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修羅狩り刃  作者: 辻 信二朗
第三章 恋慕の行方

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第二十話 恋情

 狐坂と契約してから四箇月が経ち、刃は地種での暮らしにも慣れていた。すっかり暖かい気候となり、春の風が心地良く肌を撫でていく。


 毎日のように刃は道明に連れられ、各地に観光へと出向いていた。同行している刃の威光を盾に、道明は悠々と観光を楽しんでいる。

 遠方への外出要請には、過去の凄惨な事例を持ち出して断った。刃は修羅狩りとしての本業を怠らず、危険予知には余念がない。


 護衛のために道明に同行する刃だが、彼女自身も外出を楽しんでいた。

 領外を彷徨う悪漢は刃を見るなり、血相を変えて姿を消していく。世間知らずの浮浪者に出くわすことも多かったが、刃の鶴の一声で追い払った。


 時折道明が手を握ってくるので、刃は慌てて引き離す。こうした遊びが毎日のように行われており、刃の狼狽する姿を見て道明は呵々と笑っていた。

 

 刃と道明はしばらく歩き、二人は大きな一本桜が立つ小高い丘に腰を下ろした。

 刃に桜を見せたいと言い、道明に無理矢理連れられたのだ。花に興味はないと道明を突き放したものの、刃は桜の美しさに見惚れてしまっていた。


 花の観賞を楽しみながらも、刃は常に害敵への警戒を怠らない。そのせいで道明への注意が疎かになり、肩に手を回されていることに刃は気付かない。


 そうして刃は、道明にギュッと抱き寄せられてしまった。


「ちょっ、こら! やめぬか!」

「やはり可愛いな、刃君」

「……やかましいわ」


 刃の肩を道明はさする。こういった行為も、いつものことで慣れてしまった。


 かつて刃には兄がいた。辻斬りに殺された兄がもし生きていたら、道明のようになっていたのだろうかと刃は密かに空想していた。

 道明を兄に重ね、彼の戯れを受け入れている自分がいる。


「刃君……」


 道明は刃の顔を覗き込んだ。いつもの笑顔とは異なり、神妙な面持ちだ。


「僕は天下を取る。刃君にはずっと隣にいて欲しい。生涯しょうがい、僕を護って欲しい」

「し、生涯……? それって……」

「僕と……結婚してくれ!」

「えぇ!?」


 刃は赤面して顔を伏せる。いつも冗談を言って揶揄ってくる道明だが、今日の物言いは真剣であると刃は感じていた。こうして異性に言い寄られたことが初めてであり、刃はここまで男性と親密に接したこともなかった。


 かつてない欲望と感情が、刃の胸中を往来している。だが恋にうつつを抜かしている場合ではない。刃は道明の求婚を拒否しようと、必死に言葉を絞り出した。


「わしは……戦いしかできぬ……。恰好も小汚いし、道明の妻になれるような器ではない! わしは修羅狩りだ! 戦いの道具なのだ!」


 急な展開に焦るあまり、刃は思ってもいないことまで口走っている。

 慌てる少女の言葉を遮って、道明は刃を強く抱き締めた。


「僕は君がいい。永年契約を所望する」

「うぅ……」


 いつもはすぐに離れる刃だが、今日は道明を受け入れている。

 刃はもう、どうしたらいいかがわからなくなっていた。


「答えは急がないよ。落ち着いたら教えてくれ」


    ◇


 地種に戻ってからも、刃はずっと上の空だった。戦いしか知らない少女は、男性との懸想や結婚について想像すらしたことがない。

 道明は変わらずに話し掛けてくるが、刃は目も合わせられなかった。


「こんなわしでも、恋をしてもよいのだろうか……」


 いかに契約者を護るか、いかに敵を退けるかしか考えてこなかった刃だが、道明に出会ってからは無意識に身なりを気にするようになっていた。


 しかし自身の手を見ると、長年の戦いによる胼胝たこができている。

 考えなしに長く伸びた髪は、お洒落とは程遠い。がさつで上品とはかけ離れた自分に、若くして領主となった道明と釣り合うとは思えない。


 それでも道明は、そんな自分を受け入れてくれた。好意を抱いてくれた。

 刃はそれが嬉しかった。道明と結婚をすれば刃は一介の修羅狩りではなくなり、妻として道明を護ることとなる。刃には、その覚悟ができつつあった。


「刃君……? 嫌いな具材でもあった?」

「……すまん。ボーっとしておった」


 そういえば、今は食事中だ。雑念に意識を削がれては修羅狩りの名折れ。刃は本業を全うするために、とりあえず今は食事に集中しようと意気込んだ。


 このように思い悩んでいることを道明に悟られるわけにはいかない。邪念を払拭すべく、刃は湯呑に注がれたお茶を一気に飲み干した。


「刃君、それは僕のお茶……」

「――す、すまぬ! わざとではないのだ!」


 刃は誤って道明のお茶を飲み干してしまった。平静を装っても、全く落ち着けていないことが行動に現れている。だが失態はここで終わらなかった。

 湯呑を道明に返そうと伸ばした手が、茶碗に当たって味噌汁をぶち撒ける。


「あああっ!」

「ははっ、刃君は面白いなー」


 慌てふためく刃を見て、道明はおとがいを解いていた。

 刃は気まずさを誤魔化すために、茶碗の米を一気に掻き込んだ。

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