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修羅狩り刃  作者: 辻 信二朗
第三章 恋慕の行方

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第十九話 違約

 翌日の朝、刃は石垣を修繕する作業を手伝っていた。膠泥こうでいを塗った石を積み上げ、取り合い部分の目地をこてで丁寧に仕上げていく。


 五十名にも上る職人が同様の労作に取り掛かっているが、昨日よりも作業がはかどっていないようだ。一同は手を止め、ある人物に視線が注がれている。


 日輪に於ける武力の頂点――修羅狩り。伝説とも呼べる存在が一緒になって汗を流し、隣でせっせと作業をこなしている。この不可解な状況を目の当たりにした者は皆、刃に視線が釘付けになるのであった。


「刃さん……これも修羅狩りの仕事なのかい?」


 刃は疲労で歪んだ表情のまま、話し掛けてきた職人に向けて首を横に振った。


「いや、絶対に違う……違うのだ……。だが、断れなかった……。修羅狩りに肉体労働を頼む領主など、聞いたことがない……」


 前代未聞の依頼を受けた刃は、ぶつぶつと文句を零している。


「ははっ、本当に助かるよ」


 隣で道明も同じく作業を行っており、刃に向けて微笑みかけている。


 ――依頼を受けた刃は雑作業を断る口上として、道明も一緒に作業を行うことを条件に出した。契約者である道明を傍で護ることが最優先事項であり、修羅狩りとしてここだけは絶対に譲れないからだ。しかし道明がこれをあっさりと受け入れたため、刃はやらざるを得なくなったのである。


 仕方なく、刃は真面目に労働に勤しむことにした。想定が外れたが、周りで作業をしている職人の喜ぶ顔を見ると断り切れない。余談だがこての扱いが思っていた以上に難しく、築城にはこんなに手間が掛かるのかと思い知らされていた。


「ちょっと、刃君。膠泥こうでいがシャバシャバだよ。膠灰こうかいの分量が足りないぞ。配合はさっき教えただろう?」

「すまぬ、不慣れなもので。砂が六、膠灰が二、水が一……だったかのう」

「そう! しっかりと混ぜ合わせるんだよ!」


 斯様(かよう)な石垣の修繕方法は通常の手段ではない。積石(つみいし)の背後に小さな裏込石うらごめいしを詰めることが石垣の一般的な構造だが、地種が石灰石や酸化鉄といった〝膠灰(こうかい)〟の原料がよく採れる土地柄であるため、このような方法を取っているらしい。

 膠灰と呼ばれる粉末を、決められた分量の水、砂と混ぜ合わせることで〝膠泥(こうでい)〟となり、積石を張り付ける強固な接着剤となるのだ。


「……というか領主のくせに、お主はなぜそんなに遣る気満々なのだ?」


 道明は額に爽やかな汗を掻き、慣れた手付きで作業を進めていく。頭にはタオルを巻き、仕事に向き合う真剣な眼差しはどう考えても本職にしか見えない。


「元は貧乏な家で育ったからね。幼い頃に、家屋の修繕や築城工事の仕事を手伝ったことがあるのだ。左官さかん組積そせき、屋根のかわらきだってお手の物さ!」

「ほう、意外だのう。お主も平民上がりなのか。まぁ、名家はほとんどが狙い撃ちされて滅びたからのう」

「今度は僕が狙われないよう、刃君にはしっかり働いてもらわないとね!」

「任されよ。わしがいれば鬼に金棒だ」


 そうは言いつつも、石垣の修繕は想像以上に重労働だった。現在は冬であるというのに、作業を進めていくにつれて衣服には汗が染み付いていく。

 こまめに休憩をしなければ、疲労でぶっ倒れてしまうことだろう。慣れない刃にとって、こういった作業は戦いよりも体力を消耗するものであった。


 しかし戦争が起きれば、こういった建造物は破壊されていく運命にある。築城の作業工程を知っていれば、安易に物を壊そうなどとは考えないはずである。

 建物を平気で壊していく者への怒りが込み上げると同時に、自分が修繕に携わった石垣を護りたいという不思議な意識が刃の中に芽生えていた。熱で頭がやられたのだろうかと自分を疑いながら、刃は黙々と修繕作業を続けるのだった。

