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修羅狩り刃  作者: 辻 信二朗
第二章 間尺に合わねど是非もなし

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第十一話 惨劇

 神都へと戻った一行は、眼前に広がる惨状に言葉を失った。


 漂う死臭が鼻腔びこうつんざき、燎原りょうげんの地と化した領内にはおびただしい数の死体が転がっている。領地を取り囲む城塞は崩壊し、見る影もない。


 見渡すと、火箭かせん残滓ざんしが確認できる。その戦火は周囲の民家にも燃え広がったようで、辺り一面が黒に染まり、浩々たる郷土は各所で残火がくすぶっている。


「なんだよ……これ……」


 現状を受け入れられない景吉は慄然りつぜん佇立ちょりつし、帰投した鷲見兵からは怨嗟えんさの声がポツポツと上がっていく。


「わしらが進軍している隙を狙われたのだな……。ここまで行動が筒抜けだと、間者でも紛れておったのかもしれぬ……」


 目を背けたくなるような有様に、刃は掛ける言葉が見付からない。


「ち、父上! 父上は無事か……!?」


 景吉は脇目も振らずに駆け出していたが、刃が肩を掴んで引き留めた。

 どんなに気が動転していようとも、契約者を護る刃の責務は生きている。


 焦慮しょうりょに駆られる景吉を落ち着かせ、刃は現場の調査を進めることにした。


「景吉、はやる気持ちはわかるが足元には気を付けろ。凶器が散乱しておる故、戦場は危険が多い。それに、まだ敵が紛れ込んでおる可能性もあるのだ。お主はわしの傍を離れるな」

「わ、わかりました。すみません……」


 そう言った傍から、景吉は何かにつまずいている。

 目を向けると、景吉の足元には不気味な能面が転がっていた。


    


 城郭の中庭へ向かったが、景吉の父――佳光の屋敷は存在しなかった。

 屋敷は跡形もなくなるほど燃え尽き、命の気配が全く感じられない。


「父上……そ、そんな……」


 景吉のひざは崩れ落ちた。無理もない。領地を破壊され、肉親を失ったのだ。


 刃は目を閉じて黙祷もくとうした。口唇こうしんをグッと噛み、一筋の血が口元に流れる。

 己は何度同じあやまちを繰り返すのかと刃は考えていた。契約者は景吉であるが、神都の修羅狩りは自分なのだ。景吉の外出を止められていれば、斯様かような事態にはならなかった。過去の行動をかえりみて、己の危機感のなさには辟易へきえきするばかりだ。


 砂呉の境界で遭遇した豪剣斎の処理について、刃は当初契約外だと景吉に伝えた。そのことに誤りはないが、そもそも修羅狩りが帯同する中で襲撃に遭うなどあっていいことではない。それに、不在を狙われるなど嘗められている証拠だ。黒斬刃という修羅狩りを怒らせようとも、報復されないことを見抜かれている。


 己が大切にしている《不殺ふさつ》の心得。これにより有象無象うぞうむぞうの殺し屋を付け上がらせ、こういった暴挙を許す近因きんいんとなってしまったのだ。


「――刃!」


 天守閣の方角から、刃の名を叫ぶ声が聞こえた。

 この声の主は、佳光付きの修羅狩り――神楽詩音。


「そ、そうだ、忘れておった……。佳光には詩音が付いておる。万が一にも、あ奴は殺し屋に後れを取る奴ではない!」


 多数の修羅狩りが一国に仕えることは稀であるため、刃は詩音の存在を忘却の彼方に葬っていた。詩音がいるならどうして神都は狙われたのか、どうしてこうも被害が大きいのか。不可解なことが多いが、まずは詩音の呼ぶ声に従うことだ。


 景吉はすがるように顔を上げ、声の方向へと目を向けている。


「詩音様……!」

「景吉、ついてこい! 天守のほうだ!」


 刃は失意の景吉と共に、天守が建つ主郭(しゅかく)へと向かった。


    


 天守閣は屋根も外壁もなくなっていたが、他に比べて被害が少ない。どうやら詩音は、ここを最後の砦として戦っていたようだ。


 崩れた瓦礫がれきに混ざって臣下の死体が転がっており、その中には侵略者だと思われる異国の装束の者も多数確認できる。あまりにも残酷な所業だ。


 最奥まで足を運ぶと、佳光と詩音、そして数十名の家臣がいた。詩音の腕の中で、佳光は呼吸を荒らげている。どうやら生きているようだ。


「父上!」


 景吉は佳光の元へと駆け寄り、地面に頭を擦り付けた。


「申し訳ございませぬ! 私の身勝手な侵攻により、斯様な事態に!」

「景吉……もうよい……。全てが終わったのだ……。神都は壊滅……鷲見一族で生き残っているのは、私とお前だけだ……」

「ううううっ!」


 涙する景吉に、生き残った家臣が駆け寄ってきた。


 景吉の父、佳光の身体には傷一つ見られない。詩音はたった独りで契約者を護り抜き、修羅狩りとしての責務を果たしたのだ。


「刃……わたし、皆様を護れませんでした……」

「詩音……お主……」

「こうして攻め込まれたら何もできないなんて、修羅狩り失格です」


 詩音は枯れるほど涙を流したようで、目を赤く腫らせている。罪の意識に苛まれ、魂を抜かれたように放心している。


「詩音、お主は契約者である佳光を護り抜いた。修羅狩りとして充分な働きだ。大軍の猛攻から城を守護するなど、修羅狩りの領分を超えておる」

「……それでも、わたしは無力でした」

「お主は、よくやったよ。よく佳光を守り抜いた」


 刃は、泣きしきる詩音の頭を優しく撫でた。詩音の気持ちを、刃には痛いほど理解できる。修羅狩りといえど人間であり、人一人を護ることが精一杯なのだ。ただの兵卒ならばともかく、有力な殺し屋を相手に大勢を護ることは万難を極める。


 ――すると、ポツポツと雨が降り始めた。誰もが絶望に消沈する中、降雨は次第に勢いを増していく。激しい雨音が嵐の後の静寂せいじゃくを破り、残火をしずめた。

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