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修羅狩り刃  作者: 辻 信二朗
第二章 間尺に合わねど是非もなし

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第十五話 招待

 話し込んでいる内に、二人は刃の家に前に着いた。


 留守中に荒らされることのないよう、刃の家は巧妙に隠されている。河川敷の傍、落葉の積もった場所に足を踏み入れると平屋の家屋が姿を現した。


「ここがわしの家だ。あばら家だが上がっていけ。これからは、ここをお主の拠点にして構わぬ」

「本当ですか? ありがとうございます! 早速お邪魔します!」


 家に入ると、かぐわしい木の清香せいこうが漂ってきた。刃はこの香りを嗅ぐと自宅の安心感と共に、任務の反省が頭をよぎるため複雑な気分になる。


 中は一切飾り気のない八畳一間の和室である。修羅狩りの主戦場は契約者の領内であるため、自宅を彩る必要はない。腰の脇差を下ろすと、刃は台所に立った。


「詩音、腹が減っておるだろう? わしの手料理を振る舞ってやろう」

「やったぁ! お腹がペコペコです!」

「ふふっ、座っておれ」


 刃は慣れた手付きで調理を始める。

 麺を茹でて水を切り、あっという間に料理を完成させた。


「ほら、できたぞ」

「えぇ!? 早いですね! わたし、まだ座ってもいないですよ!」


 刃が運んできたのは冷や蕎麦だ。机に皿を並べ、得意げに鼻を鳴らしている。


「美味しそうですが……冬なのに冷や蕎麦なのですね……」

「すまぬが、わしはこれしか作れぬ。おかわりは幾らでもあるぞ」


 運ばれてきたのは盛られた麺と麺汁めんつゆのみで、ねぎなどの具材は一切ない。質素な食事だが、麺の瑞々(みずみず)しい光沢を見る限り湯切りの時間が完璧なのだろう。


 詩音はふと台所に目を移した。寝具しかない質素な居間とは異なり、台所の道具が異様に充実している。ここがまるで料亭であるかのように。


「あの……台所にある大量の調理器具は刃の物ですか? もしかして、誰かと一緒に暮らしているのですか?」

「察しがいいな。あれはわしの物ではない。たまに遊びに来る友人の私物だ。機会があれば紹介しよう。名は雫玖しずく。同郷の修羅狩りだ」

「そうですか! また、いつかお会いしたいです!」


 刃の他にも同胞がいると知り、詩音は心を昂ぶらせた。


 ――修羅狩りは孤独であり、常に不安との戦いである。

 人生を懸けた己の奮闘など、一過性のものであるのかもしれない。もしかしたら、現存する修羅狩りは自分だけである可能性だってあるのだ。そういった不安を押し殺して、彼らは孤独に邁進している。同じ志を持つ者の存在は、暗闇に差す一筋の光なのだ。数が多いほどに力を増し、やがては夜を照らす太陽となるだろう。


「お聞きしたいのですが、修羅狩りは日輪にどれくらいの数がいるのですか?」


 修羅狩りの規模感を知るべく、詩音は期待を持って刃に尋ねる。


「さぁのう……。わしは四人しか知らぬ。わしと雫玖と詩音、それから佐越に一人。他にも修羅狩りはいると信じておる。日輪は広いからのう」

「……そういうものですか」


 考えていた以上に数が少なく、詩音は肩を落とした。とはいえ、これは刃の知り合いの数である。この他にも大勢の修羅狩りがいて不思議ではない。


 刃も日輪にどれだけの修羅狩りがいるのかを把握していない。出会う機会がほとんどないため、風の噂でしか同僚の存在を認知できないのだ。


 己が最後の修羅狩りとなろうとも、抗うことをやめるわけにはいかない。他の地域では、同様の不安の中で戦っている者がいるかもしれないのだから。

 悲願を為すに当たり、修羅狩りが独りでできることなど高が知れている。どれだけ強くとも、護れる人は唯一人。及ぼせる抑止力も一国までなのだ。

 多くの人が修羅狩りの思想に賛同し、戦争を排除する動きを進めなければならない。同胞の活躍を期待し、いつか日輪に平和が訪れると信じて――。


 湯呑に茶色の液体が注がれたので、詩音は何の気なしに口を付けた。お茶だと思っていた液体に酸味を感じ、詩音は口に含んだ液体を吹き出してしまった。


「ぺっ、ぺっ! これは何ですか!? まさか毒ではありませんよね!?」

麺汁めんつゆだ。苦手なのか? お茶がよかったのか?」

「当たり前でしょう! 麺汁は湯呑に注いで飲む物ではないでしょう!?」

「……そうなのか? 美味い上に、少量でも塩分を補給できる優れものだぞ」

「麺汁を飲み物に分類しないでください……。蕎麦を麺汁に付けて食べた上に、更に飲み物として摂取しようというのですか……。あなたの味覚がおかしい理由がわかりました……」


 詩音はのどうるおすべく、自分で注いだお茶を一気にあおった。塩分過多によって砂漠と化した喉が蘇り、大きく安堵の吐息を漏らしている。


 文句を言いながらも、詩音は蕎麦に舌鼓したづつみを打った。刃が茹でた蕎麦が気に入ったようで、健啖けんたんな詩音は凄い勢いで食べ進めた。

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