    

    


 しばらく作業を続けていると、怪しい浪人が近付いてきた。童子どうじの能面を被り、表情が見えない。長年の勘により、刃は男が殺し屋であると一目でわかっていた。


「――止まれ」


 刃は左官鏝さかんごてを置き、怪しい男の前に立った。


「……道明よ、こんなに容易く殺し屋の侵入を許すとは、門番はおらんのか?」


 刃は能面の男に殺意をぶつけて威嚇し、道明に一言の質問を添えた。

 しかし道明から飛んできた返答は、及びもつかないものだった。


「よう、お疲れ様!」


「――は!?」


 道明は軽口で挨拶をして、能面の男に巾着袋を放り投げた。

 能面の男は受け取った巾着の中を確認し、懐に仕舞い込んでいる。


「刃君、驚かせてすまない。彼は僕が雇った殺し屋だ。昨日の夜半に、隣国の《尾鷹おだか》の領主を討ってくれた。後は我々で攻めれば尾鷹を沈められる」


「…………」


 道明の手際の良さと、平然と侵犯を行使する胆力に刃は寒気がしていた。


 能面の殺し屋は何も言わずに去っていく。その背中を目で追いながら、刃は修羅狩りの規約を思い出して道明に向き合った。


「ちょ、ちょっと待つのだ! 道明よ、修羅狩り契約に於いて、殺し屋と関わることは規約違反だ。契約は今日で打ち切りにさせてもらう!」


 修羅狩りは殺し屋の雇用をき止め、その存在を排除すること目的に活動している。規約上、修羅狩りとの契約中に殺し屋を雇うことは許されない。


「えぇ!? そんなこと聞いていないよ! そういうことは初めに言ってもらわないと! もう二度と殺し屋とは関わらない! それで許してよ! ね?」

「お主……正気か……?」


 刃は頭を抱え、新興勢力であるが故の無知さを嘆いた。


「こんなことは常識かと思っておったが……。まぁ説明を怠ったわしの落ち度か。今回は大目に見よう。金輪際、殺し屋とは関わるな」

「ありがとう! 刃君がいないと僕は生きてはいけないからさ!」

「調子の良いことを言いおって……」


 道明は家臣に指示を出し、尾鷹へ兵を送り込む手筈を整えている。


 人は見かけによらないということを刃は実感していた。軽薄そうな男だが、これでも一国の主だ。国取りの一戦を征し、この乱世で頭角を現した傑物けつぶつなのだ。


「道明、お主は行かないのだな」

「当然だよ。領主が戦場におもむくなんてとんでもない。むざむざ殺されに行くようなものだ。かつての戦国時代とは違うのだよ」

「そうか、なるほどのう。……して、尾鷹はどうなる? まさか、皆殺しか?」


 侵攻が和平を遠ざける行為であると刃は確信している。

 兵を送り込む道明に対して、刃はどうしても心情を聞きたかった。


「そんなことはしないさ。降り掛かる火のは払うが、尾鷹は領主を失ったことでもう戦意はないだろう。狐坂軍に吸収合併さ。かつての敵にも土地を与え、生活を保障する。そうして領地を広げていくことで、天下統一を目指すのさ!」

「ほう、ただの侵略ではないのだな。気に入った」


 またも神都の再現が行われるかと心配したが、杞憂きゆうに終わったようだ。


「して、道明。家臣と同じ色のはかまを着ているのはなぜだ?」


 往々にして領主は派手で立派な束帯を召していることが多い。道明が着用している地味な袴は領主には似合わず、面識がなければ雑兵と勘違いしてしまいそうだ。


「こんな小国で偉そうにしていたら滑稽こっけいだろう? それに、現在のご時世にわざわざ領主が目立つのは愚の骨頂だね。戦場に行かない理由と同じだよ」

「なるほど。さといな」

「どうもー」


 播宗も神都も、どこかの勢力に滅ぼされてしまった。殺戮さつりくを許さない刃にとってしてみれば、仕える主は平和主義者を選びたい。その点で道明は優れている。

 道明の近侍きんじとして仕える人生も、悪くないと刃は考えていた。

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