが心地良い。


 雫玖は応えて抱き留め、刃の背中を優しく擦っている。刃は堪えていた涙を流しつつ、地種での出来事を事細ことこまかく雫玖に語った。


 刃の感情を表すかのように、外では驟雨しゅううが屋根の瓦を叩いていた。


    ◇  


 刃の話を聞いた雫玖は、自分のことのように怒りを露わにしていた。


「辛かったね、刃ちゃん……。乙女心を弄ぶなんて許せない! 私だったらそんな男、生まれてきたことを後悔するぐらいボコボコにするわね!」

「あまりにも無様だったからのう……。遣る気も失せてしまったのだ……」


 親友に慰撫いぶされ、刃はようやく笑えるようになってきた。やはり鬱憤うっぷんを晴らすには、誰かに話を聞いてもらうことが一番である。誰かと言いつつも、その相手はいつだって雫玖だ。雫玖はもはや、刃にとって心の安定剤となっている。


「それにしても、刃ちゃんは騙されやすいのね。以前にも何か聞いた気がするわ。助けた老人が、実は殺し屋だったとか……だったっけ?」

「そんなこともあったのう……面目ない。この世情だ。領外の者を信用しないことは理に適っておるが、修羅狩りだけでも心を開き、他人を信じてやらねば……」


 刃は騙された出来事を追憶し、悔しそうに顔を歪ませた。


「刃ちゃんは、その見極めができていないのよね。私は相手の声色を聞くと、おおよそ嘘を吐いているかどうかわかるわよ」

「おお、妖術か!」

「違うわよ! ただの経験と勘よ。刃ちゃんは、どうしてそこが鈍いのかしら。こんなに強くて可愛いのに。悪い大人に引っ掛からなければよいのだけれど……」

「可愛い……か。わしはもう騙されぬぞ!」

「私は本心で言っているわよ?」

「そうか……ありがとう……」

「こんなに素直な刃ちゃんは久々だわ。その様子だと本当に落ち込んでいるのね」

「放っておけ。わしは、己の覇道を征く。もう誰も信じぬ!」

「ついさっきと言っていることが真逆よ……」


 帰宅への道中は猫背になるほど落ち込んでいたが、雫玖と話せたことで刃はすっかり元気になっていた。どんなに辛いことがあっても、雫玖がいれば怖いものはない。一緒に仕事ができたら百人力だが、修羅狩りの需要を考えるとそうもいかないのだろう。雫玖もせわしない日々を過ごしているはずである。


「……む? そういえば雫玖、現在いまは野良なのか? 詩音がいた四箇月間ここにいたのか? ずっと野良か?」

「そんなわけがないでしょう!? 私が刃ちゃんの家に来たのは二週間前ぐらいかな。私だって修羅狩りとして引く手数多なのだからね!」


 怒った雫玖は、刃の黒髪をくしゃくしゃに掻き混ぜた。刃も仕返しに雫玖の髪を掻き混ぜ、互いの髪が鳥の巣のように暴れ果てている。


「そう怒るな、雫玖。因みに前回はどこへ行っていたのだ?」

「《毘前びぜん》よ。ずっと西の方にある山岳地帯ね。刃ちゃんが神都に行った直後に依頼が来たから、五箇月間務めていたことになるわね」

「そうか。どうして解雇されたのだ?」

「多くの殺し屋を囲えたから、契約を解除したいと言われたわ。国が大きくになると、どうして修羅狩りの有難味がわからなくなってしまうのかしらね……。尻切れ蜻蛉とんぼは、もう懲り懲りよ……」


 雫玖は大きく溜息をき、小さな掌で顔を覆った。


「お主も苦労しておるのう。まったく世知辛いものだ。わしもなかなか長期の契約には至らぬ。修羅狩りの存在は殺し屋の雇用を封じる役も担っておるが、殺し屋を雇うために修羅狩りを解雇するようでは元の木阿弥もくあみだ。殺し屋を雇う輩は、やはり信用できんのう……」


 二人は厳しい物情に落胆し、わかりやすく脱力して項垂うなだれた。どれだけ力を尽くしても前に進んでいる実感が少なく、己の不甲斐なさにうんざりするばかりだ。

 日輪の現状は、奈落のふちに片足を突っ込んでいる状態だといえよう。


「……それに、聞いてよ。毘前は私がいなくなった途端に滅ぼされたらしいのよ」

「え……? そうなのか……?」


 刃は違和感を覚えていた。ここのところ頻発している不可解な動乱に。

 修羅狩り契約が切れてから、国が滅びる期間の短さに――。


「修羅狩りがいなくなったことを他国に流す者がいるのか……? いやそれにしても、そう容易く国を滅ぼせるものでもなかろう……。修羅狩り契約国を狙う者がいるのか……? いや、そんなはずはない……神都には詩音がいたわけで……」


 刃の預かり知らぬところで何かが起きているようだ。播宗が焼けたことも、雫玖がいた国が立て続けに滅びたことも、とても期せずして起こった事変だとは思えない。胸に棘が刺さったように、ようとして何かが心に引っ掛かる。


 殺生が国の進退を左右する世を変えるために修羅狩りは存在しているが、こうも殺し屋に好き勝手暴れられては立つ瀬がない。


「刃ちゃんが昨日まで契約していた地種は無事なのでしょう? これまで見てきた国の動向をかんがみると、次に誰かに狙われることになる可能性が高いと思う。偵察には打って付けじゃない?」

「……そうだな。もう戻りたくはないが、明日にでも見に行ってみるかのう」


 雫玖の提案を受け、刃は再びの地へおもむくことにした。道明には散々脅しを掛けておいたため、もし鉢合わせてしまった場合は気まずいことになる。

 あまり気は進まないが、これも調査のためだと刃は己に言い聞かせた。


「私も行くわ。刃ちゃんの初恋の相手を楽しみにしておくわね!」

「や、やめぬか!」


 しばらく雫玖の質問攻めが続き、二人の賑やかな声が山中に木霊こだましていた。

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