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修羅狩り刃  作者: 辻 信二朗
第二章 間尺に合わねど是非もなし

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第十二話 疑念

 城に残された者達で力を合わせ、亡くなった鷲見の民を埋葬した。

 木の枝で作られた墓標が神都の領内を埋め尽くし、その数をみると惨劇の規模におののかされるばかりである。


 鷲見軍で生き残った者は皆、神都を離れる決断をした。

 根拠地を失った者に明日を生きる光明はなく、刃の計らいにより彼らは佐越の城下町に住まうこととなったのである。佐越に家を構える刃は、当国の領主と繋がりを持っている。こうして行き場を失った者の身を案じ、刃は佐越へと連れて行くのだ。佐越の領主はいつだって友好的で、刃の頼みを快く受け入れている。


 領地を手放した鷲見は、刃、詩音との修羅狩り契約を解除した。お役御免となった刃と詩音だが、二人は護衛として佐越まで同行することを申し出る。

 何せ石塁の外は地雷原に等しい無法地帯なのだ。いくら鷲見兵に剣技の心得があるとはいえ、無為に出歩けばどうなるのか火を見るより明らかである。


 そうして無事に、鷲見の一行を佐越に送り届けることができた。

 刃と詩音は報酬を断ったが、景吉は二人に五貨鈔の銅貨を握らせる。

 そして景吉は泣きながら礼を言い、刃と詩音の出立を見送るのだった。


 此度こたびの事変により、刃は現代に於ける修羅狩りという形態の脆弱性ぜいじゃくせいを思い知らされた。領主を護れたとしても、領民が犠牲となってしまっては元も子もない。修羅狩りの存在が抑止力として働かなければ、存在意義を問われてしまうのだ。


 組織で役割を分担していた幕府の時代とは異なり、現代は一個人で国の死活を背負っていると言っていい。現在従事している修羅狩りは、全てを理解した上で途方もない任務に挑んでいる。幕府の頃とは比較にならない難度だが、失態の言い訳にはならない。遣り切れない気持ちが、徐々に二人の心を曇らせていった。


    ◇


 佐越に一行を送り届けた刃と詩音は、山中にある佐越城から下山しているところであった。神都で多くの犠牲を出してしまったことで、二人の足取りは重い。


 しばらく沈黙が続いた後、刃は詩音に話題を切り出した。


「……詩音、神都に勤めて何年になる?」

「ええと、四箇月間です」

「その間、神都に怪しい者はいなかったか?」

「それは……わかりません。わたしは常に佳光様の傍にいましたから。城内の家臣とも、ほとんど顔を合わせていないのです……」

「そうか……」


 周囲に人気がないことを確認すると、刃は詩音を捕らえて地面へ押し倒した。

 刃は詩音の上で馬乗りとなり、抵抗ができないよう動きを封じ込める。


 刃による早業、そして突然の出来事に詩音は動けなかった。


「うぐっ! や、刃!? 何を――!?」

「詩音……少しでも動けば、お主の頸動脈けいどうみゃくを切り離す。神都での惨禍さんかがお主の手引きではないことを、今ここでわしに証明してみせろ」


 詩音の首元に、刃は脇差の鋒鋩ほうぼうを突き付けた。刃の瞳に情はなく、残忍な眼光で詩音を睥睨へいげいしている。刃から漲る殺意は本物であり、児戯じぎたぐいではない。


 心に引っ掛かる違和感の正体を、刃は確かめなければならなかったのだ。


「わ、わたしを疑っているのですか!?」 

「……殺し屋は修羅狩りを避けるために、狙う相手を慎重に見定める。わしが景吉の外出に同行した日に神都は襲撃を受けた。……これは偶然か?」

「わ、わたしもおかしいとは思っています……。神都に密偵がいたのではないかと……。その密偵が……まさかわたしだとでも言うのですか!?」

「真っ先に疑うべきだろう。蛭間組ひるまぐみの殺し屋――神楽詩音。鉄砲玉だったお主が、よもや現役であったとはのう……」

「――――!」


 詩音の表情は歪み、声にならない吐息を漏らしている。


 以前に刃と詩音は戦いの場で対峙しており、彼女が殺し屋であったことは紛れもない事実である。刃は詩音の修羅狩りへの情熱に感心していたが、こうして事件が起こってしまった以上は少女の過去を捨て置くことはできない。


「刃、信じてください! わたしは殺し屋から足を洗いました! 今回の事件に、わたしは関与していません!」


 刃に疑いを掛けられた詩音は、その疑念を真っ向から否認した。

 詩音の弁明に耳を貸さず、刃は少女の首を目掛けて脇差を振り上げる。


「信じられるものか! わしはこれまでに、何度も他人に裏切られてきた! ……それにしても、殺し屋のくせによく修羅狩りとして契約まで漕ぎ着けたものだ。既に足を洗ったと信じていたが、そうではなかったのだな……。わしをたばかりおって……。あの日……お主を殺しておけばよかった!」


