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修羅狩り刃  作者: 辻 信二朗
第二章 間尺に合わねど是非もなし

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第十四話 経緯

    ◆


 ――一年前、詩音は蛭間組と呼ばれる殺人集団に所属していた。

 出生と同時に両親を亡くした詩音は偶然にも蛭間という男に拾われ、図らずも殺し屋稼業に身を投じることとなったのだ。


 頭領の蛭間は十三年前、片田舎の大名に仕えていたしがない警備兵であった。

 世界が本格的に移ろいをみせた倒幕直後、彼は我先にと路頭に迷った浪人を掻き集め、殺し屋集団――蛭間組を結成した。


 時代柄、殺しに手を染めることは仕方がなかったことなのかもしれない。

 戦乱を生き抜くには、殺しこそが金を生む最大の手段であるのだから。


 小さな依頼をコツコツと請け、蛭間は貧しくも生計を立てていた。それから少しずつ組織を拡大させ、蛭間組は最大で五十名ほどの規模となったという。


 詩音は殺しの技術を教わる中で、次第に頭角を現していく。類稀なる天稟てんぴんを発揮し、我流の剣術を以て他流派の実力者を圧倒していた。


 詩音の年齢が九つとなった時には、組の中に相手となる者はいなかった。ところがその実力の高さが重宝されたことは一度もなく、任務が与えられることもなかった。


 組員の武器の手入れ、食事の用意、寝床の掃除など、雑用が詩音の主な仕事だった。蛭間はまだ子どもである詩音を大切にしているかのように装い、戦いとは無縁の仕事を少女に命じ続けていた。

 蛭間はかしらとしての体面を優先し、詩音に侮られることを恐れていたのだ。


 詩音は生まれつき耳が良く、微細な音を聞き分けることができた。《神楽詩音》という自身の名を知ったのは、出生時に呼ばれた名を記憶していたからだ。


 その異常聴覚は他人の機微をも読み取り、組の仲間が自身を恐れていることを悟っていた。それでも詩音は育ててくれた恩を何とか返そうと思い、いつか役に立てるよう牙を研ぎ続けた。




 ――それからしばらく経って、詩音は十二歳となった。詩音にとっては穏やかな日々を過ごしていたが、彼女の将来を左右する出来事が起こってしまった。


 遂に蛭間が、詩音に任務を与えたのだ。その内容は、《芝縄しばなわ》という地の領主の暗殺。初の任務を与えられ、詩音は意気込んでいた。


 蛭間組では任務の際、総員で力を合わせることが通常だが、どういうわけか詩音は単独での遂行を命じられることとなる。

 単独任務であることに疑問を持ったが、詩音は信頼の裏返しだと信じて疑わなかった。仲間に喜んでもらおうと、純粋な気持ちで任務に挑んだ。


 しかし、この任務を為すことは不可能だった。

 芝縄は〝修羅狩り契約国〟だったのだから。


 修羅狩りに手を出すことは暗黙の禁忌きんきとされており、むざむざと挑むなど莫迦ばかの所業。自殺志願者だと嘲笑ちょうしょうされるほどの愚行である。


 そんな無理難題に対し、雇い主は莫大な報酬を用意していた。蛭間は大金に目が眩むと同時に、ある計画を実行に移すべくその依頼を請け負ったのだ。


 殺し屋にとって修羅狩りとは、天敵ともいえる目障りな存在である。なんとか報復する方法はないかと、蛭間は日々考え悩んでいた。


 そこで蛭間は、詩音にその役を押し付けたのだ。詩音の実力は蛭間組で随一であり、修羅狩りに一矢報いる可能性があると蛭間は睨んでいたからだ。


 詩音が修羅狩りを討てば、それでよし。だがこの任務には、裏の思惑があった。手に余る化物である詩音を、修羅狩りに処理させようと蛭間は企図していたのだ。


 蛭間は任務についての説明を詩音に行ったが、修羅狩りの存在を告げなかった。


 何も知らされず、単身で芝縄城に潜入する詩音。今任務では仲間の支援を得られないため、長居は無用だ。早々に終わらせる予定であったが、そこに立ちはだかったのが黒髪の少女である。こうして詩音と刃は、図らずも出逢うこととなったのだ。


 結果は詩音の完敗だった。詩音は全力を以て修羅狩りに挑んだが、手も足も出なかった。手心を加えられているとさえ感じていた。一体誰が彼女に打ち勝てるのか、鍛錬では越えられない壁をまざまざと見せ付けられた。


 敗北を認めて死を受け入れたが、修羅狩りの少女は詩音を殺さなかった。

 牙を剥いた暗殺者をどうして殺さないのか、その真意を探るために詩音はおのが異能で相手の心を覗き見る。


 ――少しして詩音は、涙と共に顔を上げた。


 彼女の心音はまるでなぎのように、よこしまな雑音が聞こえない。圧倒的な強さを有する修羅狩りだが、その心には一切の濁りがなかった。少女の心は純粋な闘気に満ちており、主を護るという使命を果たすために全力が注がれていたのだ。


 そうして詩音は彼女に憧れ、殺し屋から足を洗うこととなる。芝縄から逃げ帰った詩音は、蛭間組の本拠地には戻らなかった。

 その後に手探りで修羅狩りを志し、鷲見すみの門を叩くのだ。


    ◆

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