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修羅狩り刃  作者: 辻 信二朗
第三章 恋慕の行方

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第二十二話 雲泥

 四方八方から襲い来る物の怪を、刃は寸分違わず一太刀で沈めた。


 百体を超える物の怪が目に見えて数を減らしていく様子を見て、道明は焦りを見せ始める。道明が焚き付けるように鼓舞するも、戦況は一向に好転しない。


「な、なぜだ! そんな脇差で……物の怪に傷を付けられるはずがない!」

「わしに斬れぬものはない。わしが握れば、どんな鈍物でも妖刀となる」


 道明の言う通り、妖力を纏う物の怪は特殊な製法で作られた妖刀のみでしか斬ることができない。一般的な刃物では、与えた傷が瞬く間に再生してしまうのだ。


 豪剣斎が天禰あまねの毒にやられたように、この世には剣術だけでは勝てない者が存在している。妖術、もしくは妖術を破る術がなければ、この歪な戦乱を戦い抜くことはできない。物の怪の妖力など、刃にとっては何の脅威にもならないのだ。


 物の怪は業を煮やし、斬られた身体を擦り合わせて合体していく。身体中から人体の四肢を生やした異形の化物は、合わさって一体の怪物となった。

 体長は目測で二十尺。このような巨体とは刃も戦ったことがない。


「いいぞ、物の怪ども。勝てば報酬は大きいぞ。殺し屋の矜持を見せてみろ!」


 物の怪が合体する様を見て、道明は得意になって息を吹き返している。


「殺し屋に矜持もクソもないだろう……。物の怪の分際で日銭を稼ぐとは、変わった奴らだ。修羅狩りに歯向かう愚かさも含めて、馬鹿の極みだ」


 刃は脇差を鞘に納め、精神を集中させた。居合の構えで、見上げんばかりの巨体に正対する。同時に妖力を増大させ、蜷局とぐろを巻いた殺意で物の怪を縛り付けた。


「狐坂道明よ、覚えておけ。修羅狩りはあるじの牙。そう易々と折ることは叶わぬ。幾ら束になろうとも、殺し屋風情に敗れるようでは……修羅狩りは務まらんのだ!」


 ――抜刀。鞘を走る刀身が音なき唸りを上げ、巨大な物の怪を両断した。


 黒の妖気を纏った斬撃を受け、物の怪は傷の再生ができない。苦しむように身体を蠕動ぜんどうさせた後、その身は塵となって霧消した。

 そうして次第に、周囲の瘴気が晴れていった。




「ひいいいいぃぃぃぃー!」


 物の怪の大群が刃に敗れる様を見て、道明は一目散に逃走した。しかし道明は恐怖のあまり、足をもつれさせて転んでいる。


 刃は易々と追い付き、腰を抜かして動かない道明の前に立ちはだかった。


「曲者だー! 出会えー!」

「無様だのう……。これが、わしの初恋か……忘れよう……」


 刃が道明を追って本丸御殿から出ると、曲輪くるわを埋め尽くすように大勢の狐坂兵が待機していた。その中には刺すような殺意を発する者が混ざっており、殺し屋が数多く紛れ込んでいることが考えられる。


「……むっ」


 否、ほとんど全てが殺し屋であった。雑兵とは違う異質な雰囲気を醸し出し、一目で殺し屋であると見分けられる。山賊、剣客、忍び衆。特に目立つのは、夥しい数の妖怪だ。宙を舞う百鬼夜行が群れを成し、夜空を覆い尽くしている。


 それぞれが腕に覚えがあり、殺し合いを興じてきた猛者達である。得意の凶器を見せびらかし、開戦の合図を待ち侘びているようだ。


 その中に、とんでもない大物も紛れていることを刃は見逃さなかった。


 正巳まさみ流剣術継承者。百人斬りを成し遂げた大剣豪――正巳立馬まさみりゅうま

 古今東西の武術を修め、素手で熊をも仕留める武闘家――朽木重信くちきしげのぶ

 戦いを求め、同業の殺し屋に手を掛ける狂気の奇術師――愚楽遊娯ぐらくゆうご

 戦国時代に暗躍していた忍、童魔忍軍の現頭目――童魔陽炎どうまかげろう

 日輪に伝わる妖怪集団、百鬼夜行の主――蟒蛇童子うわばみどうじ


 よくぞここまで集められたものだ。いずれも有力な殺し屋であり、一堂に会することなど有り得ない錚々たる面子である。


 彼らは個別で道明に雇われており、互いが協力関係にあるわけではない。しかし個人や組織に捉われず、共通の敵である修羅狩りに視線が向けられている。


 ――修羅狩りとは、殺し屋にとって災害と呼ぶに相応しい存在である。絶対に避けなければならない厄難として、先人から強く伝えられている。


 だが脅威であることのみが独り歩きをし、その存在は空想上のものと化している一面もある。戦えば死であるが故に、その実力を体験した者は多くない。


 そこで現れたのが、黒斬刃という異色の修羅狩りである。殺生をしない修羅狩りという異質な存在は、音に聞こえし伝説をその眼に映す絶好の機会であった。


 そう、彼らは黒斬刃の品定めとして集まったのだ。殺し屋を震撼させる修羅狩りとは、一体どれほどのものであるかを確かめるために。そうして集まった殺し屋は百を超え、あわよくばここで修羅狩りを仕留めてやろうという算段である。


 しかしほどなくして彼らは、その判断を後悔することとなる。

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