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修羅狩り刃  作者: 辻 信二朗
第三章 恋慕の行方

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第十八話 夜警

 領内は広く、全てを見て回ると夜になっていた。


 本丸御殿の一室にある道明の寝室で、刃はこれから旦夕たんせき怠らず夜間の護衛を行うのだ。夜は殺し屋が動く絶好の時間帯であり、修羅狩りとしての本領を試される。

 夜通し一瞬たりとも気を抜くことができず、当然眠ることは一切許されない。


 道明が眠る布団から屏風びょうぶを隔てて刃は座り、いつものように目を閉じて夜間の警戒態勢に入った。修羅狩りを始めたての頃に体得したこの作法で、刺客の存在を見抜けなかったことは一度たりともない。

 この場にいない詩音に手本を見せるかのように、刃は極度の集中を保ち続けた。


「……刃君、そこにいるか?」


 道明の小さな声がした。


「……どうした?」

「こちらに来て……一緒に寝てくれないか?」

「――はぁっ!?」


 思いも寄らぬ道明の要求に驚き、思っていたより大きな声が出てしまった。


 声量を反省するように口を掌で塞いでいると、刃は何者かに手首を掴まれた。

 振り向くと、道明の手が刃に向かって伸ばされている。いつの間にか彼は目の前まで接近しており、力を込めて刃をグッと引き寄せる。


「刃君と話がしたい。こっちに来て欲しい……」

「ななな、何が目的だ!? 話ならここでもできるだろう!?」

「契約者である僕の言うことが聞けないのかい?」

「一緒に寝るなど……修羅狩りのすることではない! わしは――」


 言下げんかに言葉を遮って、道明は刃を力強く抱き締めた。


「――ど、どど、道明!?」

夜伽よとぎを求めているわけではない。刃君、少しだけ傍にいてほしい」

「む、むう……」


 経験したことのない事態に、刃は頭の整理が追い付かない。

 道明に悪気や下心がないことを信じて、刃は手を引く道明についていった。


    ◇


 既に枕が用意されてあったので、刃は道明に背を向けて横臥おうがした。


「布団で横になるのは久々だ……」


 ボソッと呟いた刃へ、道明から掛け布団が被せられる。


「修羅狩りは大変だね。刃君、今日は普通に眠っていいよ。番兵の配置は万全だ」

「……できるわけがなかろう。そういった気の緩みが不測の危機を招くのだ。わしは睡眠を取らずとも支障はない。気遣いは無用だ」

「真面目だね。刃君はどうして修羅狩りになったの?」

「わしは……」


 道明の質問に、刃は両親の顔を思い浮かべた。


「わしは、殺し屋が蔓延はこびる世を変えたいと思って修羅狩りとなった。きっかけは父上の影響だ。父上のように、己の剣術を以て人々を助けたかった。父上は……立派な修羅狩りだった……」


 刃は消え入るように言葉尻をすぼめていた。


「修羅狩り……だった……?」


 道明は刃の機微を感じ取り、その真意を静かに尋ねる。


「ああ。わしが八つの時に、父上は突然行方をくらませた。父上が戦いで敗れるとは思えぬが、望みは薄いのだろうな……。どこかで生きておるかもしれぬが、一切の音沙汰がないのだ……」

「そうだったのか……」


 道明は刃の身を案じるように、目の前で横になる小さな背中を撫でた。


「僕は刃君の身が心配だよ。殺し屋が猛威を振るう昨今、いつどこで首を狙われるかわからない。刃君が強いことは聞き及んでいるが、もっと強い者が目の前に現れてもおかしくない世の中なんだ。己の実力が最強である確信でもなければ、修羅狩りなんて遣る気も起こらないはずだろう?」


 幼い少女が修羅狩りの任に就いていることを道明は気に掛かっているようだが、それはあまりにも見当違いである。

 掛けられた心配事を払拭するように、刃は堂々と道明の発言を否定した。


「……ふっ、わしを侮るな。戦闘についての憂慮ゆうりょは一切ない。九つの時に初めて修羅狩りとして活動を始め、父上から授かった心得を以て当時からわしに敵う者はおらぬ。当たり前だが、修羅狩りは最強でなくてはやっていけぬのだ」

「九歳……その歳で百戦錬磨か。恐ろしいな。こんなに可愛らしいのに……」


 刃の背中と、道明の胸がそっと触れた。気が付くと道明はすぐ傍まで近接しており、背を向ける刃に対して背後からギュッと抱き寄せられる。


「おい、いい加減にしろ!」

「…………」


 刃が振り返ると、道明は静かに寝息を立てていた。


「本当に調子が狂う……。まったく、こ奴は……」


 刃の人格に対して、ここまで踏み込んできた契約者は彼が初めてである。もし彼が寂寥せきりょうを感じているなら、話し相手ぐらいはしてやろうと刃は思った。

 彼は道化を演じているようには見えず、お調子者だが悪い奴ではないだろう。


 道明の腕が身体に絡んで離れないため、仕方なく刃はそのまま目を閉じた。


 当然ながら眠ることはせずすべからく周囲の警戒を続けたが、不思議と胸の鼓動が高鳴り、刃はあまり集中ができなかった。

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