表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
修羅狩り刃  作者: 辻 信二朗
第二章 間尺に合わねど是非もなし

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

14/71

第十三話 和睦

 険しい山を越え、沢の下流まで辿り着いた二人は河川敷を歩いていた。刃は自宅に向かって歩を進めているが、どういうわけかいつまでも詩音はついてくる。


「……詩音、いつまでついてくる? お主の家はどこだ?」

「わたし……家がないのです……」

「そうか……わしの家に来るか?」

「……いいのですか? ありがとうございます。本当に助かります」

「そんなことなら、先に言ってくれればよかろうものを……」


 雇われた修羅狩りは契約者の領地に住まうこととなるが、彼らとて永久に契約があるわけではない。野良となった時のためにも、帰る場所がなくてはならないのだ。身着みきままで生きる詩音を案じて、刃は自宅へ連れて帰ることにした。


 そうと決まれば、刃は詩音のことを知りたい欲望に駆られていた。

 詩音とは過去に一度対戦したのみで、実は素性をよく知らない。先ほども詩音のことを現役の殺し屋であると疑い、腕尽くで捩じ伏せたところなのだ。

 ちょうど会話の種もなくなってきたところで、話題としても丁度いい。


「詩音、お主について、もっとよく知りたい。色々と聞いてもよいか? 何、尋問をしようってわけじゃない」

「ええ、何でも聞いてください。後ろめたいことは何一つありませんから」


 現在は誰でも修羅狩りを名乗れる時代であるため、領主は慎重にならざるを得ない。間違っても、自国を破滅に導く兇徒きょうとを招き入れるわけにはいかないからだ。


 元殺し屋である詩音だが、彼女は既に鷲見との契約に至っている。そこにはたゆまぬ努力があったのだろうと推察できる。

 事前情報として個人を信用されなければ、契約は到底成り立たないのだから。


 刃はとりあえず、当たり障りのないところから聞くことにした。


「修羅狩りを始めて、どれくらいになる?」

「神都の鷲見が初めてです。鷲見が新米のわたしとの契約に踏み切ったのは、恐らく鷲見の国勢が頽廃たいはいしていたからだと思います……。お陰で働くことができましたが、十全な成果を上げられたとは言えませんね……」


 詩音は神都での失態を思い返し、悄然しょうぜん項垂うなだれている。初任務があの惨状では、心の傷も深いことだろう。早速地雷を踏んでしまったと、刃は軌道修正を試みた。


「そう自分を卑下するな。初の任務にしては、よくできておったぞ。犠牲が出た以上、褒めるだけに留めることはできぬが……そうして人間は強くなっていくのだ。お主の今後の働きが、日輪を照らすこととなろう」

「はい……頑張ります……」


 やはり詩音は、神都での事変で心を痛めているようだ。

 無理もない。あれほどの動乱で平然としていられる者はいない。


 しかし、修羅狩りはこういった場面に立ち会うことがある。

 中には一度の失態で心を砕かれ、辞めてしまう者もいることだろう。


 現代の修羅狩りは独立不羈どくりつふき。誰かに強制されるものではなく、誰にでもできることではない。自ら命を差し出し、抗い、苦難を乗り越えていかなければならない。

 常に戦いに身を置き、常に危険に曝され、生涯を通じて勝ち続けなければならない。相応の覚悟を要求され、決して常人に務まる稼業ではない。


 それに、修羅狩りとは金策でやるものではないのだ。この世で護衛を請け負うなど、実際は時間と労力に対する対価が全く見合っていないのだから。


 修羅狩りを名乗ることは、まさに狂気の沙汰であるといえよう。

 彼らは世界平和などと、常軌を逸した夢を掲げる狂った人種なのだ。だが自ら狂うことができる者がいなければ、天下泰平への道は永久に開かれない。


 詩音は低賃金ながら、意欲的に職務を遂行していた。契約者を護り抜いた詩音は尊敬に値する。これは慰めではなく事実だ。詩音の修羅狩りへの転向を、刃は心から喜んでいた。過去に戦った時から見込みがあると思っていたのだ。


 刃は再び気を取り直して、詩音に対する賞賛を送った。


侠気きょうきこそが修羅狩りの意義だというのに、報酬を下げてまで契約をする者は少ないと聞く。己を安売りすることを善しとするわけではないが、お主は偉いぞ!」

「……ありがとうございます」


 刃が彼女の志をよみすると、暗い表情だった詩音の口角が微かに上がった。

 その心境の変化にホッとしながら、刃は続いて聞いておきたい事柄を質問する。


「言いたくなければ答えずともよいが、詩音はどうして殺し屋をやっていたのだ? お主を見ていると、殺しに手を染める輩だとはどうしても思えんのだ」


 切り込んだ刃の質問に少し目を瞬かせたが、詩音は淀みなく答えた。


「わたしは孤児です。両親の記憶はありません。物心がついた時には、殺し屋が運営する施設で育てられていました」


 当時の記憶が辛いものなのか、詩音は胸元の襟をギュッと握っている。

 少しの間を置いて、詩音は言葉を続けた。


「拾われたのが殺し屋だというのは不運でした……。ですが、殺し屋が育ててくれなければこうして生きられてはいません。殺しの所業を容認することはできませんが、彼らには感謝しています」

「そうか……お主も、この戦乱の犠牲者なのだな。立派に大きくなったものだ」

「はい……。どうして、殺しを稼業とする者が存在してしまうのでしょうか?」


 詩音の質問に刃は空を見上げ、厳しい世相に歎声たんせいを漏らした。


「現代には殺生を取り締まる機関がない故、殺し屋の需要が絶えることはないだろう。他国を攻落するには、殺し屋を雇うのが手っ取り早いからのう……。度し難いが、殺し屋が増えることは現在の日輪では摂理だといえるだろうな。……だが殺し屋の存在を認めてしまうと日輪に未来はない。殺し屋と修羅狩りによるいたちごっこを続けていては、いつになっても犠牲者は増すばかりなのだ……」

規範(きはん)を作るためにも、日輪を束ねる者の存在が必要なのですね」

「それしかあるまい。現在のような無政府状態では、和平など実現するはずがない。各地の領主がやっている〝自治〟などという当座(とうざ)(しの)ぎではなく、日輪には絶対的な権力を持つ統治者が必要なのだ。国同士が好き勝手に潰し合いをしておる場合ではない。手を取り合い、(みな)が仲良くせねばならぬ。理想論だと断じる者もおるだろうが、理想なくして和平は有り得んのだ!」


 刃の言葉には感情が乗せられ、無意識に語気が強くなっていた。

 刃に宿る意志の強さを感じ取り、詩音は拳を握って大きく頷いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