 詩音は目を瞑り、目尻からは涙が零れている。

 刃は脇差を振り上げたまま、瞑目して動かない詩音に真意を問うた。


「……なぜ、抵抗をせぬ? お主の妖術であれば、この状況を脱せるはずだ」

「……信じてもらえないなら、わたしには疑いを覆す手段がありません。わたしは、あなたに殺されるのであれば本望です。わたしは……あなたのようになりたかった。武運を祈っています。……どうかこの戦乱の世に、和平を齎してください」


 詩音は脱力しており、諦めたように澄んだ目をしている。己が間諜かんちょうであったと白状するわけでもなく、あくまで純粋な修羅狩りであるという姿勢を崩さない。


「――殺し屋風情(ふぜい)が! 好き勝手を言うな!」


 刃は裂帛れっぱくの怒号と共に、脇差を詩音に向けて叩き付けた。


    


 刃の振り下ろした斬撃は、地表に大きな創痍そういを刻み込んだ。地面を震わすほどの衝撃を感じた後、数秒の間を置いて詩音はゆっくりと目を開けた。そして自身が生きていることに驚き、目を瞬かせる。刃は斬撃を詩音から外したのだ。


 刃は魂を抜かれたように、またがっていた詩音の胴から腰を上げた。仰向けで横になる詩音の隣で両膝を抱いて座り、刃は自身の膝頭ひざがしらに顔をうずめている。


 詩音は刃の拘束から解かれ、戸惑いながら身体を起こした。


「刃……どうして? わたしを信じてくれるのですか?」

「……わからぬ。だが確証もない以上……お主が元凶だと決めつけることはできぬ……。わしも、何を信用すればよいのかがわからないのだ……」


 ここまで取り乱す刃を、詩音は見たことがない。

 心配した詩音は、刃の小さな背中をそっと擦った。先ほどまでの鬼の形相からは想像ができないほどに、目の前の強き少女は疲弊ひへいしているようだ。


 刃は胸に手を当てて、なかなか整わない呼吸を抑えながら胸襟きょうきんを開いた。


「……無秩序な世柄に於いて、領外で信用される者は修羅狩りだけだ。信用を失えば修羅狩りは存続できぬ……。修羅狩りがいなくなれば日輪は再興できない……。現在の日輪は修羅狩りによって、間際まぎわ均衡きんこうが保たれておる……。修羅狩りは……この地獄の最後の砦なのだ……」


 刃は荒れた呼吸により訥弁とつべんで、何とか言葉を紡ぎ出していた。


「刃、呼吸が荒いです。身体を酷使こくししているのではないですか? わたしもあなたの力になりたいです。わたしだって修羅狩りになったのですから」


 詩音の温情に、刃は徐々に落ち着きを取り戻していった。

 不用意に取り乱してしまったと反省し、刃は詩音に向き直る。


「……疑って悪かった。詩音、頼りにさせてもらうぞ」

「はい!」


 ――そうして二人の一騒動が幕を閉じたのも束の間、どこからか人間の気配を感じると共にガサガサと草木を掻き分ける音が聞こえてくる。無遠慮な足音が少しずつ近付き、二人の前に小汚い恰好をした男の集団が現れた。


「大きな音がしたが、何かあったのか? お、可愛い娘だな! 親はどうした?」


 二人の少女を見るなり男達は上機嫌に表情を緩ませており、退路を断つように刃と詩音をぐるりと取り囲んだ。


「ただの捨て子だろう。俺は黒髪のほうを貰う。茶髪はお前らにやるよ」

ずるいなぁ旦那。まぁいいや。お嬢ちゃん、おじさん達についてきな」


 男達は刃物を見せびらかし、野卑やひな白い歯を零して近付いてきた。その醜悪な表情には品性の欠片もなく、下卑げびた欲望を隠す様子もみられない。


 ここは佐越の領域であるが、城から遠く離れており管理が行き届いていない。

 深い山林に目撃者などいるはずもなく、これまでもこうして知られざる事件が見逃されてきたのだろう。刃と詩音は互いに顔を見合わせ、小さく溜息をいた。


「詩音……これが現代の日輪だ。領外にはこういう輩が彷徨うろついておるのだ……」

「こうした世情を変えるために、修羅狩りは尽力しているのですね……」


 無視して会話を続ける少女に怒り、男は刃の腕を掴もうと掛かってきた。


「何をごちゃごちゃと言ってやがる? 死にたくなければ、言うことを聞きな!」


 男の言葉に聞く耳を持たず、刃は瞬く間に取り囲む野盗を叩き伏せた。

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