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修羅狩り刃  作者: 辻 信二朗
第三章 恋慕の行方

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第二十一話 真意

 蕭々(しゅくしゅく)たる晩春の夜。夜気やきが衣服の隙間を通り過ぎていく。


 刃はいつものように、道明の寝室で夜警に当たっていた。夜半の寝室で無防備な主君を御護りすることは、修羅狩りとして最も遣り甲斐を感じる時間だ。


 道明とは屏風びょうぶへだてて、いつもと同じく就寝前の談笑をする。刃はこの時間が好きだった。何気なにげない会話でも、道明は上手く話を繋げてくる。

 話題が一向に尽きず、いつも道明が眠りに落ちるまで会話を続けるのだ。


 刃が狐坂と契約してから、幸いなことに外敵の襲撃を受けたことは一度もない。

 それでも刃は油断することなく警戒を続け、万全の態勢で警備に臨んでいた。

 今日も綺麗な星空だ。きっと無事に朝を迎えられることだろう。


 ――ガタッ。


「え――」


 視界の景色が目まぐるしく変化していく。突然の出来事に理解が追い付かない。

 どうやら足元の床が抜けたようだ。宙に放り出され、刃は数秒の後に着地した。


 急いで目を暗闇に馴致じゅんちさせ、刃は周囲の状況を確認した。

 辺りはすすけて薄暗く、鼻が曲がりそうな異臭が漂っている。


「ここは……どこだ? わしは道明を護らねばならぬ!」


 契約者と離れてしまうことは、修羅狩りとして最も避けるべき事態だ。

 一刻も早く道明の元へと戻らなければならない。


 見上げると、落ちた床は塞がれている。まるで忍者屋敷のように、床がどんでん返しになっていたようだ。そんな構造があるとは、現在に至るまで知らなかったことである。夢か幻か。いずれにせよ、ここでほうけている場合ではない。


「くそっ、刺客か! 道明、わしが行くまで待っておれ! 絶対に死なせぬ!」


 現在地がわからない以上、天井を斬って脱出する他に道はない。

 大きく膝を曲げ、刃は跳躍ちょうやくの姿勢を取った。


「――!? な、なんだ!?」


 飛び立とうとしたのも束の間、刃の足首に冷やりとした何かが触れた。足元に目を向けると、人の形をした何者かが刃の足首をがっしりと掴んでいる。


 その正体を探るべくじっくりと目を凝らしたが、面容めんようを拝むことができない。なんとその者には、首そのものがなかったのである。


ものか……。なぜ、城の地下に……?」


「――僕が雇った殺し屋さ」


「――!?」


 刃は脊髄せきずい反射で振り向き、声の出所を見据えた。

 地下の中二階の見張り窓から、道明がこちらを見下ろしている。


「道明……? 無事か……よかった!」


 刃の安堵あんど他所よそに、道明は合図をするように手を挙げた。

 すると周囲から、おびただしい数の物の怪が姿を現した。瞬く間に場は瘴気しょうきで満たされていき、蠢動しゅんどうする異形の化物が刃に鋭い殺意を向けている。


「刃君、残念ながら物の怪は妖刀でなければ斬れない。君の持つ錆びた脇差では傷を付けることもできまい」

「……道明、何を言っている?」


 どうも様子がおかしい。道明は何かに取り憑かれたように顔を歪めている。


「まだ状況が理解できないのか? 君はここで死ぬんだ。修羅狩り」

「…………え?」


 刃は思考が停滞して固まった。そして、これは夢だと結論付けた。

 修羅狩りとしたことが眠ってしまったようだ。なんと不甲斐ふがいないことか。

 だとすれば、この幻覚を打ち破る方法を考えなければならない。


 刃は現実逃避に意識を割き、周囲の状況が見えなくなっていた。

 そろりと背後から近付く影に気付けないほどに。


「――くっ!」


 肩に激痛を感じて振り返ると、物の怪が刃の背にしがみついていた。物の怪の爪が肌に食い込み、吹き出す血液が衣服を赤に染め上げていく。


 鋭利な爪が皮膚を裂く感触。肉体の損傷による痛覚。これは夢ではない。

 痛みによって強制的に現実に引き戻され、刃の幻想は水泡に帰した。


「道明……どうして……?」

「まさかとは思うが、本気にしたというのか? 領主であるこの僕が、君のような乳臭いガキと婚姻しようなどと……」


 ここまで言われても刃は現状を受け入れられず、これが道明のたわむれである可能性を捨て切ることができなかった。


「う、嘘だ……嘘だと言え! いつものように笑ってみせよ!」


 だが道明の弁舌は変わることなく辛辣しんらつで、刃は衝撃の事実を突き付けられる。


「残念ながら嘘ではない! 君は僕に付きっきりだったから知る由もないだろうが、隣国五国は既に堕とした。皆殺しだよ。仕方がなかった、彼らは奴隷となることを拒んだのだ。もう有力な殺し屋との人脈も潤沢にある。後は遠方へ侵攻し、蹂躙じゅうりんするのみだ。この世は力が全てなのだ!」

「道明……」


 刃は悄然しょうぜんと立ち尽くした。視界が薄っすらとけてくる。


「尾鷹の民の生活を……保障すると言っていたのは嘘か……」


 大勢の人の死と、道明の裏切り。脳が受け入れることを拒否している。


「どうして……どうしてわしを殺す? わしが気に入らぬならば、契約を解除すればよかろう?」


 刃の縋るような声に対し、態度を豹変ひょうへんさせた道明は泰然たいぜんと答える。


「君が人を殺すことを忌避きひするからだ。僕の政治にはそぐわない。他国と契約されても面倒だ。殺したほうが手っ取り早い。ガキとの恋愛ごっこには疲れたよ」

「そうか……わしを好いてくれたのではなかったのだな……。全て偽りか……」


 刃は胸に手を当てて、ギュッと拳を握った。


「わしは……お主のことが好きであったぞ。地種では楽しい日々を過ごさせてもらった。もし恋人がいれば、こんな感じなのかと……。毎日、柄にもなくウキウキしておったのだ……」


 刃は零れた涙を指で払い、腰の脇差を抜き放った。少女の怒りに呼応するように、刃の身体から黒の妖気が漏れ出していく。


「残念だ。狐坂道明。修羅狩りとは何者か、とくと見せてやろう」

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